
ランブラスを少し脇道に入った狭い通りに、ガウディの後援者グエル伯爵の館がある。屋根の飾りに片鱗が見えるものの外観からは、あまりガウディらしさが伝わってこない重厚な造りの邸宅だった。
そのまま、ランブラスをぶらぶら歩いて海の見える広場に出た。コロンブス記念柱が目印になっているラ・パウ広場の前には14世紀頃に建てられた造船工場が今は海洋博物館になっている。ガレー船の原寸模型を見た後、オリンピックで有名になったモンジュイックの丘に登った。スタジアム見学後、昼食に、今度はちゃんとしたレストランでパエージャを食べた。話に聞いてはいたものの、できあがったパエージャを見せにシェフが登場したときは、その鍋の大きさに驚いた。見ているだけでお腹が一杯になるような気がした。料理番組など見ていて、いつも思うのだが、「グルメ」と呼ばれるためには、まず健啖家でなくてはならない。料理の量に驚いているようでは、とてもとてもというところだろう。さいわい一人分の量はそれほど多くないので食べきれた。おどかすない、という感じだった。
バルセロナのホテルはこれまで泊まった何処よりも貧相だった。エアコンは旧式で、始終ぶるぶると音を立てている割りには冷えないし、窓を開ければ、隣のこれまた古いビルのエアコンの室外機が疲れた顔を見せているといった具合である。けれども、悪いことばかりではなかった。普通の市民が暮らす住宅街にあったので、日暮れになると夕涼みを兼ねてか、子どもから年寄りまで、いろいろな人が近くの公園にやってきた。ホテルに泊まっている間、狭い部屋でエアコンの不具合を託つよりも、彼らの中に混じり、公園での夕涼みを楽しむことにした。ボールで遊ぶ子どもたちをしり目にいつまでもしゃべり続けている母親たちを見ていると、何処の国でも同じだなと微笑ましくなる。
公園を抜けてホテルの裏にある通りに出ると、電気屋とか八百屋とかが並ぶ商店街になっていた。その中で比較的新しい店が目に着いた。今風にいえば百円ショップである。いかにもといった玩具や日用品の並ぶ中から、妻はアイシャドウのパレットを見つけてきた。色の組み合わせが気に入ったらしく、日本に帰ってからも愛用しているようだった。日本ではよく似た色はあっても同じ色がないらしく、妻は今度スペインに行ったら必ずまた買おうと決めている。わざわざ土産を買わずとも、こうした何気ない買い物がかえっていつまでも心に残る思い出の品となることがあるものだ。
ホテルは地下鉄の駅に近く、サグラダ・ファミリアを訪れるのにも便利だった。ライトアップされた夜景も含めると都合三度訪ねることになった。
サグラダ・ファミリアを見たことでスペインの旅の目的はすべて果たした。日曜日にしか見ることのできない夜のサグラダ・ファミリアまで見ることができたのは何よりだった。四本の塔の柱と柱の隙間から昼間は見えない内部の空洞が黄緑の光の中に浮かび上がる様は言葉で言い表すことができないほど幻想的な光景だった。ファサードの前に広がる公園の長椅子に寝そべって夜空に伸びる塔を仰ぐと、地上は遙か下方に消え去り、唯一人この身ばかりが聖家族教会の中に導かれていくような気さえしてくるのだった。