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Lunchtime

 2006/11/25 蕎麦

低く厚い雲が垂れこめていた。天気予報では降水確率は低いのだが今にも降り出しそうだ。コペンのトップは閉じていくことにした。紅葉をめでながら手打ち蕎麦でもと思い、前々から聞いていた山中の蕎麦屋をたずねることにした。店の名で検索すると、前もって予約が必要とあったので、電話をかけた。さいわい開いているというので一時間後に行くと告げて電話を切った。

電話番号をナビに打ち込んで松阪近辺の地図が出たので確認のボタンに触れた。国道を走り、先週行ったラーメン屋に行くのと同じ道筋にハンドルを切ると、市の中心地近くで「目的地付近になりましたので案内を終わります」と、音声ガイドが告げた。まさか、と思って前を見ると城の石垣がそびえている。電話番号を確かめてもまちがいがない。山の中の蕎麦屋と聞いてきたのに話がちがうではないか。

住所もメモしてあったので、住所で検索してみた。「飯」ではじまる地名だが、「いい」でも「はん」でも、もしやと思って「めし」で探してもヒットしない。ダメもとで「い」ではじまる地名を探したらやっと見つかった。地元の人には読めるかも知れないが、初めての人間にはちょっと読めない。ナビの五十音入力の弱点かも知れない。

今度は山の中であることを確かめて再出発。インターで左に折れると、すぐに山の方に向かう道が見つかった。目的地は山二つ越えた先である。道はしだいに曲がりくねり、九十九折りの山道になった。空はあいかわらず厚い雲におおわれたままだ。めったに対向車と出会わない山道は静まりかえっている。今を盛りと色づく黄葉がなければ、寂しすぎる林道が続く。

山道を下り終えると、左に曲がれとガイドが入った。古い山門の脇に車が二台停まっていた。店の手前にある駐車場というのがそれらしい。引き返して車を停め、歩き出した。手拭いを被った老婆が門前の落ち葉を掃き集めている。見上げると見事に紅葉した楓の老樹が空に枝を伸ばしていた。川に架かる橋の先には鐘楼も見える。薬師堂前と聞いてきたが、山懐にかき抱かれるような絶妙のロケーションではないか。

古びた民家にしか見えない店の戸を開けると、石油ストーブの火が目に飛びこんできた。客用のテーブルで藍染めの作務衣を着た中年の男が茶を飲んでいた。待ちくたびれた亭主らしい。先ほど電話した者だと告げ、ナビのまちがいで手間取ったことを詫びた。
「この前、奈良から来てくれた人も同じことを言ってました。一度町なかまで連れていかれて、また戻ったとかで40分も遅れてお見えになりましたよ。」
同じP社のナビだったのだろうか。

十割のざる蕎麦を二枚注文して、トイレに立った。帰ってくると、妻が、
「あなた大盛りじゃなくてもいいの?」と言うのを聞きつけて、亭主。
「大盛りになさいますか?」
「ああ、できるのならそうします。」そういう私と入れ替わりに妻は席を立った。
「大盛りといっても二枚出すだけなんですが、せっかくだから別の蕎麦にしますか?」
「それじゃ、そうしてください。」お任せである。

「紅葉がきれいですね。」と言うと、
「今日が最後でしょうね。もう散り初めていますから。」と、店の奥から亭主が応える。
座った席は窓際で、湯気でくもった硝子の向こう、白い川床を晒した川を背景に黄や橙色に色づいた楓が一枝。見れば川の彼方此方に紅葉の落ち葉が溜まっている。寒山拾得でも出てきそうな神仙境の雰囲気である。こんな所で林間に酒を暖めるのもいいだろうなと思いながら、二つ折りになった「お品書き」を開けると、越乃寒梅を筆頭に銘酒が並んでいる。

通人の言う蕎麦屋の酒である。酒は蕎麦屋で飲むに限るという人も多い。「板わさ」などをわざわざ「お品書き」に載せているくらいだから、亭主の方だって客に酒を飲ませたいのだ。
「いい酒が揃ってますね。しかし、この山中じゃ車でしか来られない。かえって目に毒だなあ。」
「このご時世ですからね。私も酒が好きなほうで、ストレスが溜まってますよ。」
妻が席に戻ると、蕎麦が出た。白い蕎麦はあるが爽やかな薄緑色をした蕎麦はめずらしい。
「常陸の新蕎麦です。光を当てて、緑色の蕎麦だけ選ったものです。今だけしかできません。見かけがいいので江戸の人に好まれたようです。もう一つの方は周りの殻も混ぜて曳いたから黒いでしょう。こちらは田舎蕎麦です。」

どちらも腰があって歯応えがいい。緑色の蕎麦の方が爽やかな香りがする。一方田舎蕎麦の方は、手応えのある量感が好ましい。どちらもそれぞれに美味いが、緑色の蕎麦は他ではお目にかかったことがないだけ点が高くなる。そば湯もいただいて、満足して席を立った。
「桜の頃もいいですよ。」と言われたが、その前に雪見酒もいいだろう。
「冬場は雪でしょうね。」と水を向けると、
「ここまで上がってこられません。でも、今年は暖冬だそうだから、がんばってみようかな。」
冬場は土日だけの営業だそうだ。また来るときには電話してくださいといわれて店を出た。

店の前には石段が聳え、その上に薬師堂が立っていた。役の行者が開いたと言われる寺の裏山は行場になっていて、今でも登る人がいるらしく古ぼけた看板に地図が描かれていた。入山料百円は惜しくないが、装備もなしに登れる山でもなさそうだ。賽銭をはらい家内安全を祈願して石段を下りた。

帰りは亭主に教えられた通り、左へ左へと折れて166号線経由で帰ってきた。初めて通る道は楽しい。途中、現役で回る水車や、隠れ里のような集落も見ることができて、ちょっとした旅行気分になった。カメラを持って出なかったのが悔やまれる。誰一人通らない山道から見る紅葉は、また格別であった。

 2007/12/1 再訪

温かい日射しに誘われて、再び懐かしい蕎麦屋を訪れた。冒頭の写真は今年のものである。昨年より一週間遅いというのに、渓流に架かる楓の紅葉はまだ黄色みが勝ったものであった。
「今年は今日で終わりでしょう。一雨来たら散ってしまいそうです。」
と、亭主は蕎麦を出し終えていった。

今日は、妻が「ぶっかけおろし」こちらが「鴨汁」である。妻の方は、そのまま蕎麦の上に大根おろしがかかったものだが、「鴨汁」の方は、予想とはちがった。盛り蕎麦とは別に、小振りの汁碗に葱と鴨肉を浮かばせたものがついてきた。別に薬味が添えられているので、
「この山葵はどうやって?」ときくと、
「薬味ですので蕎麦につけて召し上がってください。この辺の人は、みんなつゆに混ぜてしまいますが、刺身と同じようにつけて食べるのが本当です。」

言われるままに蕎麦につけるのだが、刺身のようにはいかない。しかし、鴨汁につけた蕎麦は美味いの一言につきる。鴨の濃厚なだし汁が淡泊な蕎麦の味を引き立て、絶妙のコンビネーションである。残りの汁にそば湯を入れていただく。そば湯を入れても充分に濃い味わいが残り、これだけで上等の一品である。あたたかさが腹に染み渡る。

春には桜もきれいだが、この辺は梅がよくなり、今年の春には対岸の住職の許可を得て、寺の梅の実をみんな採ったそうだ。それで梅酒と梅干しを拵えたという。どうやら、献立にはないので自家用らしい。今回は147できたので、酒はまたの機会にとっておくことにした。対向車がめったに来ない峠道のドライブは、小気味のいい走りが楽しめる。昼酒でこの機会を失う気にはなれない。美味い蕎麦を食べ、峠道での走りを堪能した良い日であった。

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