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DAYS OF COPEN
猪の倉温泉

 2005/11/05 猪の倉温泉

列島は移動性高気圧にすっぽりおおわれ、全国的に快晴の模様。空は秋晴れ、風もなく日射しはぽかぽかとしてまさに行楽日和。こんな日に出かけなければいつ外に出るのかという天気である。ところが、妻は午後遅くに予定が入っている。あまり遠くには出かけることができない。次週はコペン仲間とのツーリングで榊原温泉に行くことになっている。下見がてら榊原まで走ることにした。もちろん、名だたる名泉のこと、どこかに入ってくる予定である。

綿ネルのスポーツシャツとコーデュロイのパンツを合わせると気分はすっかり秋だ。その上にスエードのジャケットを羽織り、ツィードの鳥打ち帽をかぶった。若い人に帽子が流行っているのでハンチングも気軽にかぶれるようになったのがうれしい。もっとも学生時代は誰もかぶってなくてもキャスケットを愛用していたのだから、帽子好きには年季が入っている。

我が家からだらだら坂を下り、幹線道路に入る手前で、妻があわてて叫んだ。
「忘れてた。あの道通れるかしら。戻らないといけないかも。」
目の前を通る御幸道路は全日本大学駅伝の最終走者が走るコースになっている。そういえば何日か前、そんな広告が新聞の折り込みチラシに混じって入っていたのを思い出した。去年の今頃もこの車で出かけるときその騒ぎに出くわしたのだった。

幸い、道は平穏で何事もないような顔をしていた。どうやら大会は明日の日曜だったらしい。国道に入ると、上天気のせいか車の数が多い。途中で青いコペンに追い抜かされた。妻は喜んで追いかけ、併走して手を振るのだが、意味が分からない相手は反応が鈍い。ただ同じ車に乗っているだけのことである。それだけで仲間意識を振りまく方が変なのだが、妻は誰にでも手を振るのだ。そのうち相手にも気持ちが通じたらしく。路線変更するとずっとついてくるようになった。まるでつるんで走っているように見えただろう。たった二台のムカデ走行である。

一年に何日あるかというくらいの日本晴れである。風もなく温かいこんな日こそ、絶好のオープン日和だと思うのだが、すれちがうロードスターもBMWも幌を閉めて走っている。ソフトトップの開閉は手間がかかるのだろうか。トランクが狭くなるというデメリットはあっても、ワンタッチで開閉できる電動ハードトップは気兼ねなく何度でも開け閉めできる。この開放感は他の車では味わえないものだ。

榊原温泉の集合場所までは約一時間程度で行けることが分かった。ここには来週入るのだから今日は別のところを、ということで近くにある猪の倉温泉に決めた。建物が少し古くなっているが、ひなびた感じのいい湯だと聞いていた。しかし、まだ早い。道路標識に青山高原の名があった。薄でも見てこようと、車を山の方に向けた。

いつもの道とちがって、車がほとんど通らない九十九折りの山道は、コペンのためにあるような道だ。暗い杉林に斜めから日が差して木立を明るく照らし出している。紅葉にはまだ早いが、ところどころ黄ばんだ木の葉が見える。すっかり峠道にも慣れた妻は快調に飛ばしている。すぐに前を行く車に追いついてしまった。広いところで道を譲ってもらうと、そのまま山頂まで走り抜けた。

青山高原には風力発電の風車が何基も立っている。榊原温泉側から登ると、笠取山のレーダー基地の巨大アンテナや風車に向かって進んでゆくことになる。ゆっくりと回転する白い風車が目の前に現れると、小さなコペンに乗っているこちらはまるで痩せ馬に跨ったドンキホーテのように思えてくる。駐車場に車を止め、三角点まで登ってみた。少し霞んでいるが、360度の大パノラマは絶景である。弁当を広げるのに絶好の芝生も至るところにある。今度はバスケットにサンドイッチを詰めて来たいものだ。

猪の倉温泉は青山高原を下りてすぐのところにある。田圃道の真ん中に立つ屋根つきの門が目印だ。門を潜り山の中に分け入る道を少し走ると、開けた丘の上に真新しい屋根が見えた。どうやらリニューアルした模様だ。食事をするところもあるようで「自然薯とろろめし」の幟が立っている。とろろは大好物である。温泉の前にまずは腹ごしらえすることにした。

玄関を入ってすぐが温泉の入り口。休憩所と食堂は右手奧にあった。自然薯とろろ定食は冷や奴、とろろを海苔で挟んで揚げた物、零余子、それに香の物と味噌汁、デザートのハーブケーキがついて1300円。自然薯のとろろははじめて食べたが、皮の部分も一緒に下ろしたのか、少し黒っぽい色がめずらしかった。芥川の『芋粥』に出てくるのはこれだったか。麦飯をお櫃から茶碗にとってさっそく自然薯をかけるのだが、ねばってなかなか掬い取れない。自然薯の入った椀の方を持って箸で切った。

麦飯ととろろをよく混ぜ合わせて一気に掻き込む。伊勢芋ほどの粘りはないが、野趣溢れる味である。かむというよりすすり込んで食べる。油で揚げた零余子が季節を感じさせて秀逸。我が家でもよくやるとろろの挟み揚げはもっちりした食感がたまらない。周りの席でもほとんどがこの定食を食べている。昼間からジョッキを傾けているグループもある。ライダースーツを着ているからは帰りもバイクを運転するんだろうに、温泉とビールで眠気を誘われないだろうか。

肝心の温泉は、入湯料が700円。券売機に百円玉を一つ入れたところで但し書きが目に入った。番台で百五銀行のキャッシュカードを提示すると百円引きだそうだ。他にもいくつか該当する割引対象がある。これならたいていの人は百円引きで入れる。少し得した気分。浴室に入ると、入り口近くにサウナと冷泉があった。サウナも洗い場も少し狭いが、余所とちがってあまり混んでいないのがありがたい。あまり人がいないのもさみしいが混むのも困る。

一番奥にある大浴室からは大きな窓越しに青山高原が一望できる。窓の向こうが露天風呂になっていた。庭園風の露天風呂には洗い場の横から緩い坂になった通路が続いている。滑りやすいからか手摺りがついていた。露天のお湯は少し温めだが、温泉の流出口近くに行くと丁度いい温度だった。つるつるした肌触りの湯はアルカリ性単純泉。いわゆる「美人の湯」で、アトピー性皮膚炎に効くと言われている。

日はまだ高く、湯の中で伸ばした体の上に光の網を描いている。ゆらゆらと揺れる光の網目は岩や壁に反射してまぶしく光る。斜めになった岩に背をもたせて目を瞑ると、秋の強い日射しが瞼を通して光を送ってくる。山間のいで湯である。年寄りのお喋りの外には聞こえてくるものもない。申し訳ないが気分がいい。この開放感が病み付きになって、ドライブに出ると温泉を探している。果たして赤いアルファに温泉は似合うだろうか。それが少しばかり気がかりな今日この頃である。


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