HOME | INFO | LIBRARY | JOURNEY | NIKE | WEEKEND | UPDATE | BLOG | LINK
 JOURNEY / BORDER OF EUROPE / DAYS OF COPEN / GALLERY
Home > Journey > Days of Copen > suzuka
DAYS OF COPEN

 鈴鹿峠

週末に出かけようかと話していたのだったが、一夜明けてみると朝から寒気が強まっている様子。「向こうは雪じゃないの?」と、訊ねられ、あわててネットの天気予報を見てみると、東北北陸地方には大雪の予報だが、目的地である大津の辺りは晴れていた。しかし、気温の低下は予想されるので、トップを開けるかどうかは、走ってみた都合ということにした。

今回のドライブには目的地がある。滋賀県立美術館で開催中の木口木版画の美術展をのぞいてみようというのだ。ルートは高速を使って亀山まで行き、関から国道1号線に乗り換えて大津市まで、ドライブルートとしては、あまり面白味のない道をたどることになる。信楽を経由して峠道を通るプランもあったのだが、ノーマルタイヤのコペンではいつも乗っている四駆のようなわけにはいかない。雪を警戒して安全策をとった。

しかし、思わぬ伏兵があった。いざ出発と思った矢先に車の前に補助具を支えにした老嬢が現れた。覚束ない足どりで路地の坂道を通り抜けてしまうまで出発を待たされた焦りがあったのだろう。狭い道だ。いつもは慎重に行う確認を怠り、左サイド下部を電信柱で擦ってしまった。「新車に最初に傷をつけたのが私でなくてよかった」と妻は笑っていうのだが、自分の車でない分、余計に滅入ってしまった。帰ってきたら修理に出すことを約束して出発した。

風は強いが、寒気はそれほどでもない。このドライブは妻の誕生日にプレゼントした立ち襟のジャケットの耐寒テストも兼ねている。色こそやさしい薄茶色になっているが、四つの箱形ポケットのうち、左上部上にあるマジックテープは階級章取り付け用である。一応歴としたアーミー仕様なのだ。革でないのが残念だが、胴部の裏地は毛皮で保温性はあるはず。これで駄目なら、後はSSサイズのボマージャケットを探すしかない。

新しくできた高速道路は、土地確保の問題からか、かなり高い地点を通っている。そのため、遠くの山まで一目で見渡すことができる。しばらく走ると前方の山が雪を頂いているのが見えてきた。この辺りでは、冠雪した山を見ることは冬でもあまりない。
「鈴鹿は大丈夫かなあ。雪だったら引っ返すんでしょう?」
と、不安げな妻。もちろん無理はしないつもりだが、できれば引き返すことは避けたい。天気予報を信じるのみである。

案の定、関に入った辺りで雲が出てきた。峠に差し掛かると歩道に雪が消え残っている。麓の田畑も一面の雪景色である。登ってゆくに連れて雪の量も半端じゃなくなってくる。何のことはない、スキー場に上がってゆくときのような気配になってきた。木の枝にも雪が積もり、クリスマスのオーナメントのような山の景色はロマンティックだが、フル・オープンではいささか寒い。それでも雲間から日が差すと、きらきらと輝く雪景色を見ながら走るのは爽快で、トップを閉めようという気にはなかなかならない。

この間雨に降られた土山は、今度は雪景色。家々の屋根も地面も真っ白な中を走り抜ける。結局、峠を下り、関西方面に向かうトラックや乗用車で渋滞する国道1号線の水口あたりまで、トップは開けたままだった。しかし、電光掲示板に「こんざつ」と表示が出ては、排気ガスを吸うために開けているようなものだ。給油で停止したのを機会にトップを閉じた。

昼食時間は疾うに過ぎていた。1号線というからは古くから開けているはずだが、道沿いに、あまりめぼしい店はない。ファミリーレストランのチェーン店、焼き肉屋、それにうどん、蕎麦の店というところだ。とにかく、食べておこうということで、手頃なラーメン店に入った。「寄ってこ家」というネーミングセンスには賛意を表しかねるが、人気店らしく空席待ちの客がいた。妻は辛味とんこつ、自分は醤油とんこつ、それに餃子を注文した。

麺は中細縮れ麺、スープは豚の背脂をふりかけた見かけの割にはしつこくなく、叉焼の味もよかった。テレビのラーメン番組では意表をつくようなラーメンを採り上げることが多いが、いつも食べるなら、この程度の味がいいのかもしれない。ただ、店員が膝をついてオーダーを聞くのは、やりすぎというものだろう。そういうサーヴィスが好きな客はもっとちがう店に行くはずだ。自分の子と同い年くらいの店員だと、胸が詰まって見ていられない。

美術館専用でない駐車場は相変わらずいっぱいだったが、係員の親切なガイドで端っこの方に置かせてもらえた。小さい車はこういうとき有り難い。地元出身の現代作家、しかも木口木版画ということもあってか、入場者は少なく、落ち着いてみることができたのは有り難かった。それでも人の話し声が気になるのは、かえって静かすぎるからか。ビュランで彫った細密な木版画を見るために、眼鏡をかけたり外したりするのがいちいち手間だったが、運転用の眼鏡を外せば見えるのだから、まだ老眼ではないのだろう。

作品もよかったが、久しぶりに、じっくりと美術館で時間を過ごせたことで、充実した気分になれた。駐車場に帰る道すがら、庭園の中を通った。花の季節には家族連れでいっぱいになる回遊式庭園のどこにも人影はなく、池に落ちる水のほかには音立てるものもなかった。一本の山茶花からこぼれ落ちた花びらが冬枯れの庭園に点景を添えていた。

帰りの峠道には白い雪をかぶった森の上に月が出ていた。黒白の無彩色の世界は見てきたばかりの木版画を思い出させた。振り返ると、遠くの山の端に夕焼けの名残か、そこだけ鳥の子紙の裏から手彩色したような微かな赤みがさしていた。


galleryに写真があります。
< prev pagetop next >
Copyright©2005.Abraxas.All rights reserved.since 2000.9.10