■ 特別じゃない関係 5 ■





 あでやかに笑うくの一に対してカカシは言葉が出なかった。なんて言えば良いんだろう?久しぶり?それともおかえり?いや、イルカ先生がよく言うお疲れ様が適当か?何しろ任務明けだから。
 だけど。何となくだけど、そのどれもが適当ではない気がする。
 目の前の女は、確かに任務に就く前に親しくしていたはずのくの一だ。なのにどうしてだろう、あの頃と今と何が変わったとも思えないのに、どこかが決定的に違うのだ。
「どうしたの、カカシ?」
 カナギの方もカカシの様子がどことなく違うのに気付いた。だが、こんなところで違和感を抱えてじっとしているのもバカみたいだ。何をするにも、まず家に入れて貰わなければ。
「ねえ、入れてくれないの?長い任務からやっと帰ってきて、会いに来たっていうのに」
「ああ…、悪いね。どうぞ」
 くの一が任務に出る前と同じように、カカシは彼女の為に扉を開けた。
「ありがとう。私色々あなたと話したい事があるのよ。とても、たくさん…」




 翌日は昼から受付任務が入っている。いつも通り午前中は子供達の相手をして、昼過ぎに受付所に向かうと、そこはすでに噂で持ちきりになっていた。
「何の話だ?えらく騒がしいけど」
「ああ、遠征隊の一部が昨夜還ってきたらしいんだ。あいつの…」
 と言って同じ中忍の教師仲間を指さしながら、兄貴が昨夜還ったらしい、と騒がしい原因を教えてくれた。ドキリとイルカの胸が鳴った。
 もしかしたら親友も還っているかも知れない。喜ばしいことだというのに、どうしてもイルカの胸は晴れなかった。後ろめたさを隠しながらの作業は平凡なミスの繰り返しに終始し、同僚の不審を買う羽目になった。
「イルカ…、具合が悪いなら帰れよ、お前」
「…だいじょう…」
「大丈夫に見えないから言ってんの!ほら、ここは俺がやっとくから、とにかく帰れ。真っ青だぞ、顔」
 散々迷ったが、ここは同僚の言葉に甘えようか。此処にいたって迷惑を掛けるだけだ。
「じゃあ、悪いけど…」
「気にするなって」
「あれ、イルカ先生、どうしたの?今日はもう終わり?俺たち任務貰いに来たんだけど…」
 任務を貰いに来たらしいカカシが丁度そこに行き合った。ご丁寧に隣にはアスマの姿まである。タイミングが良いんだか悪いんだか。出来れば今カカシの顔は見たくなかったのに。
「カカシさん…」
「あれ、何か顔色悪くない?もしかして風邪でも引いた?」
 カカシは相変わらず優しい。中忍相手でも、決してバカにせずに労ってくれる。
「はたけ上忍、いいところに!こいつ体調悪いみたいなんですよ。家まで送ってやって下さい!」
 隣からトンデモナイ声が聞こえてきた。言うか?普通、中忍が!?上忍相手に送れだなんて!イルカは慌ててその言葉を撤回するように手を振った。
「と、とんでもない!上忍の方に送って頂くなんて!俺は大丈夫ですから。ええと任務ですよね!なんかあったっけ、カズキ」
「そんなのは俺が出しておくから、とにかく送ってもらえ!」
 イルカを心配する同僚もイルカ同様頑固らしい。
「いいじゃねえか。任務は俺が一緒に貰っておくから、おめえはイルカを送ってやんな、カカシ」
 イルカと同僚の攻防はアスマの一言であっさり片が付いた。
「当然でショ。でもなんでお前がイルカ先生を呼び捨てにするの。俺でさえイルカ先生って呼んでるのに」
「ああ?そんなのどうでもいいだろ?」
「良くないから言ってんの」
 いや、どうでもいいから。そんな馬鹿馬鹿しい事で、受付所の真ん中で言い合いは止めて欲しい。言うに言えない内心を、同僚はまたしても上忍相手に突きつけた。
「お二人とも、そんな話は後でいいでしょう。とにかくイルカを何とかする方が先です」
 受付所にいる全ての忍びが、心の中で拍手を送った。イルカでさえ、この友の剛胆さに感心するのだった。
「あ、そうだーね。じゃ、後はよろしくアスマ。イルカ先生、掴まって。歩ける?」
「あ、大丈夫ですから…」


 カカシに付き添われて何とか家に戻った。カカシは自分の家に連れて行きたかったようだが、イルカがそれを固辞したのだ。
「自分の家の方が落ち着きますから…」
 そう言われれば、カカシも強引に連れて帰ることも出来ない。とりあえず布団を敷いてそこにイルカを押し込んだ。そうしないとイルカはカカシにお茶を出そうとしたり、部屋を片付けようとしたり、ちっともじっとしてないのだ。
「アンタは病人なんだから大人しく寝てればいいんだよ。お茶くらい自分で淹れられます!」
 そうカカシに怒られて、やっとイルカは布団の中にはいるのだった。
 実際自分で何にも出来なかったのは過去の話。すでにカカシは見様見真似で簡単な料理すら出来るようになっていた。
「イルカ先生、もしかして昨日から調子悪かったの?俺、無理させてた?」
 二人で出掛けるのは前からの約束で、イルカも以前は苦笑しつつも楽しみにしてくれているようだった。それがいつの間にか、その話をするとイルカの笑顔が曇るようになった。ほんの僅かな差異で、カカシでなければ気付かなかっただろう。けれども、確実に変化はあったのだ。
 分っていて無視した。イルカと出掛けたかったから。だが、もしそのせいでイルカがとても無理をしていたのなら。こんな風に体調を崩す程無理をしていたなら。
 カカシは自分が許せなかった。

「いいえ、そうじゃないんです。すみませんカカシさん。俺は、俺が、弱くて…」
 自分の気持ち一つままならない程、弱くて。
「どういう事?アンタは弱くなんかないでショ」

「遠征隊の一部が戻ったって聞きました。カカシさん、カナギがその中にいたかどうか、知りませんか?」
 急に話を変えるイルカを訝しく思いながらも、質問には素直に知っていることを応えた。

「知ってますよ、カナギも戻ってきてます。昨夜会いに来たか〜らね」

 そうして知りたくて知りたくなかった事実を、イルカはカカシの口から知ることになった。



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