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沙獏の迷宮 EGYPT

 ABU SIMBEL

旅程表の出発時刻の欄に「早朝」とあるのをついうっかりと見過ごしていた。飛行機が早朝に出るということは、最低でも1時間以上前に空港に着いていなければならないわけで、この日の起床は夜明け前、というより夜中だった。当然ホテルで朝食をとることはできず、ホテル特製のランチボックスを両手で抱えての出発である。どういう訳か、エジプトのホテルの弁当を入れる紙箱はやたら大きく、しかも、紙袋の一つも用意されない。空港で、他のホテルから来た客を見て笑ってしまった。自分達の箱よりまだ大きいのだ。

空港のロビーの椅子に腰をかけ、少し早いが弁当を食べることにした。パンと、ラップに包んだハムとチーズ。それにパックのジュースが入っていた。日本ならこの三分の一のサイズの箱に入れるだろう。厄介な手荷物を片づけたい一心でとにかく食べた。

左の窓側に座ると、眼下にアブ・シンベルの神殿が見えるらしいが、残念ながら右側の席だった。すっかり夜が明けた地上には、砂漠の中にピラミッドをまねたかのような小さな山がいくつも見えた。


 アブ・シンベル大神殿

植え込みや花のあるエントランスは、これまでの検問所めいた入口とは少し趣がちがっていた。よくよく考えてみれば、ここはダムの完成後にできた新しい施設ではないか。ビジターセンター風の概観がこれまでのチケット売り場とちがっていて何の不思議もない。

ゲートを抜けると、左手に土を盛り上げた小山が見えた。それを迂回するように設けられた遊歩道に沿って坂道を下っていくとやがて目の前に満々と水をたたえる湖水が見えてきた。アスワンハイダムがナイル川を堰きとめてできたナセル湖である。朝の光が静かな湖面に反射して眩いばかりだ。なおも下っていくと、さっきの山の裏側は切り立つような崖になって、その向こうに巨大な人の顔が見えてきた。これが、アブ・シンベルか。


 ラムセス二世像

雲ひとつない青空を背景に、赤褐色の巨像が岩山をまるで玉座にして巍然と腰を下ろしている。圧倒的な量感である。岩山という塊を最大限に利用するために坐像としたのか。頭部より前に突き出した足のおかげで、山を掘ったというより山の中から前にせり出してくるような迫力が生まれた。横に四体の像を並べることにより、両側の山の占める面積が小さくなり、王の像の大きさが増して見える。

エジプト美術の特徴として主観的な表現があげられる。偉大な王は大きく表現されるのである。この巨大な神殿を造ったのは、ラムセス二世。非常に自己顕示欲の強い性格だったらしく、あらゆる場所に自分の像を作らせている。しかし、その中でも極めつけはこの大神殿の四体の像だろう。高さは20m、よく見ると少しずつ顔がちがうのがわかる。向かって左が最も若く、右にいくほど齢を重ねた姿になっている。左から二つ目の像は、崩れた時のまま、頭部が足下に転がっている。真東を向いた大神殿の一番上には太陽が上るのを喜ぶ22体の狒狒が並び、王の足の下には、縛られた姿の戦争捕虜が浮き彫りにされている。


 大列柱室

内側の二体の王の足下に開いた矩形の入口には、エジプト十字架を象った神殿の鍵を手に厳めしい顔をした門番がいた。
「ノー、フラッシュ。」
手にしたカメラを指してそう言った。ここはカメラ券は不要だが、フラッシュは許可されないらしい。

古代エジプトの神殿に付き物の大列柱だが、ここではオシリス神の姿をした高さ10mのラムセス二世の像8体が列柱を構成している。大列柱室の壁面は、ラムセス二世のカディシュ(現シリア)におけるヒッタイトとの戦いをモチーフにしたレリーフで埋め尽くされている。浮き彫りの効果を高めるために床下からライトアップされ、壁一面が神秘的な光で隈なく覆われている。そのオレンジ色の光の中に浮かび上がるのは、戦車を駆り、敵に向かって弓を引いている王の勇姿である。戦車を曳く馬の脚がストロボ撮影をしたように幾本も描かれているのは、今でいうアニメーションの効果を狙ったものだろう。ここでも、王は、獅子よりも馬よりも大きく表現されていることは言うまでもない。


 前室・側室・至聖所

大列柱室の奥が前室。側室は、大列柱室から枝分かれするように岩窟内部に伸びている。奥の方に行けば行くほど、天井は低く部屋も狭くなる。大列柱室にいると、これが岩を掘りぬいて作られたものだということを忘れてしまいがちだが、側室の中に入ると、まさに岩窟神殿そのものという感じが湧いてくる。

前室の壁には、アモン・ラー神に捧げ物をするラムセス二世の像や、王妃ネフェルタリのレリーフがある。今でこそ、観光客が至聖所まで入ることを許されるが、建てられた当時は、一般人は中庭までしか入れなかった。王の力を誇示するかのように、列柱室の壁に王の戦闘場面が描かれているのは、ここまではかなりの人が入ることを許されていたのだろう。内部に入ると、神像の浮き彫りが多くなるのは、より祭儀的な空間に変わったことを意味している。そして、最も奥の至聖所には、ほとんど光は差し込むことはない。そこには神格化した王と、ラーホルアクティ神、アモン・ラー神、そしてプタハ神の四体の座像が祀られている。

この最奥の部屋にまで光が射し込む日が年に一度だけあるという。王の誕生日がその日だ。この大神殿は、ダム湖の湖底に沈むところを、現代技術を駆使し、幾つものブロックに分割することで、およそ60m上の陸地に運びあげ、再び組み立てたものである。そのため、現在では二日遅れになってしまったという。3300年前に太陽の運航を計算して、この神殿を造ることのできた古代エジプトの天文学をはじめとする科学力の素晴らしさに驚く。それと同時に、これほどの大事業を成し遂げながら、なぜ2日の誤差が出てしまったのか、それが不思議に思えた。


 小神殿

ラムセス二世が王妃ネフェルタリのために建造したのが小神殿。その名のとおり、大神殿に比べれば小ぶりだが、ラムセス二世の立像が四体、ネフェルタリ像が二体ずらっと並んだところは壮観である。入口から数えて左右とも二つ目の、少し背が低いのが王妃の像。

アブ・シンベルに宿泊している人を除けば、ほとんどの見物客は同じ飛行機に乗り合わせた人たちである。ひとしきり騒がしくなるが、その一団が去ってしまうと、湖に囲まれた一帯は町のような騒音もなく静かなものだ。近くに生えている木にさっきから小鳥が何羽も飛んできてはとまる。雀を一回り小さくしたくらいの大きさだが、鳴き声もよく似ている。日陰を求めては木の下に入るので顔なじみになってしまった。

 ハトホル女神のレリーフ

小神殿に入った。入ってすぐの列柱室には、ハトホル女神の彫られた柱がある。頭上に太陽を象った円盤と牛の角があるように、牛の女神である。この部屋の壁を飾るレリーフは彩色が美しく残っていた。王妃のために作られただけあって、図柄も繊細で優美な感じがした。

一渡り見終えると外に出た。日がまた少し高くなり、暑くなってきた。大神殿のほうに歩き出すと、こちらもさっきとは打って変わって静かである。もう一度、中に入った。門番も緊張感が解けたのかにっこり笑っていた。さっきまで、フラッシュを要求していたカメラが、自然光で撮れるサインを出している。入口から差し込む光の明るさが増したのだ。人影も疎らな列柱室を歩きながら、何度かシャッターを切った。デジタルカメラ特有の電子音が気になるほど静かだった。

気のすむまで歩き回って外に出ると、日の光が目に痛かった。あわててサングラスに替えた。日はずいぶん高いところにあった。岩陰のベンチに腰掛け、ラムセス二世の像を仰いだ。光の角度が変わったせいかさっきとは表情が変わって見えた。おそらくここにこうして一日中座っていれば、刻々と移り変わる王の表情を見てとれるだろう。しかし、飛行機の時間が迫っていた。何度も振り返り見、振り返り見しながらアブ・シンベルを後にした。

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