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DAYS OF COPEN

 海

起きたときには、日は高いところにあった。新聞をとりに外に出た背中に当たる陽の暖かさは尋常ではない。季節外れは台風だけではなかったようだ。風はそよりとも吹いていない。駐車場にとめた車に日が反射して目に痛い。こんな日に、走らなくてどうすると誘っているようだ。

厚切りのトーストと珈琲で朝食をすませると、あとはすることがなかった。机の前に座ってコンピュータを立ち上げたが、窓の外の陽光が気になって少しも集中できない。こんなことはめずらしかった。届いていたメールに返事を書き終わると、スイッチを切った。

米軍御用達の革のフライトジャケット、独逸製の革のキャップ、フランネルでライニングされたチノを身につけ、モニター専用の銀縁眼鏡をサングラスに替えると、外に出た。タンレザーのバケットシートをスライドさせ、ペダル位置を調節するとエンジンをかけた。

路地から出ると一気に下の道に向かって坂を下りた。大学駅伝のリハーサル中と書いたテレビ局の車が前を走ってゆく。ゴール地点がこの近くなのだ。他府県ナンバーの車でいっぱいの道を左に抜けると、古い有料道路が見えてくる。

つづら折れの峠道は混んでいた。海に向かって開けた高台に何年か前にテーマパークができた。一時の人気にも翳りが見えてきたが、休日ともなると、近県から来る家族連れで今はまだ賑わっている。しかし、不景気には勝てない。球団まで売却して生き残りを図ろうとする親会社のことだ。ここもいつまで持つか安心できたものではない。

数珠繋ぎで峠道を抜けると、車は少し減った。昼食に選んだのは、あまり人の行かないグリルだった。先代の作るタンシチュウは絶品で、有名人もわざわざ訪ねてきたという。先代の引退後、二代目が跡を継いだが、味は勿論のこと、ビニールのテーブルクロスに錆の出たパイプ椅子という田舎の食堂そのままの店を改装しなかったところがにくい。味と店構えのミスマッチが、この店のウリである。急坂を上った先にある隠れ家風の店は、知る人だけが知ればいいというおよそ商売気のない営業方針にもかかわらず、いつ行っても常連客の足はたえず、今も元気な老嬢は、昔と変わらぬ笑顔で迎えてくれるのだった。

タンシチュウを注文すると「スープはよろしかったですか」と聞かれた。二代目の奥さんだろう。小太りの愛想のいい人だが、当たり前のやりとりに、かえって爺と婆の二人がやっていた頃の世間離れした雰囲気が懐かしくなった。朝が遅かったので、一品で充分。妻にグラスワイン、私はパンだけもらうことにした。

先代の頃はもう少し薄く切ったタンが二枚だったと思うが、運ばれてきたそれは、かなりの厚さだった。料理人の若さが見えるようだった。ソースにセロリの味と香りがきいていて、見かけほど重くはなかったが、このボリュームにはやはりワインが欲しいところだ。

あとから入ってきた客に見覚えがあった。妻の知人だったが、こちらのことを覚えていないのか知らぬ顔をしているので、話しかけることもはばかられた。手洗いから帰ってくると二人が話していた。若い頃から歳の割には落ち着いて見えたが、鬢のあたりに白いものが目立つ、いい年配になっていた。何ほども変わらないが、サングラスに革のジャケットというこちらの出で立ちを見てどう思っただろう。

店を出ると、そのまま海に向かって車を走らせた。太平洋に面した海は、ようやく西に傾きはじめた太陽の光を浴びて、細かな光を一面に浮かべていた。空は雲ひとつなく水平線は僅かに弧を描くようにふくらんで見える。砂浜と堤防の上に若い男と女のカップルがいた。夏ならいざ知らず、暖かいとはいっても十一月の海だ。男ひとりや女ひとりで来るところではないのだろう。

そのまま、もと来た道には戻らずリアス式海岸特有の曲がりくねった海岸線を縫うように峠道を抜け、漁港に沿って走り、往きに通ったかつての有料道路の入り口まで出た。帰り道は空いていた。登坂車線で三台の車をかわすと、あとは前にも後ろにも車の影を見なかった。カーブ内側の縁石をなめるようにぎりぎりにすり抜け、次のカーブのインをねらうというワインディングロードの走りを堪能して家に帰った。

朝もゆっくり眠り、昼にワインも飲まなかったのに、夕食前にベッドに倒れ込んでしまった。外気に触れ陽を浴びるのもそうだが、硬めのサスが下から腰を突きあげてくる振動は思ったよりいい運動になっているらしい。ゴルフもしないのに顔もすっかり日に灼けてしまった。サングラスの跡が逆パンダにならないかだけが心配なこの頃である。

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