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DAYS OF COPEN

 長谷寺

そろそろ紅葉の季節かと、ネットで検索をかけると多武峰のあたりが見ごろと出た。談山神社には前に行ったことがある。たしか桜井の近くだった。失敗にこりて、地図はダッシュボードに入れてある。空はあいかわらずの快晴だが、風の音が寒い。無地のマフラーをA-2ジャケットの襟の中に収め、フロントジップをしめた。

国道に出て、アクセルペダルをひと踏みすると、目の前を何かが飛び去った。助手席を振り返ると家を出るときはたしかにかぶっていたはずの妻の帽子がない。スキーで使う止め金具で、ジャケットの襟にとめてあったはずなのに。ドアミラーの端に道路に落ちている小さな異物が遠離るのが目に入った。急いで車を道路脇に停め、走って帽子の所に引き返した。ひっきりなしに行き交う車を避け、ようやく帽子を取り戻すと妻に渡した。

高速道路への入り口をよそ目に道を左手にとると、青山高原に向かう一本道。その途中に「天下一品」の支店がある。この前行った別の店の「こってり味」スープは、こってりしすぎて、どろどろだった。いくら栄養満点でも、あれではラーメンとは言いにくい。この店の前は何度か通っているが、時間の関係で、一度も入ったことがない。ちょうど、正午だった。朝が遅かったから迷ったが、この機会を逃すと、またしばらくは素通りすることになる。入ってみることにした。

駐車場に止めるたびに、トップを閉めなくてはならないのが、ちょっと面倒だ。なに、開けておいてもとられるものはないのだが、まだ新車だ。それにめずらしい車でもある。いらぬ好奇心を引かないでもない。行きつけの店なら別だが、知らない店では閉めておくのが無難だろう。トップを閉じてしまえばただの小さい車にしか見えない。ただ、電動の開閉はかえって人目を引いてしまう。ボタンを押している本人が何やらうれしそうな顔をしているのだから当然といえば当然なのだ。

だぶだぶのズボンを穿いた鳶職と思われる若者や家族連れで店は賑わっていた。注文はこってりの並。こういうときに、ゆっくりメニューを見て考えるということができない。予め考えていた品を間髪を入れず注文してしまう。後から来た客は定食を注文していた。ラーメンか、御飯か、どちらかは大盛りである。たいした食欲だ。たいして待つこともなく注文した品が届いた。結果から言えば今回のスープは合格だった。ただ、どうしたことか麺が絡まり合ってうまくほどけず、さっと口まで運べない。味には関係ないのだが。

青山高原には風力発電用のプロペラが何基も並んでいる。アメリカ映画で砂漠によく並んでいるあれだ。屋根のない車からはふだん見えないものがよく見える。九十九折りの坂道は得意中の得意。非力なエンジンながら前方を行く車にぴったり張り付いて離れない。高原の紅葉はまだはじまったばかり。赤よりも黄色い葉が目立つ。

桜井に入ったが、談山神社への行き方がよく分からない。道路地図で調べてもどうしたことか載っていない。よくよく考えてみれば、この地図は○○県道路地図。多武峰のあるのは隣の県だった。記載されているはずがない。そうこうしているうちに、長谷寺の看板が目に入った。ま、長谷寺でもいいか、と簡単に行き先を変更したのは、検索した中に長谷寺も入っていたからだ。参道の途中にある市営の駐車場に車を停めて参道を歩いた。

古い民家が並ぶ脇を水が流れている。もみじ祭の最中で軒先には屋号を記したぼんぼりが吊されていた。名物の草餅のほかにも、豆腐屋や酒屋と、昔から続いている地元の商店が軒を連ねている。主のいない古道具屋では達磨や布袋が店番をしていた。細い道は一方通行で、車一台がやっと。車を避けた店先で「瓢箪から水」という看板が目に入った。瓢箪型のペットボトルに入った水である。色とデザインにもう一工夫欲しいところだ。

長谷寺の紅葉はやっと三分というところ。折から出てきた厚い雲が日を遮り、谷間の古刹は鈍色の屋根瓦の下に陰を宿していた。長い回廊の石段を上がり、山の中腹にある舞台に出た。清水のそれをを小ぶりにしたいわゆる架空建築だが、眺めは清水よりいいかもしれない。周りを取り囲む山々を八葉蓮華に見立て、蓮華座の台に堂塔伽藍を配した長谷寺の堂宇は他の寺にはない魅力を秘めている。

五重塔や本堂を廻って降りる帰り道からは、先の方から色づきはじめた紅葉の枝葉を手に触れる位置で見ることができる。下から仰ぐ紅葉もいいが、上から眺める紅葉もいいものだ。牡丹で有名なこの寺がもみじ祭をする理由も納得できるというもの。もう一週間あとだったらさぞかしみごとな紅葉だったろうと思って寺を後にした。山門を出たあたりで振り返ると西日が舞台の屋根越しに後ろの山を照らし、色とりどりに染め分けられた秋景色を垣間見ることができた。

名張市街を抜けるのに手間取り、帰り道はとっぷり日が暮れた。サングラスを眼鏡に替えようとしてダッシュボードを手探りするのだが、カメラと地図以外手にあたらない。忘れないように玄関まで持って出たが、寒さ避けに用意した手袋を持ったとき置いてきてしまったらしい。サングラスを外せば明るさは手に入るが、運転に差し支える。泣く泣く妻と交代した。今度は、もっと早く家を出よう。心にそっと誓う私であった。

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