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From Russia with lag

クレムリンの壁

 Кремль

クレムリンには塔の形をした三つの入り口がある。赤の広場に面したスパスカヤ塔は、現在公用の入り口になっていて、衛兵が始終監視に立っている。残りの二つの塔が観光客用に使われているが、交通の便のいいのはトロイツカヤ塔である。話は横道に逸れるが、この衛兵に限らず、ロシアでは兵士や警官の写真を撮ることは禁止されていて、不用意にカメラを向けると、どこからともなく笛が鳴ったり、マイクで注意を受けたりする。悪くすればカメラの没収と聞かされているので、要注意だ。なにしろ、昔ならフィルム一本ですんだが、今はデジタルカメラである。メモリーカードは一枚で事足りる。これを没収されたらそれまでの写真が全滅だ。それでも撮りたけれは画面の中央でなく端でとらえるに限る。レンズさえ向いていなければ分からない。

 宮殿兵器庫

宮殿兵器庫入り口から長いスロープが塔に続いている。たしかに中世の城壁を思わせる造りだ。『指輪物語』の映画に出てきそうな鋸歯状の切れ込みを持った手摺り壁が延々と繋がっている。塔門をくぐってすぐの所にあるのが宮殿兵器庫。中に入ることはできないが、建物の外にナポレオンとの戦いで分捕った旧式の大砲がずらっと並べてある。トルストイの『戦争と平和』の世界である。クレムリンというとつい旧ソ連時代を連想してしまうが、その歴史は古い。1156年、ユーリー・ドルゴルーキー公が木造の砦をボロヴィツキーの丘に築いたのがそのはじまり。その後、14世紀後半に白い石の壁に拡張改築され、15世紀後半に現在の城壁が張り巡らされた。同心円状に少しずつ広がっていったわけだ。

兵器庫の向かいに建つのがクレムリン大会宮殿。ガラスとアルミニウムが多用された現代的な建築は、周囲の建築とはちぐはぐで、そこだけ浮き上がって見える。ソ連共産党大会や中央委員会総会とかつて新聞紙上に見出しが踊った大きな会議がここで開かれていたのだ。ロシアでは、こうした建物はすべて宮殿と呼ぶことになっているらしいが、共産党大会と宮殿は、どう考えても矛盾している。現在はオペラやバレエの劇場としても使用されているという。フルシチョフやブレジネフ、グロムイコなどの名前が浮かんでは消えた。赤の広場に立って以来、「強者どもが夢の跡」という言葉が、しきりに思い出される。

クレムリンの中には、16世紀末に鋳造され「大砲の皇帝」と呼ばれる、口径890ミリ、重さ40トンという当時世界最大の大砲が置かれていたり、高さ6メートル、重さ200トンという「鐘の皇帝」が展示されていたりして、稚気溢れるというか、大言壮語好きというか、ロシア的気質のようなものがうかがえて面白かった。おまけにその鐘ときたら鋳造中に火災にあって罅割れ、結局完成しなかった。欠け落ちた部分もいっしょに展示されているが、欠片だけで11トンもあるというから、どんな音がしたことやら。因みにコンピュータでその音を解析したところ、あまりいい音ではないという結果が出たらしい。オチのあるところがアネクドート好きのロシア人らしくて好いではないか。

 サボールナヤ広場

ウスペンスキー大聖堂「大砲の皇帝」から少し入ったところに、周囲を古い聖堂で囲まれた一角がある。サボールナヤ広場である。左手にイワン雷帝の鐘楼、右手にウスペンスキー大聖堂、奧がブラゴヴェッシェンスキー聖堂、手前に十二使徒教会という聖堂ばかりが並び建つここは、本当に広場という印象が強い。上部に金色のクーポルを戴いた塔が犇めきあい、下部は華美な装飾を廃した石造りの壁がそそり立つ。これらの堂塔伽藍は15世紀から16世紀に建てられたものだ。雨さえ降っていなければ、広場の真ん中に立って、聖堂の扉上に描かれたフレスコ画や、アーチ形状の差異など眺めて時のたつのを忘れるのだが。丸屋根を流れ落ちた雨は雨樋を伝って石敷きの広場に流れ込む。それぞれの教会から吐き出される雨で広場はちょっとした川のように水の流れができている。仕方なくイワン雷帝の鐘楼のポーチに雨を避け、広場を眺めた。

 ウスペンスキー大聖堂

ウスペンスキー大聖堂扉絵いつまで待っても雨は小止みになる様子がない。ポーチとは目と鼻の先にあるウスペンスキー大聖堂の中に入ることにした。正しくは、聖母昇天総主教座大聖堂。ロシア帝国時代の国教大聖堂であり、ツァーリの戴冠式や総主教の葬儀が行われる格式高い大聖堂である。

扉の前に立つと、高い石壁の、そこだけフレスコ画が描かれている。天使達に囲まれた聖母子像はイコンの絵柄に似て古雅な印象を受ける。設計・建築は、イタリア、ボローニャの名匠アリストーテリ・フィオラバンティ。

聖堂は雨を避ける人で溢れていた。堂内の至る所立ち止まっては、周囲の壁や円柱を見上げている。敗走するナポレオン軍から取り返した金と銀を使って造られた銀のシャンデリアの光が浮かび上がらせる四壁はイコンのフレスコ画が天井まで続き、丸屋根を支える支柱も殉教者達の姿で埋めつくされていた。見物客達の熱気で、濡れた衣服から立ち上る湿気が堂内に立ちこめ、蒸されるようだった。

 武器庫  

武器庫サボールナヤ広場を出た足で武器庫に向かった。歩道は武器庫のすぐ横を通っている。広い車道にはさいわい一台も車はいない。ボロヴィツカヤ塔と武器庫を撮ろうと車道に出たら、笛が鳴った。かまわずにカメラを構えていると、今度は何やら大声で怒鳴っている。振り返ると衛兵が歩道に戻るよう手で合図している。どうやら、車の通行とは関係なく決められた順路を通らねばならないということらしい。

武器庫に入ると眼鏡が曇った。かなり暖房が効いている。傘や手荷物をクロークに預けギャラリーに入っていった。名前の通り、武器の制作や保管を目的として19世紀に建てられたものだが、今ではここも博物館になっている。王冠や衣裳、その他帝政ロシア時代の皇帝、女帝が使用した身の回りの家具や馬車、武器、金器、銀器、外国からの進物品等、金属工芸品を中心としたコレクションは、値打ちの分かる人が見れば、すごいものなのだろうが、生憎、きらびやかな宝石類にはあまり縁がない。石が大きすぎるせいか、かえって実感が湧いてこない。

エカテリーナ二世が戴冠式で着たドレスが展示されていた。肖像画では晩年はふくよかな体型に描かれているエカテリーナ二世だが、戴冠式のドレスのウェストの細さには驚いた。ロシアでは街を歩いている若い女性を見ても、背が高くて、脚の長い人が多い。しかし、若い頃どんなに美しい人でも、年齢を重ねるに連れてふとりだすのがロシア女性だ、と聞いたことがある。エカテリーナはもともとはドイツ系のはずだが、ロシアに溶け込もうと努力した甲斐あって見事に肥られたものでもあろうか。

出口近くに小さなミュージアムショップがあった。コレクションの趣味もないのだが、ピサの斜塔だとか、ミラノのドゥオモ、といった旅先で見かけた建築物のミニチュアは、いくつか持っている。ここでもそんな物はないかな、と思ってのぞいてみると、例の「鐘の皇帝」を見つけた。掌の中に収まる小さな鐘が世界最大の鐘だというのが面白くて、つい買ってしまった。この日は、昼食の後に寄った店でも、救世主キリスト聖堂のミニチュアを買っている。しかし、「鐘の皇帝」の方が小さくて値も安かった。なんだか、こんな物は、小さければ小さいほど愛着がわくものらしい。妻は銀細工のブローチを見つけた。武器庫にある宝飾品のレプリカなのだろうか。繊細な感じのデザインが好ましく、いい物を見つけたと喜んでいた。

 サーカス

市内のレストランで、夕食を食べた。献立はビーフ・ストロガノフ。『となりの山田君』の家でも食べている有名なロシア料理である。サンクト・ペテルブルグの名門、ストロガノフ家の家庭料理が広まったものだ。バターライスを添えてあったが、量、味ともにあっさりしていて、ちょっと物足りなかった。我が家では、この料理には、バゲットを厚めに切ったガーリック・トーストを添える。これが、ストロガノフとの相性が抜群なのだ。

食事の後は、サーカス見物の予定が入っていた。ロシアのサーカスといえばボリショイサーカスが有名だが、この日訪れたのは、「古いサーカス」と呼ばれる「ツヴェトノイ・ブリヴァール」。劇場の前には、ブロンズ製のクラシックカーが看板代わりに客を待っていた。親子連れが道化師と一緒に写真を撮ったりして、今から始まるサーカス気分を盛り上げていた。

ライオン劇場の入り口には、象や駱駝、ライオンといった動物たちがお出迎え。無論本物である。吹き抜けのホールには、オーケストラ席が張り出していて、生演奏で前景気を煽っている。ワゴンの上に奇術の種を並べて、商売する店も出たりして、まるで祭りのような賑わいである。妻のお気に入りはライオンといっしょに写真が撮れるコーナー。自分のカメラで撮るなら100ルーブルというので、カメラを構えた。すると、係員がカメラを渡せと言う。お前もいっしょに撮ってやるというのだ。撮るのは好きだが撮られるのは、あまり好きではない。しかし、それをロシア語で説明できるはずもなく、妻の横に並んだ。大型の猫と思うことにしたが、正直ちょっとおっかなかった。おまけに、人が見てるので照れくさいこと。結局二枚撮ってくれた。こういうとき、デジタルカメラはすぐに確認できるので安心だ。

円形の劇場は階段席が擂り鉢状に設けてあって、どこからでも見やすい。天井には空中ブランコ用のブランコやロープ類が、何本もセットされていた。「古いサーカス」と言われるだけあって、道化師の芸や奇術等、よく言えば伝統的、悪く言えば少々古くさい出し物が続いた。アクロバットだけは文句のつけようのない演技を見せる。何でも、オリンピックに出られない人たちが、次に目指すのがサーカスだというから、その技術の高さは折り紙つき。しかし、何といっても、いちばんよかったのは空中ブランコである。見上げるばかりの天井近くから眼下に張られたネットの間の空間を飛び回るその姿には圧倒されてしまった。

幕間に、ロビーを歩いていると猫がいた。団員が飼っているのか、よく馴れていて顎の下を掻いてやると気持ちよさそうに喉を鳴らす。最後には、ショーケースの中に入って寝てしまった。さっきは、ライオンと写真を撮り、今度は久しぶりに猫を撫でることができて妻はご機嫌である。最後にはチンパンジーとも握手をしていた。今回の旅行の中でいちばん満足した夜だったのではないだろうか。


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