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DAYS OF COPEN
榊原温泉駐車場

 榊原温泉

針テラスへ向かう名阪国道で、一台のコペンが後ろに迫ってくるのがミラー越しに見えた。黒塗りのボディにクロームメッキを施したバンパー。ボンネットにはメーカーのマークの代わりにやはりクロームメッキのオーナメント。ワーゲンのカルマンギアのようなスタイルはまるで外国車のように見える。駐車場に並んで停めたら挨拶の一つもしようと思っていたのだが、満杯の駐車場で空きスペースを探している間に見失ってしまった。

家に帰ってから調べてみると、どうやらあれが噂のKmカーらしい。芸濃町にあるKmモータース製のパーツを装備した車をそう呼ぶらしいのだ。コペンオーナーは、自分のコペンにいろいろ手を加えるの好きな人が多いが、一つにはそれを支えてくれるショップが揃っているせいもある。それぞれが自分の思うような車に仕上げるため、その店独自のオーナメントを作っている。Kmモータースのコンセプトは、ずばり英国車である。

レカロのシートに革巻のステアリングを選ぶ走り重視のタイプは、パーツ一つとってもリアスポイラーを着けたりして、レース仕様に見せたがる人が多い。タンレザーのシートや木製ステアリングを選ぶのが、古き良き英国車に憧れを感じるタイプで、こういう人は、リアトランク上にスポイラーよりも荷物を載せるためのキャリアを選び、メッキバンパーを着けたりしてクラシックな雰囲気を醸し出す方を選ぶようだ。コペンには、また、それがよく似合う。

妻が一度行ってみたいというので、芸濃町にあるKmモータースを訪ねてみることにした。ホームページで行き方を調べると、高速道のI.Cを降りるとすぐのようだ。朝からの曇り空、帽子もいらないかと思ったが、一応持つことにした。それでよかったのだ。日が出たり雲に隠れたりしているうちに出口に来た。一般道に降りた時には全くの快晴。信号で止まると暑くて仕方がない。走り出すと風のおかげで涼しくなる。

残念ながら、すべてのパーツを装着したコペンのデモ・カーは、マフラーの調整中とかで留守にしていた。妻はカタログで見たボンネット・オーナメントとリアのカーバッジがかなり気に入ったようだが、実物を見てからということで、この日は冷たいお茶だけ頂いて帰ることにした。しかし、カーバッジの商品見本をわざわざ自分の車のリア部分に置いてみたりしていたから、もう心は決まっているに違いない。

まだ日は高い。このまま帰るのもつまらない。今まで行こう行こうと思いながら機会を逸していた榊原温泉に寄っていこうということになった。その前に昼食をということで、以前行ったメキシコ料理の店で、タコスでもと思い、津のフェニックス通りを左に入ったのだったが、いつものように店がなくなっていた。明日から別の店が開店するとかで、ねじり鉢巻きの大工さんが気の毒そうに教えてくれた。いいのだ。もう慣れた。

仕方がないので、ここはやっているに違いない天下一品でいつものこってり味を食した後、165号線を西に向かって走った。こんなところでと思うほど目立たない分かれ道を右に入ると、緑も濃くなった水田や、すっかり黄金色になった麦畑の間を細い道が通っていた。琺瑯引きの看板に地酒の名前の書かれたのを掲げた酒屋や農家風の家がちらほら見える。道は少しずつのぼり勾配を増しながら、山の方に近づいていく。

枕草子の物尽くしの中で、お湯は七栗の湯と挙げられている七栗の湯が榊原温泉である。由緒があるだけでなく、お湯のいいことでも有名で、この辺りではまず名の挙げられる名泉だ。ただ、宿泊するにはあまりに近く、当然日帰り入浴ということになる。有名な温泉だけに敷居が高く感じられて、今まで足が遠のいていた。しかし、近頃の温泉ブームで、日帰り入浴は普通のこととなり、肩身の狭い思いをすることもなくなった。ネットで検索してみると市営の温泉施設ができ、日帰り入浴も可とある。そこを訪ねてみることにした。

「湯ノ瀬」という名の市営温泉は、小高い丘の上にあった。道をはさんで反対側には旅館街が見える。榊原は温泉といってもよくある温泉地のように賑やかさはない。都から湯治に来るにはちょうどよい距離で、山奥の秘湯のようにもの寂れてもいない。そのどっちつかずのところが、かえってこの温泉をそっとしておいてくれたものか、普段着の良さのある温泉として今にいたっている。

入湯料は、どこでも申し合わせたように700円。65歳以上になると400円だが、まだしばらくはその恩恵に浴することはできない。浴室はそんなに広くはないが、サウナ、打たせ湯、寝湯、それにリハビリ用か手摺りのついた階段状の浴槽もある。もちろん外には露天風呂もあった。まず、いちばん大きな浴槽に浸かる。頭の上にタオルをのせ、手でそっとお湯をすくって顔にもってゆく。掌と顔の間に一枚の透明な皮膜が残るような感じがする。つるつるというよりもっと滑らかな感じだ。

次に露天風呂にはいる。木桶の大きな物をでんと据え、屋根を掛けてある。湯船に沿って一段腰掛けがめぐらされている。そこに座ると半身浴。丘の上にあるから視界は抜群だ。温泉を取り巻くように山々が連なっている。空には刷毛ではいたような雲が浮かび、初夏の風が火照った体を撫でてゆく。ふうっと大きな溜息が出た。極楽である。しかし、ふと思った。周りにいるのはほとんどが人生の大先輩たちである。今頃から、毎週毎週、温泉巡りなどしていていいのだろうか。もっと年をとった時には何をしているのだろう、とそら恐ろしくなった。

サウナで五分間汗をかいた後は冷水にも浸かり、少し気を引き締めた。しっかり浸かったので、なかなか火照りが醒めない。ゆっくり浸かっている妻を待つ間、外のテラスに出てみた。二人の孫を連れた老人がビールを飲んでいた。
「またみんなで来ようね。おじいちゃん。」という女の子に、
「今度は泊まろう。日帰りは疲れる。」と、おじいちゃんが言った。
「孫か」と、ひとり呟いた。まだ、そのことは考えてもいなかった。年をとればとったで何かとすることは出てくるものだ。いらぬ心配などせず、今を楽しむことだ、と気が楽になった。

気が楽になったせいか、帰り道はまた居眠りが出た。湯上がりに頬を撫でる風の心地よさには勝てないらしい。次回こそはハンドルを握らなくては、と心に誓う私であった。


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