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DAYS OF COPEN

 永源寺

目を覚ますと、夜半の嵐は嘘のように去って、寝室の窓から青空がのぞいていた。階段を下り、自分のコンピュータに向かっている妻の背中に声をかけた。
「さあ、今日はどこへ行こうか?」
雨のはずだったので、行き先のあてがない。ネットで地図を開き、まだ走ってない道を探した。
「滋賀はどうかな?永源寺あたり。」
湖東三山には何年か前に行ったことがあるが、紅葉で有名な永源寺にはまだ行ったことがなかった。

仏蘭西麺麭にスモークサーモンとスライスオニオンを挿んだサンドウィッチと珈琲で朝食を済ませると、さっそく身支度を整えた。一度行った道なので、地図は持たなかった。高速道路に入ろうといつもの坂道を降りていくとどうも様子がおかしい。前を走っていた車がUターンしてくる。その後ろに見えるのは道路を走る人の姿だ。今日は市民マラソンの日だった。側道を走って一つ先のインターから高速に入った。

雨に濡れていたトップも乾いたので、料金所脇の待避線で車を止め、屋根を開けた。オープンで走り出してすぐ気づいた。膝掛けを忘れた。いつも何かを忘れる。チェックリストを作っておくべきだ。しかし、大気中の塵を払ったからか陽差しは強く、風よけにサイドウィンドウを上げると、もう寒くはなかった。それよりも、道沿いの楓がすっかり色づいて、みごとに紅葉している。昨夜来の雨に叩かれたのか、色とりどりの落ち葉が道路脇を染めている。わざわざ遠くまで出かけなくてもいいような気さえしてくる眺めだ。

爽快な気分で走っていたが、北に上がるに連れ、雲の色が濃くなってきた。太陽がすっかり見えなくなったと思ったら、電光表示板に「雨走行注意」の表示が出た。ふだんはなんとも思わずやり過ごしていた表示だけど、そうか、あれはオープン・カーのためにあったのだ。たしかにボタン一つでトップが閉まるコペンだが、高速走行中ではどうにもならない。次の安濃SAまでなんとかもってくれと祈る思いでアクセルを踏み続けた。そのうち、フロントグラスにポツリ、ポツリと雨粒が当たり出した。電光表示には「雨走行注意」が再三表示される。ワイパーを動かさなければならないほど降ってきたところで、SAの標識が見えた。

駐車場の入り口に車を止め、あわててスイッチを押した。停まっていると雨は直に上から降ってくる。完全に閉まるまでの二十秒が一分ほどにも感じられる。タオルで、濡れた部分を拭き終わる頃には、外は土砂降り状態。せっかくSAに入ったのだ。トイレをすませておこうと思った。ところが今度は傘がないことに気がついた。くどいようだがオープン・カーなのだ。傘というものを持って出る習慣がない。そのまま、本線に出た。

高速を降り、国道一号線をひた走りに走った。馬子歌に「坂は照る照る鈴鹿は曇る。あいの土山雨が降る」と歌われるほどの峠道。今までは、雨に降られたことがなかったが、今日は歌の文句通りだった。土山もマラソン大会を予定していたようだが、こちらは雨で中止になったらしい。道路脇の幟が雨にうたれて竿にからみついていた。

名坂で迷いかけたが程なく永源寺に通じる道を見つけてほっと一息。何のことはない。前にも通った記憶がある。水口あたりは紅葉も今が見ごろ。楓と言わず銀杏と言わず、落葉樹の多い里山は様々な色に染め分けられまさに錦秋の装い。雨はやんだが、まだ雲が厚い。帰り道を楽しみに通り抜けた。

永源寺町に入ったが、T字路にぶつかってしまった。角にあるタクシー会社は観光案内所も兼ねているらしい。事務室に入っていった妻が苦笑いしながら車に戻ってきた。
「もう少し辛抱しはったらありますがな。だって。あちらから来たと思ったのね。」と、右の方を指さす。目的地は左の方だという。曲がるべき所を一筋まちがえて入ってきたらしい。なるほど、数百メートルも走ると看板が出ていた。

寺の前まで来ては見たが、あいにくまだ雲の層は厚く、有名な紅葉も今ひとつ色に冴えがない。先に昼食をとることにした。来る途中で見つけた洒落たカフェまで戻ると、そこはワイナリーも兼ねていた。オーナーの息子さんらしい人にワインの試飲を勧められた。わざと澱を残す昔ながらの製法で作られたカベルネ種の赤ワインはしっかりした重みのあるもので、よくある観光用のワインではないことが分かった。正月の屠蘇の代わりに造ったという「凛」という名の白ワインを気に入った妻は早速お土産に買っていた。自家製の麺麭も本物志向で天然酵母仕込み、バーナード・リーチの作品を中心にした美術館も併設するというお洒落な店で、自分用には濃いグリーンを基調にしたチェックのB・Dシャツを買った。結局そこでは食事はとれず、近くの店で蕎麦を食べていると、格子戸越しに日が差してきた。

永源寺は川の畔にあった。朱塗りの橋を渡り、谷川に架かった石橋を渡ると古い茶店が並び、いかにも昔ながらの景勝地の佇まいが懐かしい。石段を登り切ると、雨風に晒され、いい具合に物寂びた風情の山門が目に入った。山門の左は山、右は急峻な崖だ。南画にでも出てきそうな仙境。寺域は急傾斜の断崖にへばりつくように延びていた。山門をくぐり境内に足を踏み入れようとして息を呑んだ。降り積もった落ち葉が吹きだまり、境内は緋毛氈を敷いたようだ。石畳を踏み踏み奧へ抜ける。櫓越しに豪家の屋根をそのまま一回り大きくしたような葦葺きの大屋根が見えた。方丈だった。禅寺らしい簡素な造りながら、紅葉した山を後ろに従えた様は威風堂々としてまことにみごとな構えである。それでいてどことなく村夫子然としたおおどかなところがうかがわれ、一口で言えない趣がある。ブーツを脱ぎ、本堂に上がった。暖かな日の差し込む縁に胡座をかいて正面を眺めれば、立木越しに近江の里が広がっている。悟りを開くには不向きなどこまでも長閑な風景である。

先に石段を下りた妻は、そのまま川岸に出ていた。前夜の雨が上流から土砂を運んできて濁りきった色の川である。何を物好きなと思った。寺の裏山から流れ落ちてくる谷川の水が、前に流れる川に出会ったあたりだけが澄んでいる。それに目を止めていたようだ。大量に降った雨水を谷川は滝のように吐き出していた。白壁土塀の真下に石を組んで拵えた溝が通っている。後から後から落葉が流れてくる。石の形に添って、ある時は速くある時はゆっくり廻りながら流れていく。また日が陰った。風が山に当たってざわと鳴った。

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