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さるびの温泉

 2005/12/26 伊賀越え

車が帰ってきた。気になっていた音が聞こえなくなったかどうか、さっそく試しに乗ってみることにした。高速で走ると、エンジン音や風切り音で消されてしまう程度の音だ。ゆっくり、静かに走れる田舎道がいい。もともと人のあまり走らない道を自分のペースで走るのが好きだ。できればイギリスの田園地帯のような道がいいが、贅沢さえ言わなければ日本の田舎道もそれなりに楽しく走れる。

毎日寒い日が続く。からだが芯から冷える、こんな寒さは久しぶりのことだ。こんな時は温泉に限る。どこか、あまり人の来ない寂しい山の中で、のんびり湯に浸かってみたいものだ、と考えていた。ただ車に乗っているだけのドライブも嫌いではないが、何か一つくらいはおまけがほしい。まだ行ったことのない日帰り温泉をネットで検索する。

県内の日帰り温泉も有名なところは大半行きつくした。残っている大物は大山田村にある、さるびの温泉くらいのもの。泉質のいいので有名だが、休日は混雑が予想されるので今まで敬遠していた。幸い、休暇が残っていたので、この際とってしまうことにした。平日ならさほど混雑することもないだろう。そう思って準備し始めたとたん、窓の向こうが暗くなってきた。雪雲が空一面を覆っている。一度消したラップトップ・コンピュータをもう一度開き、天気予報を調べてみる。

雨はいいが、雪は困る。大径ホイールのためチェーンがタイヤハウスに接触するという理由で装着不可の車である。しかも買ったばかりで、まだスタッドレスの用意がない。積雪路は避けたいというのが本音だ。現在のところ、雪の降る気配はない。途中峠道のあるのが心配だが、一度思い立つとルート変更は難しい。頭の中に寒気の中で入る露天風呂のイメージができあがっている。決行することにした。

厚手の革のジャンパーとマフラーで重装備して乗り込んだ。オープンではないので車の中は暖かいのだが、一歩外に出ると強い風のせいで体感温度は厳寒期と同じくらいに感じられる。湯冷めはしたくない。歳の暮れは何かと忙しい。風邪をひいている暇はないのだ。

窓の横についた取っ手を引き、荷物を後部座席に放り込んだ。一見すると3ドアに見えるが本当は5ドアという優れ物のデザイン。実に使い勝手がいい。こういうちょっとしたところにイタリアを感じる。エンジンをかけ、ナビに行き先を告げると、高速道を使うルートが出てきた。複数計算させ、一般道を使う別の道を探した。名阪国道から蝙蝠峠を抜けると遠回りになる。ナビは、163号で長野峠を抜ける道を示している。通ったことのない道なら歓迎だ。それで行くことにした。

走り出してすぐ気がついた。異音が消えている。静かに、ゴォーッという音がするのはタイヤの音だろう。アクセルを踏み込むとエンジン音が聞こえる。静かなものだ。これでこそ、アルファロメオ。心おきなくエンジン音を愉しむことができるというもの。しかし、年末にはまだ間があると思うのに市内は混んでいた。北に向かう23号線も同じだ。エンジン音を聞くどころではない。異音の出ないことが分かれば、音楽も聴ける。ジャズバラードを聴きながら久居まで走った。

久居市内を抜けると、ナビが右に曲がれと告げた。楽しみにしていた田舎道である。パドルシフトでギアを上げていく。3000回転くらいでエンジン音が変わるのが分かる。右に左に緩やかなカーブを繰り返しながら、人通りの少ない道を走り抜けてゆく。

163号は伊賀への抜け道らしい。三重県は片仮名のメの字の形をしていて、一画目の位置に山地が通っている。伊賀は二画目の始筆の位置にある。大山田村に至るには峠越えは必至である。悪い予感はあたるものだ。山道に入ろうかというところに電光掲示板があり、「長野峠積雪、チェーン用意」の文字が光っていた。

オレンジ色のその文字が見えたとたん、前を走っている車の速度が目に見えて落ちた。山道の両側には雪が残り、溶け出した雪が道に流れて黒い染みを作っている。高さが上がるに連れ、雪の量はふえていく。慎重になるのも無理はないが、前の車が跳ねあげる水滴がフロントガラスを汚す。それを見て、妻がそっとつぶやいた。
「嫌なことを言うみたいだけど、この道きっと融雪剤、撒いてあると思うよ。」

忘れもしない、あの塩カルだ。距離を開けて付いていくことにした。のろのろ運転のせいで何台も後続車が出るが、誰も文句はないらしい。おとなしく付いてきている。トンネル工事中で大型トラックも往き来する中、峠を下ってくる車もチェーンはしていない。どうやら大丈夫のようだ。長野トンネルを抜けると、西から陽が射していた。麓の方に集落が見える。ようやく安心したのか、前の車もスピードを上げた。

看板のところで曲がるのをまちがえて少し行ってからUターンした。さるびの温泉は、そこから1キロばかり走ったところにあった。閑散とした山の中に瀟洒な建物が幾棟か集まっている。雪の残る雑木林の中に建つ姿はスキー場のレストハウスのようだ。駐車場に車を停め、少し歩く。冷たい風だ。月曜日のせいか、人影はまばらで寂しい気がするほどだった。

まず、食事。妻は鍋焼き饂飩、自分はさるびの御膳にした。刺身蒟蒻と山菜の天麩羅に煮物とミニ饂飩、茶碗蒸しがついたヘルシーな料理である。鍋焼き饂飩は伊賀肉と餅が入る豪勢なもので、どちらも食べきるのに苦労した。妻は今度来たときは酒粕鍋にしたいそうだが、ひとりで食べきれるかどうか心配していた。セルフサービスのスタンドもあり、麺類程度ならそちらの方がいいだろう。

さて、肝心の温泉だが、入浴料はタオル付きで800円。ロッカーはコイン式に変わったばかりという。隣で着替えていた老人が、使い方が分からず、連れに文句を言っていた。奇数日と偶数日で男女の湯が変わる仕組みで、この日は女性が「けせんの湯」の番。男湯の「ささゆりの湯」と比べ、樽風呂や登り窯風のミスト・サウナと、目を引く要素の多いこちらの方が人気らしい。

眼鏡をかけて湯に浸かるのが嫌いで、温泉では外している。それほど見えないわけではないが、小さな字は読めない。見当をつけて扉を開けると目の前に階段があった。脱衣してから階段を上がるのは変な感じだが、左は露天風呂と書いてある。この寒さに即露天は無謀というもの。階段を上って「はぎの湯」へ。扉を開けると源泉かけ流しの小さな浴槽の向こうに大きめの矩形の浴槽があった。その左に十ほどの洗い場と簡素な造りである。へえ、こんなものか、と拍子抜けした。

しかし、湯はなかなか。ぬるっとした肌触りは今までで一番。熱さもほどよく、人の少ないのが何より。硝子窓の向こうは山で目隠しの板塀の向こうに櫟らしい木立が見えている。すっかり葉を落とした寒々とした枝の先にちぎれ雲が引っかかっている。いかにも冬らしい空の色が目にしむ。先客の温泉談義をそれとなく聞いていても、山里らしくほのぼのとした風情がある。湯煙の向こうに寒々とした冬枯れの光景を見ていると、しみじみ有り難いという感じがしてくるから不思議だ。

「さるびの」という名前は、芭蕉の『猿蓑』冒頭の句、「初しぐれ猿も小蓑をほしげ也」という句を得たのが、この辺りだったことから、「猿蓑」と当地の子延(ねのび)という地名を併せての造語らしい。露天風呂の中に説明書きがあった。屋根に雪の残る寒い日で、さすがに露天に客は少なく貸し切り状態。ぬるめの湯に首まで浸かり、顔だけ寒風にさらしていると、湯煙がひっきりなしに風にあおられ、水面を走る。鈍色の縁だけ白く輝いた雲も空を走る。冬の露天風呂の醍醐味である。これで雪でも降ればいうことがないのだが、帰り道を考えるとくわばらくわばら。雪はよしとしとこう。

露天の前にも浴室らしきものが見えるのだが、行き方が分からない。係の人が来たので訊いてみた。実は脱衣場から続いている大浴場への入り口がロッカーに目隠しされて見えず、新しくできたばかりの「はぎの湯」をそれとまちがえたらしい。道理で小さく感じたわけだ。教えられた扉を開けるとジェットバスや打たせ湯のある「ささゆりの湯」があった。ちゃんとサウナもある。これなら分かる。しかし、泉質といい、眺めといい、最初に入った「はぎの湯」が一番気に入った。

めずらしく妻が眠そうだったので帰りは気をつけて運転した。峠道は凍結の怖れのないのは分かったが、すぐ詰まってしまう。23号に入ってからが、俄然楽しくなった。レガシィもそれなりに走ったが、147は全然ちがう。少し気を許すとあっという間に100キロを越してしまう。出足はあまりよくないが、3速から4速にアップするあたりから、よく粘る。年末警戒中かパト・カーも何台か見た。アクセルを踏みすぎないように我慢するのが大変だった。

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