HOME | INFO | LIBRARY | JOURNEY | NIKE | WEEKEND | UPDATE | BBS | BLOG | LINK
Chalrecot / Stratford-upon-Avon / Lake district 1 2 / Chester / The Cotswolds / London 1 2
Home > Journey > Border of Europe > England > Lake District 1
ENGLAND

 2006/8/23 レイク・ディストリクト(湖水地方)1

有名なファルコン・インでシェパード・パイの昼食を済ませ、ストラトフォード・アポン・エイヴォンを後にした。雨は降ったり止んだり。バスは湖水地方を目指しひたすら北上する。窓の外にはなだらかな丘陵がどこまでもひろがり、牛や羊が雨の中で黙々と草をはんでいた。少しうとうとしたかと思って窓の外を見ても、相も変わらず同じような景色が続くばかりで、その単調さは同じ島国といっても山や谷を抜けるたび、次々と変化する日本の風景とは比較にならない。とは言え、日本のようにけばけばしい看板のない牧草地の風景は長閑で心やすまるのも確かである。

湖水地方に入ると、それまでの木の柵に替わって平たいスレート状の石の板を積んだ塀が牧場の境界を示すように延々と遠くまで延びているのが見えてきた。その土地その土地によって使われる物のちがいが景観のちがいを生む。石塀の質感は木柵のそれとは異なり、風景に重さと荒々しさが加わる。そう言えば、ここからもう少し走ると、そこはもうスコットランドなのだ。

高速道路を降り、一般道に入ると、その石塀が道の両側に迫ってきた。イギリスの田舎道は昔の馬車道を利用したものがほとんどで、二台の車がすれちがうのがやっとの幅しかない。バスの窓からは石塀越しに民家がのぞける。塀と同じ材質のスレートを積み重ねて石壁を造り、その上に同じスレートを瓦状に敷き詰めた屋根を乗せた家は、湖水地方独特のものだ。黒から灰色に至る無彩色の階調が何とも言えぬ風格を感じさせて実に良い感じである。

 ワイルド・ボア

ワイルド・ボアはこぢんまりとした田舎の一軒宿だった。ホテルのあちこちに猪の頭の剥製が飾ってある。何でもこの辺りで仕留められた猪が最後の野生の猪だったことを記念してつけられた名前だとか。裏庭に面した部分が一面大きな開口部になっていて、明るい部屋は居心地が良さそうだった。大きなキイホルダーに古びた鍵が二つ付いていた。一つは勿論ドアの鍵で、もう一つは裏庭に通じる扉用だった。フロントを通らずに外に出られるのは便利だが、部屋の前を多くの客が通る。せっかくの窓だが、レースのカーテンは引きっぱなしとなった。

晴れてきたので夕食までの間、散歩に出た。車止めの前の道を少し歩くと石塀があり、その向こうでは数匹の牛が草を食べていた。こちらに気がついたのか仔牛とその母親らしい牛がすぐ目の前まで近づいてくる。潤んだ大きな目は人なつっこくて、何か乗せたら掌の上からすぐにでも食べそうだった。

道の下を小川が流れていた。川沿いに少し下ると石橋の畔にパブリック・フットパスを示す標識が半ば木の陰に隠れるように立っていた。木の柵を跨ぎ越せるように、スタイルと呼ばれる踏み台が柵に直角に設けられていて、人間だけが通れるようになっている。牧場の中にわずかな幅だが人の通った跡がありそこがフットパスだと知れる。

パブリック・フットパスと呼ばれる制度は、もともとは貴族や荘園領主が所有する広大な領地を回り道しなければ家に帰り着けなかった農民が、領地の中を突っ切る権利として認められたもの。だから、その道筋から逸れることや、敷地内のものを勝手にとったり、動物に餌をやったりすることは許されていない。しかし、私有地内を通行することができるこの制度は、イギリス人のウォーキング熱をあおり、ウォーキングは、現在イギリスにおいて最も人気のあるスポーツとなっている。

こちらに来る前に本で読んでいて、ぜひ歩いてみたいものだと思っていたパブリック・フットパスに早々と出会えて感激した。しかし、さすがに長いイギリスの夏の日もようやく暮れかけてきていた。西の空は夕焼けで血のような赤に染まっている。息をひそめてじっとこちらをうかがっている羊たちに挨拶だけしてホテルに戻った。

夕食は鮭料理だった。イギリスの料理についての悪口はさんざん聞かされていたので、どれを食べても「へえ、なかなか食べられるじゃないか」と感じてしまうのが我ながらおかしい。美味しいのはビール。日本やチェコとちがってイギリスではビールの主流はラガーではなくエールと呼ばれるちょっとコクのある色の濃いビールだ。ギネスで有名なスタウトという種類もあるが、エールが一番飲まれている。

地方によって色々な銘柄があるが、どこの物もみな旨い。これに比べると日本のビールは炭酸がきつすぎるという印象が強い。1パイント(約570ml)入りのグラスをカウンターから自分で席まで運ばねばならないのが少し面倒だが、先払いというのは勘定がはっきり分かって合理的でもある。イギリスにいる間、飲み物は一回をのぞいてエールばかりだった。断言する。イギリス(のビール)は美味しい、と。

翌朝は快晴だった。外に出ると少し肌寒いくらいで、イギリスの夏は七月にはじまり八月に終わる、という言葉が実感できた。習慣になった朝の散歩をしっかりすませた後レストランに向かった。朝食をちゃんとテーブルに運んでくれるのがこのホテルの良いところだ。自分でサーブするバイキング形式にはいつまでたっても馴染めない。

厚切りのベイコンにスクランブルエッグ。それに表面を焼いたトマトときのこのソテー。銀のスタンドにはカリカリに焼いた薄っぺらいトーストが何枚も立っていた。黄金色の食卓と呼ばれるイギリスの朝食にはやはり紅茶が似合う。イギリスでは朝食が一番美味しいというのは誇張ではない。事実である。特にベイクドトマトは美味いの一語につきる。是非お試しあれ。

galleryに写真があります。 ≫
< prev pagetop next >
Copyright©2006.Abraxas.All rights reserved.since 2000.9.10