■ 特別じゃない関係 4 ■




 夜半から降り出した雨は、夜明けを待たずに止んだ。朝陽にすっきりと晴れた空が目にまぶしい。
 その日は以前からカカシと約束をしていたお休みの日だった。「お休みに一緒に遊びに」行こうと言われたのはいつだったか。 その時はまさか自分がこの上忍を、そういう意味で好きになるとは思ってなかったから、びっくりしながらも仕方がないなあと我儘を聞いてやるつもりで承知したのだった。
 何処に行きたいかと問われて、里から少し離れたところに新しい植物園が出来たと聞いていたので、そこにしようと言った。 イルカは植物が好きだ。見たり育てたりしているうちに、薬草にも興味がでて今では相当に詳しい。 新しい植物園の目玉はここら辺では珍しい南方の貴種で、それをイルカはとても楽しみにしていた。

 朝のうちにカカシを迎えに行って、連れだって植物園に向かう。その日はさすがにカカシも起きていたが、髪に寝癖がついていてそれがイルカの笑いを誘った。
「晴れて良かったですねえ」
「本当に。昨夜の雨のお陰で空気も綺麗だし」
 にこにこしながらカカシが言うのに、やはりイルカが嬉しそうに返す。
 カカシの顔を見ていると、ぎゅうっと胸の奥が痛む。もうすぐ見納めだとわかっているから余計に。
「イルカ先生、どうしたの?」
 入場券を買って戻ってきたカカシがいぶかしげな顔をする。
「何でもありませんよ。じゃあ入りましょう、楽しみにしてたんですから」
「はいはい。そんなに急がなくたって植物は逃げな〜いよ」
 この痛みもきっとそのうち慣れる。
 案内板を見るふりをしながら、イルカは先日の執務室での火影との会話を思い出していた。

「この前の同盟国への遠征隊じゃがな…」
 どきりとした。カナギがメンバーに入っている遠征隊のことだ。
「思ったより早く戻れるかも知れん。先日寄越した報告では順調のようだしの」
「怪我人とかは…」
「特に酷い者はなさそうじゃな。報告も入っておらん。そう言えばお主の昔なじみがメンバーじゃったか」
「はい…、だから心配で…」
「うむ。全員一度期には無理じゃろうが、戦況次第では月が変わる前に何人かが戻るだろうて」
 その中にカナギが居るかどうかは分らない。しかし、いよいよ秒読みに入ったのは事実だった。


「ああ、こっちですよ、イルカ先生。これでショ、アンタが見たがってたやつ」
 いつの間にか植物園の奥に入り込んでいた。道すがらカカシが説明を読み上げそれに相づちを打ったはずなのに、良く覚えていなかった。
 見るといかにもな感じでディスプレイされた、珍しい色合いの植物が見事に咲いていた。
「ああ、綺麗ですね…」
「これってやっぱり珍しいの?」
「普通はこの辺りでは咲かない花なんですよ。だけど花が咲いてその後なる実が、暗殺用の毒薬の成分の一種に非常に似ているんです」
「案外物騒なんですね」
 へえ、と感心するようにカカシがしげしげと花を見る。
「それだけでは毒薬としての役には立たないんですよ。ただ代わりに幻覚剤として使えるんです。だから一般には栽培は禁止されてます。 許可が必要なんですよ」
 だけど綺麗でしょう?観賞用にとても人気があって、だから今幻覚作用のない種への品種改良をどこもこぞってやってますよ。 そう言ってイルカはまたその花に視線を移す。
 その後色々見て回ってから、併設されているカフェでお茶をした。この植物園で栽培しているハーブを使ったお茶が人気だそうだが、カカシもイルカもごく普通のコーヒーを注文した。
 植物園は思ったよりも広くて、いろんな植物がありイルカはそれを堪能した。
「ありがとうございました、カカシさん。本当に楽しかったです!」
「それは良かった。俺も結構楽しめました。また今度は違うところに遊びに行きましょうよ」
 そんな事はもう実現しないと分っていても、イルカは「そうですね、また」と返事をする。
 夕飯はカカシの行きつけの店に行った。上忍の行きつけと言うことで、さぞ高級な店だろうと思ったが、上品でこじんまりとした店だった。あっさりした味付けが美味しくて酒とも良く合った。
 申し分のない1日が終わろうとしていた。
「じゃあ俺はここで。カカシさん、酔ってるんですから気を付けて下さいね」
「大丈夫ですよ…。ええと、イルカ先生…」
「おやすみなさい、カカシさん」
「……おやすみなさい」
 店を出る頃にはすっかり日も暮れて、夜空には小さな星が輝いていた。それを見上げながらイルカはトボトボと家に向かう。明日もきっと良い天気だな、などとどうでもいい事を考えながら。
 一方カカシはいつまでもイルカの背中を見送っていた。
 今日は本当に楽しかった。イルカだって同じように楽しんでいた。それは確かだ。けれどもどこかがいつもとは違った。どうとはっきりは言えないが…、ふと気付くと何かを考えているイルカが目に入る。
「何だか気になるな…」
 しかし本人が何も言わないのに、無理に聞き出すのもどうかと思う。そこまで他人に関わるのを良しとしない自分の性質を、カカシは嫌と言うほど知っている。
「なのにイルカ先生の事はすごく気になるんだよねえ…」
 だって思わず別れ際に問いつめようとしたもんね、俺。今までだったら考えられない事だ。
 イルカが視界から完全に消えたのを確認して、カカシはようやく自分も家に向かって歩き出した。

 家に近づくにつれ、ぴいんと緊張が高まる。
 家の前に誰かの気配がある。気配があると言うことは敵の待ち伏せなどではない。ないが、家の前で待たれる事自体がどうにも気に食わない。しかもここは上忍の家である。
「誰だか知らないけど、今日でなかったら凹にしてるところだ」
 せっかくイルカ先生と遊びに行って良い気分だったのに。もし任務なんか持ってきたんだったら、本気で凹る!と、物騒な事を考えながら家に向かう。
「あ、あれ…?」
 この気配は知っている。
「あ、やっと帰ってきた!どこに行ってたの、カカシ」
 知っているはずだ。イルカと出会うきっかけをくれた恋人がそこに立っていた。カナギはカカシから微かに漂う酒の匂いに、ああと納得する。
「なんだ、飲んでたの。…って、もしかしてイルカと一緒だった?」

「カナギ…、帰ったの?」
「そうよ、ただいまカカシ」
 くの一はそう言ってにっこりと微笑んだ。



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