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SCANDINAVIA
ネーロイ・フィヨルド

 2005/8/15  ソグネ・フィヨルド

朝一番のフェリーに乗って対岸に渡るため、早く起きた。灰色の空を映した海には細かな波が立ち、山々の頂は雲に覆われて見えなかった。低く垂れこめた雲の層と海の間に閉じ込められてしまったようだ。バルコニーに出ると下の船着場に掲げられた旗が風を受けて騒いでいた。8月とは思えない寒さだ。長くは出ていられない。スーツケースから長袖シャツとシェラデザインのマウンテンパーカを引っ張りだした。やはり用意してきてよかった。

フェリー乗り場で待っていると、小さな船影が目にとまった。あんな小さな船にバスが乗るのか、と疑わしく思った。いざ、到着してみてもその思いは変わらない。ちっぽけな船である。バス一台乗ったらいっぱいではないのだろうか。ところが、バスから降りて見ていると、次から次へと車が入ってくる。瞬く間にフェリーは車で埋まってしまった。けっこう入るものだ。

対岸のウルヴィークで船を下り、山間の道をヴォスに向かう。ヴォスにはオスロ、ベルゲン間を横断するベルゲン鉄道の駅がある。ベルゲンを朝早く立った列車がヴォスに到着するのを待ち、そこからミュールダールへ。ミュールダール発10時55分の山岳鉄道に乗り換えてフロムへ。フロムから再びバスに乗り換え、トンネルを抜けてフィヨルドクルーズが始まるグドヴァンゲンへ。クルーズは、ソグネ・フィヨルドの中で最も狭く入り組んだ景観を持つネーロイ・フィヨルドとアウルラン・フィヨルドを通ってフロムに帰ってくる。フロムからまたバスで、この日の宿泊地ラルダールへ、というのが、この日の旅程。フィヨルド観光いちばんの人気コースだというが、何ともめまぐるしい。 

 ベルゲン鉄道

ヴォスは湖に面した静かな町だった。駅舎の前に教会があり、敷地内に小さな墓地が設けられていた。ノルウェーでは国民の9割はルーテル福音派教会に属している。墓石の前に美しい花が咲いているのが印象的だ。

駅には、すでに多くの客が列車の到着を待っていた。古びた駅舎の待合室は満員で、乗客は歩廊に溢れ出していた。山間の小駅とは思えない人出だが、本数が少ない列車は全席指定。到着してみないことには指定号車は分からないというが、指定席なら安心だ。

信号が赤に変わり、列車が近づいたのを教えている。どちらの方から来るのだろう。きょろきょろしていると、左手に真っ赤な列車が見えた。かわいい。カメラを構える人でホームはいっぱいになる。さて、どこに乗ればいいのだろうか。指定された号車には貼り紙があるというのだが。ようやく乗り込んで席に着いた。指定席というようなしっかりしたものではないらしい。乗るべき号車を割り振っているだけのようだ。向かいの席には、見事な髭を生やした男の人と金髪の女性が座っていた。キブツと書いたTシャツを着ているからユダヤ系の人かも知れない。

汽車は急峻な崖を横に見ながら、少しずつ高度を上げてゆく。線路脇に生えた灌木の切れ目から、清冽な水の流れが見え隠れする。やがて、崖が途切れ、なだらかな丘陵が眼下に広がってくる。ところどころに白く光るのは雪解け水が溜まってできた小さな池。放牧のための小屋か一軒家がぽつんと建っている。万年雪が残る山が近づいた頃、列車は止まった。ミュールダールに着いたのだ。

 フロム山岳鉄道

フロム鉄道は、もともとベルゲン鉄道を敷設するための資材運搬用につくられた。ところが、フロムがソグネ・フィヨルド・クルーズの起点にあたるため、ミュールダール、フロムを最短距離で結ぶフロム鉄道は、フィヨルド観光の足として一躍脚光を浴びることになったのだ。たしかに乗り換えは面倒なようだが、鉄道の旅というのはバスとちがって情緒がある。

ミュールダールを出ると汽車は下りはじめる。走りだしたかと思った頃、駅もないところに臨時停車する。目の前に大きな滝があらわれた。フロム山岳鉄道観光の目玉、ショースの滝である。乗客は列車を降り、ホームならぬ展望台に設けられた鉄柵に張り付いてカメラを構えている。すると、どこからともなく音楽が流れ出し、滝の中段あたりに位置する岩壁の上にドレスを纏った女性の姿が現れる。裳裾を翻し踊るような足どりで、あちらの岩からこちらの岩へと移動する、その間二、三分もあったろうか。やがて音楽が終わるとともに女性の姿はかき消えた。

席に戻り、眼下に広がる景色を楽しんでいると、乗降口近くから何かを言い争う声が聞こえてきた。甲高い声でまくしたてているのは中国語のようだ。以前からも感じていたことだが、冷え込んでいる日中関係を反映してか、中国人観光客の日本人を見る目には険しいものを感じる。どうやら、席の取り合いらしい。アバウトな指定ながら、人数分の席は確保されている。譲り合えばどうにかなるはずだが、互いに面子がかかっているから怒鳴りあいになる。

結局日本人の方が折れ、別の席に移動し、事なきを得た。と思ったら、今度は別のグループが白人と言い争っている。日本人のグループが座るはずの席に白人が座っているということらしい。たしかに貼り紙があるから、その通りなのだろうが、先に座った方も指定券は持っている。座席番号がないのがトラブルの元だ。金髪の若い女性車掌が呼ばれてやって来た。と、突然何を思ったか、こちらを向いて、「あなたがリーダーか。」と訊いてきた。あわてて、「いや私ではない。」と言うと、にっこり笑って「ソリー」。よほど偉そうに座っていたのだろうか。

今度は白人客が折れたようだが、去り際に「ノー、リスペクト」という声が聞こえてきた。敬意の念が足りないという意味か。誰に言った言葉かは分からないが、さっきの車掌は悪びれもせずに帰っていった。立っていた乗客が座ったが、なんだか車内が静かになってしまった。海外では権利を主張することは大事なことだ。分かってはいても言い争いにはかなりのエネルギーを必要とする。見ているだけでも疲れてしまうのだ。

 フロム

フロム港

昼食はフロムにある岸辺のレストランでとった。ヴァイキング料理と銘打った店でトナカイ肉を食べさせる。血の滴るようなステーキを期待していたが、出てきたのを見たら、ハンバーグ状の肉がドゥミグラスソースで煮込んであった。なんでも、トナカイ肉は硬くて独特の臭みがあるのでこうしているのだとか。食べやすくはあったが野趣にかける気がした。

店に一つだけヴァイキングの王が座るような椅子があった。誰も座ろうとする人がいなくて声がかかった。今回の旅行中、髭を伸ばしていた。他に目立つところといってないから、それが理由だろう。「威張って座るように」という注文つきなので、スープを飲むときなど困った。しかし、慣れるもので、ワインを飲むときなどは肱つきの椅子がくつろげて具合がよかった。

フィヨルド・クルーズは、フロム、グドヴァンゲン間を運航しているが、われわれの乗る船はグドヴァンゲンを4時に出航する便だ。時間があるので、グドヴァンゲンから少し行ったスタルハイムにあるホテルからフィヨルドを見ることにした。絵にもよく描かれる景色だというので期待して行ったがあいにく雨に降られてしまった。ホテルの土産物店で、時間をつぶしていると、妻が鋳鉄製のトナカイのついたドアチャイムを見つけてきた。少し重いが、頑丈そうな代物だ。今使っているチャイムのスペアとして買うことにした。

 フィヨルド・クルーズ

出航の時間がきても雨は降り続いていた。誰もが、あきらめて船室の椅子から景色を眺めようと、舷側の椅子に席を占めた。ところが、船が岸を離れると、ひとり去り、二人去り、ほとんどの乗客が甲板に出て行ってしまった。雨の中、元気なものだと思いながら様子を見に行くと、甲板の上には透明なアクリル板が張られているではないか。これでは下りてこないはずだ。

早速われわれも空席に腰を下ろした。ネーロイ・フィヨルドはソグネ・フィヨルドの中でも最も幅が狭く入り組んでいることで知られている。目の前にそそり立つ絶壁と、その下のわずかな斜面にへばりつくように建てられた玩具のような家を目にするとき、厳しい自然の中で生きる人々にエールを送りたくなってくる。

そのうちに雨が上がった。少しでも前の方で眼前に迫り来る景色を楽しもうと思うのが人の常だ。そんなわけで、雨の上がった後部甲板は、われわれ夫婦ともう一組のアングロサクソン系の老夫婦だけが椅子を並べて、後ろに流れていく景色を独占した。フィルムを逆回しすればフロムからの便が目にする景色を見ているわけだ。静止画像なら何のちがいもない。これはなかなかいい席だと思った。

ネーロイ・フィヨルドの中で最も狭いところは幅250メートルほどしかない。折り重なった山々の間を縫うように船は右に左に針路を変え、新しい水路に入りこんでゆく。その度に眼前には行く手を遮るように黒い岩壁がそびえ立つ。車窓から見えた池や湖沼から溢れ出た水が、行き場を失い、幾筋もの滝となって岩壁の割れ目を穿ちながら滝となって下り落ちてくる。目の前で閉じてゆく氷食谷を見ていると、右と左の稜線を繋ぐ線が空中に見えるようだ。氷河がどの部分をえぐっていったのか手に取るように分かる。

船は、ネーロイ・フィヨルドを出て大きく弧を描き、アウルラン・フィヨルドに入っていく。フロム発のクルーズ船とすれ違った。ナイル川のクルーズでは、二艘の船がすれ違うとき、唄や踊りで騒がしかったものだが、かなりの数の乗客が甲板に出ているはずなのに、風景に魅入られたのか、船のたてる単調なエンジン音の他に聞こえるものもない。

波静かで湖のように見えていても、フィヨルドは海だ。アウルランの町が近づいたころ鴎の群れがやってきた。ガイドブックに手から餌をついばむとあったのを読んで、誰かがパンを持参してきたらしい。しかし、怖いのか、すぐに手を離してしまうので、なかなか手から食べるところは見ることができなかった。それでも、しばらく鴎たちは船の後をついて飛んでいた。手持ちのパンの切れたころ、船はフロムの港に着いた。

フロム駅に隣接する土産物店は今まででいちばん大きく、何かを探すならここだと思った。妖精トロールの人形がノルウェーみやげの定番らしく、どこでもたくさんの人形を置いていた。見馴れると可愛くなってくると聞かされていたのだが、なかなかそうも思えない。旅の思い出はかさばらない物がいい。これまでの旅では教会やその他の建築物のミニチュアを探してあてた。今回も、と思って探すのだが適当なものが見あたらない。少し大きいがヘラジカの置物を買った。その後、バスに乗った。長いトンネルを抜けると、玩具のような家が並ぶ、そこが今夜の宿泊池ラルダールだった。

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