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2004/8/6 虹
信号に車を止めると、横断歩道まで、ずいぶん距離があった。一度の青信号で通り抜けられるかな、と思っていると、案の定一台前の車で信号が赤に変わった。仕方のないことなのに、損をしたような気分になるのは、いつまでも未熟な所為か。いや、この年で未熟というのもへんだ。不熟というべきなのかもしれない、などと考えていたとき、ふと、見慣れた空に何かを見たような気がして、視線を上げた。
虹だった。狐の嫁入りめいて晴れているのに大粒の雨がぱらついたと思っていたら、いつの間にか止み、東の空に虹が出ていた。廃墟のアーチのように左側の脚の部分だけがくっきりと七色に染め分けられている。民族や国がちがえば、六色とも、五色ともいわれる虹だが、今日の虹は紫が殊の外鮮やかに見える。台風の影響で厚い雲の多い空だが、右上方に雲の割れ目があって、その近くには薄日を透かせる白い雲が見える。そこなら、もっと綺麗な色が見えるだろうに、残念ながら、そこには届かない。少し下の灰色の雲の上にぼんやりと右の橋脚を映しているばかり。
『オズの魔法使い』というミュージカル映画で有名になった「虹の彼方に」という名曲がある。ジュディ・ガーランドの少し無理した少女姿が思い出される。『フィニアンの虹』という映画もあった。どことなくファンタジーめいた物語に虹が多用されるのは、あの色と形の美しさの故だろうが、いつまでもそこにあるものではない、儚さのようなものが虹を思い出させるのだろう。ピーター、ポール&マリーに『虹とともに消えた恋』という曲がある。
反戦フォークとか、メッセージソングだとか、歌で反戦や平和を訴えるということが、本気で信じられ、行動されていたとき、ボブ・ディランやジョーン・バエズといった闘士然とした歌手ではない、モダン・フォークとも言われたPP&Mもまた、戦場に出かけて帰らないジョニーのことを歌ったのだった。しかし、この歌で思い出すのは、そんなことではない。修学旅行先の東京タワーの売店で、土産物を探していたときにかかっていたのがこの曲だったのだ。その頃、ギターを弾き始め、教則本に出ていたアルペジオの練習曲が、PP&Mのこの曲だった。
イラクで亡くなったアメリカ兵の数は九百名を超える。もちろんイラク人の死者の数はその何倍もある。しかし、世界に厭戦の声や、反戦の歌が以前のようには広がらない。9.11の死者とイラクとは、直接結びつかないことは最早誰の目にも明らかなのに、次期大統領をねらうケリー氏もヴェトナム戦争における功績を売り物にしている。平和は票に結びつかないということだろう。大きな戦争の後に束の間訪れる穏やかな時代というものがある。人間の世界にとって、平和な時代もまた、夕立の後にわずかな時間美しい姿を見せる虹のように、儚いものでしかないのだろうか。
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