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 2007/2/3 雪見行

半分ほど読み残していたコニー・ウィリスの中編を読み終えると、カメラバッグを持って外に出た。この前、光量不足で真価を発揮できなかったデジタル一眼の解像度を確かめてみたい。車に乗ると、なんと家の中より暖かい。南に隣家が迫る我が家は夏の暑さには耐えられるが、底冷えのする季節はしんしんと足もとから冷えてくる。外は快晴で無風。オープンで走りたいところだが、帰りにニケの缶詰を買ってこなくてはいけない。147で行く。

職場で、週末はどこに行くのかと聞かれることが増えた。人から見れば遊び回っているように見えるらしい。以前は家にいることが多かったから仕方がないが、休日に快楽を求めるのは平日がストレス過多になっているということだ。バランスをとらなければいけない。花も紅葉もない季節はやはり温泉だろう。日帰りならどこの温泉がいいか。この季節なら、さるびの温泉がおすすめだ。

泉質もいいが、山の中にあってロケーションがいい。しっかりした食事のとれる食堂もあって、楽しみが倍加する。何より、広い露天風呂に肩までつかって寒風に顔を晒していると、冷たい季節に温まっているという幸福感が押し寄せてくるのだ。

青山高原のあたりまで来ると、助手席の妻が前方の山を指さしてつぶやいた。
「あれ、雪かしら。」
山の上の方にいくつか雪渓のようなものが見えている。前日は暖かい南部でもみぞれがぱらついたくらいだから、きっとそうだろう。いつも見ている風景の中に雪がまじっただけで、ただのドライブが旅行めいた気分に変わってくるから不思議だ。

案の定、長野峠まで来ると道の両側には雪が降り積もっていた。前を走るトラックが巻き上げる水の飛沫でフロントガラスが汚れる。リアウィンドウは、自分のタイヤが同じように汚している。イタリアでは雨に悩まされることもないのだろう。ぎりぎりまで長くしたホイールベースと、デザイン重視のためマッドガードのないのが災いして、濡れた路面では後輪が巻き上げる飛沫ですぐに視界が遮られるのが、この車の欠点だ。

トンネルを抜けると景色が変わった。杉や檜の枝に白い雪がふわりと乗っかって、樅の木のように見える林の中を抜けていくと、どこかのスキー場にでも迷い込んだような気がしてくる。今年初めての雪景色に思わぬ贈り物をもらったようで、胸が弾む。いい歳をして他愛ないものだ。写真を撮りたいと思うのだが、道路脇は除雪した雪が凍ってブロック状に固まっていて、駐車スペースがない。もったいないと思いながら走り続けた。

駐車場はいっぱいで道路にまで車が並んでいたが、運良く一台空いたところにとめることができた。まずは腹ごしらえ。蟹に目がない妻は、季節限定の「蟹尽くし膳」。同様に鴨の好きな当方は「鴨のはりはり鍋」。蟹の天麩羅も美味いが、蟹から出た出し汁で炊く釜飯が絶品だった。鴨鍋はといえば、脂ののった鴨肉に表面をあぶった下仁田葱が絶妙の相方ぶりを発揮して、これまた満足の一品。

日替わりで男女の湯が替わるのは、近頃どこでも同じだが、さるびのではいつ来ても同じ方だった。この日、はじめてもみじの湯の方に入った。不思議なもので、逆勝手に感じてしまう。相変わらず五人も入れば満員の源泉かけ流しの浴槽は満員状態だった。ぬるめの湯なので長く入る人が多いからだ。大きな浴槽の方は温度も熱い目で、自分としてはこちらの方が好みだ。

窓際の隅に腰を下ろした。人のいない洗い場にまだ光の衰えていない午後の日が湯煙を透して斜めに差し込んでいる。今日の客はみな静かだ。目を閉じて、もの思いにふけっている老人もいれば、仕事の疲れをいやしに来ているといった現役もいる。窓ごしに丘の斜面が見える。はだらにとけ残った雪が枯れ草の上にしがみついている。すっかり葉を落とした櫟の枝が青空に寒そうに枝を伸ばしている。春はまだ遠い。

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