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SCANDINAVIA

 2005/8/14  ハダンゲルフィヨルド

朝からどんよりと曇って今にも雨がふりそうな空模様だ。昨夜、ホテルに着いたのが遅く、周りの様子も分からないまま、そそくさと夕食をとり、眠ってしまった。朝になってカーテンを開けると、窓はホテルの吹き抜けに面していた。朝食の席についてはじめて外の様子が分かった。どうやら市街地からはかなり離れているらしい。

オスロのあるのはノルウェーの南東部。有名なフィヨルドがあるのは西海岸だ。今回の旅ではハダンゲルフィヨルドとソグネフィヨルドというノルウェーを代表する二大フィヨルドを訪ねる。地図で見ると、スカンジナビア半島は西海岸に沿って南北に山が連なっているが、ノルウェーという国はそのままスカンジナビア山脈と重なっていると言っていい。日本の平野にあたるところを氷河が剔りとり、そこに海水が侵入してきたからだ。

静かな入り江に面した港町を左に見て、バスはしだいに山間部に入っていく。ノルウェートウヒと白樺や松の林が続く道を走っていくのだが、ローマからのびるヨーロッパ何号線という幹線道路のわりには車の数が少ないのにおどろく。スウェーデンでは、さすがにボルボとサーブが目に着いたが、ノルウェーではヨーロッパ車の間に日本製の車も混じる。面白いのは、メッキパーツを光らせた往年のアメリカ車が元気に走っていることだ。キャンピング・カーが目立つのは長い休暇を湖沼地帯で過ごす人たちが多いからだろう。

 クローデレン湖

森と湖の国というのはフィンランドのキャッチコピーだが、ノルウェーの森にも大小の湖が点在する。北極探検で有名なナンセンがノルウェーでいちばん美しい湖と言ったというクローデレン湖で休憩した。バスを降りると小雨がぱらついていた。鈍色の湖面には小波が立ち、雲間からのわずかな光が湖の中ほどにある小島をそこだけ明るく浮かび上がらせていた。

トイレをすませてバスに戻ろうとするとロックされていて入れない。仕方なくレストランに戻ると運転手はオープンサンドを手にしていた。朝食は7時だったが、まだ10時を過ぎたばかりだ。大柄なスウェーデン人だから腹が空いたのかも知れない。見てたらパンの上に好きなハムやチーズをのせたオープンサンドは自作のようだ。朝夕続くヴァイキングには飽きがきていた。この後、朝はオープンサンドと決めた。

 スターブ教会

道はどんどん山の中に入っていくようだった。断崖絶壁が路肩に迫る。さっきから雨はやんでいた。こちらの雨は雲のあるところだけに降るといわれる。テレビの天気予報を見ても、晴れ時々曇り一時雨のような何でもありの予報が多い。また。実際そのとおりなのだ。

昨日はストックホルム、オスロ間約550キロメートルをほとんど止まらず一気に走りきった。それに比べれば、ハダンゲルフィヨルドに面した今日の宿泊地であるブリムネスまでは約340キロメートル。時間に余裕がある。そんなわけで、バスはあちこちに止まる。

ゴールはオスロからハダンゲルフィヨルド、ソグネフィヨルドに至る分岐点にあたる町だ。そこに不思議な建物があった。スターブ教会というキリスト教の教会である。これはまた、何と異様な建築だろう。低層から中層、高層としだいに幅を狭めていく傾斜のきつい瓦屋根といい、軒を飾るドラゴンの首といい、およそキリスト教会らしくない。

スターブとは柱という意味で、礎石の上に柱を立て、それに板壁を張りつけるというノルウェー独特の建築様式である。船を思わせるどっしりとした外観、柱や壁を飾る組紐紋様と、ヴァイキング時代の信仰と後に入ってきたキリスト教との混淆を物語る独特の様式が認められ、世界遺産に登録されている。木造ゆえに風雨にさらされ、数多くあったスターブ教会も現存するものは少ない。この建物は復元されたものである。

ゴールからは国道7号線を走り、ヤイロという村で昼食を食べた。リゾート風のホテル兼レストランで、ロビーを入ったところに暖炉がついた読書室がある、ちょっと雰囲気のいいホテルだった。ゲルマン系の民族が中心の北欧圏では、主食は馬鈴薯。この日のメイン料理は鮭と茹でた馬鈴薯だった。しかし、本場の鮭はもちろん、ツナの入ったサラダといい、デザートのフルーツケーキといい、見栄えも味もなかなかで、はじめてワインが引き立つ料理が出た。ちなみにグラスワイン一杯が40Nkr(ノルウェークローネ)1Nkrは約20円だから800円くらいか。高いと聞かされていたが、この程度の店ならこれくらいはして当然だろう。

 ハダンゲルビッタ台地

道は登り坂。峠道を少しずつ高度を上げていく。それまでの針葉樹林がいつのまにか灌木の茂みにと姿を変え、やがて一本の木も見えない岩場へと車は入っていった。森林限界線に達したのだ。標高は1800メートルそこそこだが、高緯度地帯のため、この地点から上は木は育つことがない。

遠くの山の窪地に万年雪が見え初めた。陰のように色の濃いところは氷河だそうだ。茫々たる景色だ。地の果てという言葉を思い浮かべた。道端に雪解け水が集まってできた湖が広がっていた。道路脇から水辺まで、岩という岩の上にケルンが積まれていた。ここを訪れた人が積んだものだろうが、不思議にどれもこわれていない。賽の河原の石積みを思い出させる眺めだった。試みに手を浸してみたが、水は思ったよりは冷たくなかった。

ノルウェー、スウェーデン、フィンランドの北部にあるラップランドには、サーメと呼ばれる先住民が住んでいる。トナカイの放牧や狩猟、漁業と住む地域によって暮らしぶりはさまざまだが、独自の文化を持ち、その暮らしを今でも維持している。そのサーメ人が、こんなところにもいた。工芸品を作るサーメ人もいるというから、その人々だろう。

インディアンのティピーのような小屋の中には、人形その他の土産物が並んでいたが、表に出してあったトナカイの角と毛皮が目を引いた。ログキャビンの入り口に飾るのにぴったりの角が日本円にして1万円程度。ただ、正式な証明書がないと、日本への持ち込みは難しいらしい。以前にも税関で没収の憂き目を見た人がいたというからあきらめた。

 ヴォーリングフォス

ハダンゲルビッタ台地を抜けると、道は下りになった。空一面をおおっていた雲が去り、夏の日射しが戻ってきた。雪どけ水が流れ込んでできた水たまりに青い空と白い雲が映ってまぶしく光る。やがて湖から溢れた水は小さな流れになる。流れは別の流れと綯い合わされて勢いよく流れる奔流となる。フィヨルド地帯のこと、氷河がえぐり取った部分は急峻な崖となっている。行き場を失った水の流れは一気に下り落ちる。フィヨルドに滝が多い理屈だ。

「フォス」はノルウェー語で滝。駐車場から遊歩道が続いていた。手摺りが途中までしかなく、それから先は一歩まちがえば滝壺まで真っ逆さまという断崖が待っていた。一本だけ生えた松の木につかまって恐る恐るのぞくと、水しぶきを上げて落ちる滝が見えた。後ろから押されたらひとたまりもないが、老いも若きもきゃあきゃあ言いながら楽しんでいた。たしかに柵があったら、この景観とスリルは半減するだろう。日本なら、安全性が云々されるところだが、自己責任という観念が徹底しているのか、潔いものだと思った。

 ハダンゲルフィヨルド

ヴォーリングフォスから道は一気に下り坂になる。V字谷を山の麓に下りてゆくと両側に迫った崖で陽は遮られ、一度に夕暮れが来た感じだ。下りきった町がブリムネス、この日の宿泊地だった。瀟洒なリゾートホテルがフィヨルドに面して建っていた。部屋の窓からはフィヨルドが目の前だった。バルコニーにはテーブルと椅子があった。時刻は午後5時。めずらしく早い到着に早速ビールで乾杯した。

食事まで時間があるので、近くを散歩した。ノルウェー第2の長さを誇るハダンゲルフィヨルドは、険しさで有名なフィヨルドが多い中で、なだらかな傾斜地に色とりどりの夏花が咲き乱れる穏やかな顔をしていた。氷河が谷を削ってできたことを知っていても、いざフィヨルドの前に立つと山の中の湖のように見えてくる。よく「ここ海抜何メートルくらいですか?」と訊く客がいると、ガイドが笑い話にしていたが、海抜0メートルと頭で分かっていても心が納得しないのだ。

一つには波がないことが錯覚の原因だろう。氷河は強い圧力で谷底を削りながら海側へと押し出されていった。そのため谷底は深くなだらか、両側は垂直に切り立つ岩という氷食谷独特のU字谷の景観を生んだ。海に近づくにつれ、氷河は溶けて薄まり圧力も弱まる。同時に運んできた土砂の堆積が始まる。奧の水深が深く、入り口が浅いから、外洋の荒い波が入りこまない。穏やかな入り江は天然の良港であるだけでなく、メキシコ湾暖流の影響で北極圏であるのに不凍港という、ヴァイキングの基地となる絶好の条件に恵まれていた。

夕食にはザリガニが出た。最近では日本でもフランスから空輸されているらしいが、仏蘭西料理でいうエクルヴィス。一度食べてみたかった。淡泊な味だが海老に似て美味い。食事が落ち着かないので嫌なヴァイキングだが、おかわりがきくのはいい。ザリガニばかり食べた。隣に座った人が小さい頃よく食べたと話していた。少しは年上だろうが、何ほどもちがわない。「お生まれは」と聞くと堺だという。食文化のちがいだろうか。子どもの頃、盥一杯とってきたが食べはしなかった。惜しいことをしたものだ。

夕食を終え、部屋に戻ってきても空はまだ明るい。船着場近くではボート遊びに興じる若者の声がしている。夏の日はなかなか沈まない。バルコニーに出てノートを開く。岸に打ち寄せる水音が遠くから響いてくる。風のないフィヨルドでも静かになると波の音が聞こえるらしい。山の上に雲がかかった。明日はいよいよソグネフィヨルドに向かう汽車と船の旅だ。晴れてくれるといいのだが。

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