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Lunchtime

 2008/10/19 蕎麦湯

池田と川一つ隔てた川西市にその店はあった。ちょうど昼時で、満席のためしばらく席の空くのを待った。ようやく席が空いて、さて何をたのむかということになる。つれあいはいつものおろし蕎麦。小生迷ったが、ここは地元の二人にならって天ざる。八べえさんはざるを注文した。
「天ざるの方」と、お内儀がいうので、手を挙げた。目の前に出た天麩羅の量に驚いた。

海老が二本。それに、さつまいもと南瓜、茄子に椎茸、三つ葉。最後の何やら細長いものは、何と牛蒡であった。蕎麦の量も半端ではない。まず塩で食べろと言われたので、ぱらぱらっと塩をかけてすする。さあ、これで義理は果たしたと思い、おもむろに出汁の中におろしと山葵を入れると、傍に立っていた店の主人が、「あああ、やってもた。」と、ため息をつくではないか。はあ、何がいけなかったのか、と考えているそばから、別の蕎麦猪口が出てきて新しい出汁を主人手ずから注ぎ込む。

「山葵とおろし大根は別々に蕎麦の上に載せる。こうしたら、いくつもの味が味わえるやろ?」
とのたまう。まあ、そらそうかもしれんが、そばに立っていちいちさいくやかれると落ち着いてたべられんやないか。と、これは胸の裡で呟いて黙ってすすり込む。そばは多いし、天麩羅は大きい。なかなか一口では食べきれない。

そのうち腹がいっぱいになってくる。隣の席のつれあいも大量のおろし蕎麦と格闘中である。
「はよたべんと、のびるがな。」と、主人の催促。つれあいの手が止まったら、「残したら蕎麦がかわいそうやがな。」と、二の矢が飛んでくる。

これはえらいとこに来てしもた、と思っているところへ、ざるを食べ終わった八べえさんの声が。
「ごちそうさま。」とほっとしたところに
「それだけではものたりんやろう?」
と、主人の声がしたかと思うと、手に持った大ぶりの銚子から蕎麦湯が猪口の中に注がれた。
「これは何ですか?」と訊く客に
「蕎麦の実やがな。」
お粥状のどろっとした蕎麦湯の中に蕎麦の実が浮いている。

これだけ食べた上にあれが出るのか?と、背筋が寒くなった。食べ終わった客に主人自ら次々と蕎麦湯を注いで回る。いうならば「わんこそば湯」だ。お茶を飲んでうまくごまかしたと思っていたら、小生の猪口にも蕎麦湯が。何とか飲んだら、今度は塩でもう一杯。さすがにもうどうにもこうにも箸に手が伸びない。

三重から来たと分かったら、厨房の中で何やらやりだした。帰りに腹が空いたらお上がりと差し出されたのは焼き芋。お手洗いに立っていた間に焼いてくれたらしい。かなりくせの強いご主人だったが、気の優しい人なのだなあ、とあらためて分かった。

それにしても、みんな、食べきれないほど食べて口まで蕎麦湯がつまっている。やっとの思いで店を出て、「蕎麦湯の拷問やったなあ」と、笑っていたら、主人が戸口まで見送りに出てくれていた。どこまでも気のいい人である。たこ焼きをひかえておいたら、最後の蕎麦湯まで美味しくいただけただけに悪いことをした。蕎麦湯一つに、新しく山葵をおろしてくれたり、塩を入れてくれたり、蕎麦にかける熱意は半端ではないのだ。大将心づくしの焼き芋をビニール袋にしまってトランクに入れ、今度来るときは腹をへらして来ようと、心に決め、帰途に着いたのであった。

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