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garage147

 契約

日曜日に試乗し、一度家に来てくれるよう、K氏に電話を入れたのが月曜だった。休みだったらしく伝言をたのんで電話を切ったのだが、折り返し携帯に電話がかかってきた。
「せっかくのお休みのところを申し訳ない。」と詫びると、
「いえ、家でぶらぶらしてただけですから。」と、K氏。契約手続きのための書類を手配してくれるよう依頼して電話を切った。火曜の夜、家に来てくれることになった。

試乗した二日後に契約。あわてるようだが、ぐずぐずしていると、また考え直したくなるような気がして不安だった。実際、車を買い換えようと考え出してからというもの、頭の一部がいつも車に占拠されているようで落ち着かなかった。道ですれちがう車につい目がいってしまうし、モニタの前に座ると時間さえあれば情報収集に努めていた。

センス・オブ・プロポーションという言葉がある。バランス感覚とでも訳せばいいのか、要は釣り合いのとれた生活感覚を意味する。毎日の暮らしの中で、たかが自動車のことが頭の大部分を占めるのは異常事態に思えるのだ。世界の動きとまでは言わないが、身の回りにも日々それなりに何かは起きて動いている。ふだんならそれらに割ける思考回路が車のことで手一杯になっている状態が疎ましかった。

考える時間があれば、あれこれ比較してしまう。決定していないのだから変更も可能である。優柔不断は君子の常、というが、さすがに疲れてきていた。もうそろそろ決めてもいいのではないか。天の声ならぬ、自分の中のもう一人の自分が囁く声が聞こえた。これで失敗したなら仕方がない。決めてしまえ、という声である。妻はもとより賛成。これまで何度も決まりそうになって、土壇場でひっくり返したことがあるから、やっと決めたかと安堵の表情である。

火曜の夜が来た。K氏は時間通りに現れた。書斎で細部の確認をする。原則として値引きはしない、というところをナビやETCその他の付属部品の装着で交渉はすんでいる。希望のナンバーその他の細々したこちらの要望を伝えて、契約終了。簡単なものだ。後は、雑談。契約が無事終わったからというわけでもないだろうが、K氏は饒舌だった。
「車の中にはブースターケーブルと水はいつも入れておいてくださいよ。もちろん僕も入れてます。」
おいおい、と突っ込みを入れたくなる。本当に大丈夫なんだろうか。

住民票と車庫証明が必要なので、二日後にまた来てもらうことにした。その時に内金も支払うことになる。納車の日取りは未定だが、特に難しい注文はしていない。こちらの希望通りの車があれば一、二週間というところだろうという。車は147TI 2.0 TWIN SPARK SELESPEED 5D。色はロッソ(赤)アルファ。ヌヴォラブルーという特別注文の青も気になってはいたのだが、27万円高くなるというので、どこのショールームにも見本がなかった。

「正直なところ、一か月に何台くらい売れるんですか。」と訊いてみると、K氏はすました顔で、
「まあ、よくて二、三台というところでしょうか。」と答えた。それでよくやっていけるものだ、と不思議な気がした。値引きができないのも道理だ。ショールームにある車は、売れなければみんな買い取りだそうだ。危険を冒して売れるかどうか分からない色の車を仕入れたりはしないのだろう。

この年になって赤いアルファというのはちょっと冒険かなという気もしたが、この車で乗らなければ一生赤い車には乗ることがないだろう。子どもの頃に植え付けられたアルファロメオといえば赤というイメージがどうしても拭い去れない。もともと、アルファロメオを買うということ自体が冒険なのだ。愚行と言ってもいいかもしれない。開き直って赤に決めた。こういうときは思い切りがいいのだ。

契約をすませることで、やっと落ち着いたのか、ふだんの生活のペースが戻ってきた。本の内容も頭にはいるし、仕事の進捗状況もよい。時折、車のことが頭をかすめるのは駐車場で車を出し入れするときである。家の場合は段差が、職場の場合は狭さが気になる。K氏は大丈夫だと請け合うのだが、こればっかりは一度実際に動かしてみなければどうしようもない。

あれから一度連絡があったきりで、契約がすめばあっさりしたものだなと思っていたところに電話があった。納車日が決まった。11月12日土曜日。晴れてくれるといいが。

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