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 2005/4/30 『スクリーンの中に英国が見える』 狩野良規 国書刊行会

イギリス映画はお好きだろうか。ハリウッド製の映画と比べれば、とにかく地味。筆者もしつこいくらい強調しているが、やたらと暗い。フィルムの色調もそうだが、ストーリー展開も、わざわざ映画にする、というくらいべたな日常をこれでもかというくらい描ききるので、当然ハッピーエンドは来ないし、「それでも人生は続く」式の結末にはあまり救いというものが感じられない。はやりの癒し効果は期待する方が無理。何のために入場料を払ってこんな映画を見にきたのだろうと、ハリウッド映画を見慣れた観客なら思うかもしれない。

しかし、そこはそれ、蓼喰う虫も何とやら、一度イギリス映画にはまると、ハリウッド製映画なんか見られなくなるくらい奥が深い。筆者もその口らしいが、読んでいて、これも見た。ああ、これも好きな映画だと何度も思ったこちらも、結構イギリス映画好きらしい。灰色の空にくすんだ煉瓦の建物、澱んだ水たまり、鶯の糞のような色をしたカーディガンか何かを羽織った器量のよくない女、とどこまで挙げていっても人好きのしそうな要素のないイギリス映画なのだが、好きなんだなあ、これが。ジェームズ・アイヴォリーやケン・ローチといった今の監督作品ばかりでなく、『わが命つきるとも』や『土曜の夜と日曜の朝』などの懐かしい名作にも目配りを忘れない筆者の心遣いがうれしい。

筆者は外語大を出てオックスフォードに留学を果たしているイギリス文学者。映画はよく見ていると思うが専門家ではない。どちらかと言えば舞台の方が好みらしい。だから、映画的手法についての解説は皆無。厳密に言えば、ここにあるのは映画批評ではない。映画を通して見たイギリス的なものの解説と考えれば一番近いかもしれない。役者の演技も舞台役者には点が高く、生え抜きの映画人には辛い。チェックポイントは英語の台詞回し。クィーンズ・イングリッシュかそうでないか、中流階級のそれか、ワーキングクラスのそれか。まことにイギリスは階級制度の国。階級によって話す英語がちがう。

各部十章仕立ての四部構成。第一部はその暗さ、階級意識、ユーモアという英国的なるものを解説。第二部は歴史を、第三部はインドを含むイングランド以外の英国領について、第四部は現代イギリスについてといういかにも大学の先生らしい本格的な論文仕立てになっている。二段組み550ページという体裁もあって、ちょっと気圧される感じもするが中身はいたって読みやすい映画エッセイ集になっている。

筆者によれば、ハリウッド映画は夢を売るもの、イギリス映画はドキュメンタリーの系譜を引く現実を描くものと大別される。さらに、その現実だが、一つの国の中に二つの国があるとされる階級差の問題がある。王族、貴族を主とする上流階級というのはごく少数だから、歴史物には登場しても現代の映画にはまず無縁である。となれば、後は中流階級と労働者階級に分かれる。その中流階級が上層、中層、下層の三種類に分かれるというからややこしい。まあ、一億総中流意識を持つと言われる日本人のほとんどが下層(ロワー)中流階級に属するといったら、だいたいの見当はつくだろうか。

世界の映画産業がハリウッド製映画に席巻されている現実がある。きわめて大衆的な娯楽である映画はそれだけに人々にものの考え方を刷り込む働きをしている。ハリウッド映画における、がんばれば誰でも成功するといったアメリカン・ドリームの無邪気な称揚、どんな映画でもハッピー・エンドといった御都合主義の結末は大衆から本当の現実を見る目を奪い、アメリカ流のイデオロギーを喧伝しているのではないかという筆者の指摘はその通りである。

イギリス映画は、たしかに暗い。下層階級の救いようのない現実を砂糖をまぶさずに描いてみせるのだから当たり前だ。しかし、恨み辛みばかりを投げつけるのではなく、そういう自分たちの姿を一歩下がったところで冷静に見つめることで自分たちを笑う余裕を見せてもいる。どこかの国のように自国の歴史の恥部を見つめることもできず「自虐史観」だと騒ぐ子どもっぽさは微塵もない。最早大英帝国の栄光を望めないことを知っている大人の国イギリスに、われわれが学ぶことは多い。

一つ一つの映画についてのあらすじや役者の紹介に加え、筆者の感想が附された丁寧な解説、何より日本ではあまり評判を呼ばなかった佳作についても広く紹介の労を執ってくれているのがうれしい。詳細な注、フィルモグラフィーも完備された、これ一冊あればすべて分かるといった格好のイギリス映画手引書である。


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 2005/4/25 『ナボコフ=ウィルソン往復書簡集1940-1971』 作品社

あの『ロリータ』の作者として有名なウラジーミル・ナボコフと、『アクセルの城』や『フィンランド駅へ』の作者エドマンド・ウィルソンの間に、二十年余に渉る文通が続けられていたとは不勉強にして知らなかった。しかし、読んでいくと分かるのだが、二人には共通する部分があった。ウィルソンの書いた小説『ヘカテ郡回想録』はその表現から裁判沙汰を起こしているし、『ロリータ』は発表当時、アメリカでは発禁処分を食らい、フランスで出版される難産の憂き目にあっている。

サンクト・ペテルブルグの名門貴族の家に生まれたナボコフ、高名な弁護士の父を持つウィルソンと、ともに上流階級に属し、フランス文学を愛し、ジョイスやプルーストを認めるモダニストでもあった。二人の結びつきはアメリカの出版界に伝手を持たないナボコフからの手紙で始まるが、その才能を認め助言や援助を惜しまないウィルソンのおかげで、ナボコフは徐々にアメリカで受け入れられるようになる。

「会いたい」「もっと手紙がほしい」と、まるで恋人同士のような熱い友情を感じさせる手紙のやりとり、家族ぐるみの交際を感じさせる妻や子どもの話題と、それだけなら単なる文学者同士の友情の記念碑となるはずの往復書簡集だが、二人の間には長年にわたる論争対立があったとしたらどうだろう。上記のような熱い交誼を感じさせる文面に続いて、突如長文の批評的な文章が現れる面妖さははなはだもって不可思議としかいいようがない。

論戦の話題は主にロシア詩とイギリス詩の音韻問題とプーシキン問題である。亡命ロシア人であるナボコフがウィルソンにロシア語を教え、ウィルソンがナボコフの英語に添削をするという理想的な関係だったはずが、二つの異なる言語の間に横たわる溝につまづいて不毛(に見える)な論争がとまらない。しかし、二人が不和になる原因はもっと別のところにあった。

広汎な作品を享受し、他の人にもそれを勧めたいと考える評論家ウィルソンと愛読かさもなければ蔑視という極端な態度を見せるナボコフ。二人の文学観や思想的傾向の隔たりはかなり大きい。ナボコフは世評というものを信じない。自分の審美眼だけがたよりだ。マルローを切って捨てるのはいいとしても、ドストエフスキーやフォークナーまでばっさり。それでいてイギリス文学の代表にスティブンスンを加えるというのだから、ううんと呻ってしまった。

編集者を紹介したり、出版社を斡旋したりしてナボコフを援助しながら、批評の場ではその著書に辛辣な批評を加えるウィルソン。互いの友情を認めながらも、それに対して激しく反論するナボコフ。二人の友情は文学的対立の背後に押しやられてしまうのだった。すべてを読み終えた後、編集者による解説や、序文を読み、もう一度書簡を読み直すと、論争に関してはウィルソンの分が悪い。

当時のアメリカにおける社会主義シンパサイザーの例に漏れず、ウィルソンもまたレーニンやボルシェビキ寄りの資料をもとにロシア革命をとらえている。現在ではその後のソヴィエトの実情も明らかになり、その体制がいかに抑圧的なものであったかは明らかにされているが、当時ソヴィエト・ロシアは知識人階級の理想であった。そのレーニンに対して批判的なナボコフをウィルソンは革命によって地位や財産を奪われた貴族階級と捉える誤りを犯している。

ナボコフにとってスターリニズムはヒトラーのナチズムと変わりのないものであり、レーニンも多くの民を抹殺したテロの首謀者である。革命以前のロシアをツァーの圧政に苦しめられる農奴の国としてしか見ない西欧の無知が、レーニンやトロッキーを英雄視するイデオロギーを蔓延させた。革命前のロシア議会の方が言論や思想の自由があったというナボコフの主張は傾聴に値する。

同じ時代に生きながらも、二人の文学者はちがう位相に位置していたようだ。どちらかと言えばウィルソンはナボコフ以前の世界を代表し、ナボコフはまた彼の後に来る世代を予告している。人間的には友情を感じながら、その文学的理念の隔たりはそれを上回っていたのだろう。往復書簡の出版が決まった時、ウィルソンは他界していた。彼の妻に出版の許しを請うたナボコフは初期の書簡を読む苦しさを伝えたという。因果なものだ、と部外者は思う。ナボコフの愛した蝶についての言及と自筆のイラストが書簡集に花を添える。ナボコフファンはもちろん、エドマンド・ウィルソンの読者にも是非お薦めしたい一冊である。


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 2005/4/10 『目には見えない何か』 パトリシア・ハイスミス 河出書房新社

よほどの人嫌いか厭世家なのか、これほど人間や人生というものに対する憎悪と呪詛をあらわにした作品ばかり並べた本を寡聞にして知らない。作家がいくらかの共感を持って描く人物は、自殺を決行しようとしている女性、けちな詐欺師、仕事で失敗を繰り返した挙げ句、やっと訪れた幸運を川の中に落としてしまうような甲斐性なしくらいのものである。その逆に、自分の信念や信条に従って行動した挙げ句がその結果に幻滅して相手を殺したり自殺したりという救いがたい結末を見せる話なら掃いて捨てるほどある。

ヒッチコックの『見知らぬ乗客』やルネ・クレマンの『太陽がいっぱい』の原作者として知られるパトリシア・ハイスミスの1952年から1982年にわたる中後期短編集である。短編小説というのは、日本のように文芸雑誌が毎月発行され、それなりの読者がいて初めて商業的に成り立つジャンルである。英米で商業的な成功を収めるには長編を書くに限る。

ハイスミスも長編作家と目されている。しかし、首尾結構の整った世界を創造するなら短篇にしくはない。メリメの短篇に憧れを感じていた作家は、若い頃から晩年に至るまで、傾向も文体も異なる実に多くの短篇を書いた。それらの作品の中には未発表のまま作者自身によって破棄されたものも多い。これらは作家のファイルにかろうじて残されていた原稿の中から中後期の短篇十四編を選び作家の死後編まれたものである。

作風はきわめてアイロニカル。自殺を決意した時から急に男性の注目を集めるようになった女性を描いた表題作「目には見えない何か」をはじめとして、悪行が善意に取られたり、人生の失敗者と思われる男が結果的には幸福者であったり、事態は主人公の意図とはうらはらに進んでいく。振られた女性にもらった犬の尊厳に溢れた態度を、はじめは憎らしく思いながらも、しだいにその犬の飼い主に相応しい威厳を身につけていった男が、恋人に再会し幻滅を覚え、女性でなく犬の方を生涯の伴侶と再確認する「人間の最良の友」など、よほどの女嫌いでなくては書けない皮肉に満ちた作品である。ちなみに作者は女性。

たとえどのように憎むべき犯罪であっても納得できる理由があれば、読者は殺人犯にさえ感情移入できるものだが、ハイスミスの描く人物の殺人動機は奇妙にねじくれている。その作品世界では、人は実に無感動に人を殺し自分を殺す。一般の犯罪者が不道徳と呼ばれるなら、ハイスミスの描く犯罪者は無道徳なのだ。自殺にしても良心の呵責に攻められてするのではない。生きる意味がなくなるから死ぬだけのこと。

「狂った歯車」で、彫刻家の夫が述べる犯罪の動機は、写真家としての優れた才能を磨くことより、子育てを優先するようになった妻の変化にある。妻の魅力を奪ったのは自分との結婚だと考え、隣人である青年に妻を任せて身を引く夫の行為が妻には理解できない。帰りを懇願する妻の電報によって家に戻った夫は、結局のし棒で妻を殴り殺してしまう。

「人生?そんなものは召使いがしてくれる。」という有名な台詞がある。ハイスミスには普通の人間が求める幸福に対する皮肉な思いがある。幸福を求めようとして得られない主人公たちは、高い所に立ち続ける恐ろしさに耐えきれず飛び下りる方を選ぶ高所恐怖症患者のように、自ら破滅を求めて行動しているように見える。世界に愛が溢れているなどという世迷いごとは信じられないという醒めた貴方にうってつけの短編集。読後のひんやりとした感触は一興。


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 2005/4/3 『自由人の暮らし方』 池内紀の仕事場−4 みすず書房

ポルトレというものがある。「人物素描」とでも言えばいいのか、対象とする人物の人格や気質、行為等をさらっとなぞってみせる17世紀フランスに始まる文学技法である。本格的な評伝ではないが、さりとてただの解説といってすませるには読みでのあるものばかりを集めた「ポルトレ」集である。池内先生ならではの選択眼で選び抜かれた、いずれ劣らぬ自由人が十人余り。

素白先生、野尻抱影、内田百閨A吉田健一、長谷川四郎、小林太市郎、辻まこと、ガレッティ先生、リヒテンベルク、チェーホフ、フリーデル……。有名な人もいれば、知る人ぞ知るという人もいる。今までにこれらの人々の書いたものをいくつか読み、それらを愛でることのできる人なら、これ以上拙文を読む必要はない。逆にほとんど無縁という人にもまた、読んでいただく意味がない。それほど、読者を選ぶ人選ではなかろうか。

「いつのころにか遭遇し、なぜかこころ惹かれ、印象深く読み、あの箇所、このくだりをそらんじたように覚えてしまった。」そう、これらの人々は池内先生が、これまでにその著作を愛読してきた人々で、「文学として読んだはずだが、いつしか文学以上のものになった」存在なのである。人がそこまで愛することのできる人々である。そこには何か共通するものが何かあるにちがいない。それについて述べた著者の文章を引用する。

「共通して敏感な神経と鋭い感性をそなえていた。とともに、それをつつみこむ何かをもち、独特のスタイルで文をつづった。いずれにも決して酔わない精神があった。まるきり初めてのように世界を見る眼差し。集団や組織によらず、孤独を好み、さりげなく他人を吟味して厳しく世間を裁断した。その批評眼は、たえず学習することから生み出されていたような気がする。さいわいにもこのタイプは、しかつめらしいお説教をしない。意味ありげな訓戒をたれたりもしない。木の葉のように軽妙で、生得のユーモアをもち、風にしなる枝のようにやわらかい。」

内田百閨A吉田健一、長谷川四郎、辻まこと。乏しい読書経験の裡でその文学と人となりについて何ほどかの知識を有するのはこの四人に限られる。池内先生ほどではないが、私もまた、この人たちの書くものに心惹かれつづけてきた。その人たちの文章を好む理由をこのように明確に整理されると目の前の霧が晴れるような気がする。まことにその通りとしか言いようがない。

それぞれの書かれた文章からの適切な引用、豊富な逸話は先生自家薬籠中のものであろう、いかにも軽妙で、ユーモアに満ち、やわらかい。特に教授会にも学界にも出席しない自己韜晦者でありながら梅原猛をして「明治以後の日本の美学者の中でもっともすぐれた美学者」と言わしめた小林太市郎を扱った章が秀逸。

春画の名手で「芸術のすべてのジャンルにわたり、エロスの効用をみてとる小林芸術理論」の一端が紹介されているが、京都というブルジョアの街が育んだ人物のポルトレは豪奢にして快活。その末尾の文にいわく「こんにちわが国にブルジョワが存在するかどうか、すこぶる疑わしい。金持ちはどっさりいるが、それは要するに金を儲けただけである」と。よくぞ言ったり。読後、気が清々する名著である。

なお、フリーデルと辻まことについては、本格的な評伝から半分近くの章を抜き出し、あらたに編んだものである。前者は『道化のような歴史家の肖像』、後者は『見知らぬオトカム』。いずれも、みすず書房から出ている。


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