caravan serai


 綿の城 PAMUKKALE


 ケバブを食べる猫

エフェス遺跡を出てすぐの処にあるレストランで昼食を食べた。屋根つきのテラスになっていて、中央にはプールがあった。ここでのメインはシシケバブ。串に刺された羊肉が数本皿に載ってきた。あっさりとした味で肉も小振りだった。ビールを飲みながらケバブを食べていると、猫がやってきた。また、仔猫である。いくら何でも今出されたばかりの食事を、そのまま猫に供するのは、料理人に対して失礼だろう。目で行き先を追っていると、向かいに座ったカップルが、食べ残した肉のついた串を猫の方に置いた。慣れているのだろう。猫は、器用に片方の前足で串の先を押さえ、浮き上がった逆側の串先から肉をうまく外しては食べていた。

 屋根の上の硝子瓶の謎

パムッカレに行く途中の村で、面白い慣習があるのを聞いた。この地方の村では、娘が、年頃になり、嫁ぎ先を探す必要があると、屋根に空き瓶をおくのだそうである。ここに、年頃の娘がいますよと、村を訪れた人に知らせるわけだ。小さな村では、結婚相手を探すのも難しいだろう。人づてに聞いた他の村の若者からの申し込みを待つ間、ときには何年も、瓶は屋根の上で土埃にまみれたままになっているとも聞いた。当の娘や家族の気持ちは、どんなだろう。ロマンチックな、それでいて少しばかり残酷な風習である。

 死者の都市 ネクロポリス

パムッカレとは、トルコ語で「綿の城」という意味である。近郊には平地いっぱいに綿畑が広がっていた。所々で、懐かしい綿の花が咲いているのも見かけた。その綿畑の広がる平地を抜け、バスは、小高い丘の方に上がっていった。綿畑を見下ろす高台には奇妙な街が待っていた。

 墓石群

人の入れる入り口はあるが、窓はない。家のように見えてはいるが、ここでは人は暮らせないだろう。それもそのはず、ここは死者(ネクロ)の都市(ポリス)なのだ。家のように見えているのは、石棺だった。パムッカレの石灰棚にほど近いここは、この後訪れることになるヒエラポリスに住む人たちの墓地だったのである。中には棚のようになった石板があった。死者はそこに横たわっていたのだろう。あまり長居をしたい場所でもなかった。乾いた風が、枯れ草を揺すり、頽れた墓石群の間を吹き抜けていった。

窓一つ開ければ充分に人が生活できる建物を石棺にするというのは、死後の生を期待してのことだろう。死後の生というのは語の矛盾だが、死してもなお、現在の生活を続けていきたいという意志の現れというくらいの意味である。おそらく死生観が違うのだろう。自分の今生きている世界に対する強烈な執着が感じられて、思わずたじろいでしまう。齢を重ねるにつれ、少しずつだが、死というものを考えるようになってきている。まあ、その前に老いというものが来るわけで、そっちの方は確実に近づいてきている実感がある。しかし、死については、やはり恐ろしいのだろうか、想像することすらできないでいる。それでいて、現世に対するあまりに強い執着には、どこかなじめないものがある。肉体が老いるのと同調するように生への執着心も弱まっていくことを望んでいるようだ。おそらく、焼かれても骨は残ってしまうだろう。それは悔しいが仕方ないとして、生に対する未練などは、かけらも残したくはない。今は、そんな風に思っているのだが、さて、死を前にしても、そう思えるだろうか。早すぎる死では、そうもいくまい。そのためには長生きをしなければならないが、これこそが生への執着そのものではなかろうか。いやはや、難しい問題である。

 ヒエラポリス

ヒエラポリスは、いわば門前町。有名な湯治場に来る旅人が宿を取るので,ローマ時代に栄えた。もともとはペルガモン(ベルガマ)王国の都市の跡である。大理石の白い列柱と、敷石が、遮るものとてない午後の光を浴びて、目に痛いほどだった。街の両側に門が残っていた。カエサルの門と呼ばれるネクロポリスに近い方の門は、アーチ状で彫刻も残る典雅なものであった。一方、石灰棚に近い方の門は、時代が異なるのか、凝灰岩を積み上げた質素な作りだった。黒ずんだ斑が滲み出した石塊は、大理石とは違って荒廃した印象を与えていた。列を作って並ぶ白い円柱の後ろに植えられている糸杉の並木が、街路に濃い陰をのばしかけていた。石灰棚に急ぐ人が多いのだろう。見物客もまばらな遺跡は、嘗ての繁栄の空しい夢を見ているのか、ひっそりと静まり返っていた。

 石灰棚



石灰棚というのは、湧きだしてくる温泉のカルシウム分と炭酸が化学反応を起こして石化したものが長い年月をかけて棚状になったものである。かつては、本物の石灰棚の中に入ることができたのだが、今は遊歩道以外立入禁止になっている。いずこも同じ乱開発で棚の真上近くにホテルができたのは最近のこと。ホテルが温泉を使う所為で、石灰棚の温泉が枯れ、棚の中に草まで生えてくる始末に驚いた政府は、あわててホテルを取り壊した。おかげで、湯量も戻り、石灰棚は元の白い輝きを取り戻したというわけだ。

入り口で靴を脱ぎ、用意してきた袋にしまった。小石が足の裏に当たって痛いのと流れてくる温泉で滑るのでこわごわ歩いた。山の斜面に棚田のように並ぶ石灰棚と遊歩道を挟んで反対側に人工的に作られた石灰棚がある。そこに貯まった温泉に浸かるのを目的に多くの観光客が歩くので、狭い遊歩道は混雑していた。欧米からの観光客はほとんど水着で、パレオの裾を翻し、颯爽と大股で歩いていた。反対にアラブ系の人なのだろう、申し訳程度に足先を出すばかりで、頭にはスカーフを巻き、踝近くまでの長い丈の服を着て、そっと足を運んでいる。アジアの人たちは、ちょうどその中間程度の露出度。それぞれのお国ぶりがうかがえるのが愉快だった。それにしても、自分も含めてだが、足は痛いし滑るし、結構距離もあるのに、わざわざ裸足になってまで歩きたがる人が多いのには、少々あきれた。言語は違い、宗教は異なっても、人間の好奇心に国境はないものらしい。何となくうれしくなった。

 温泉プール

ヒエラポリスから少し行った丘の上にあるコテージ式のリゾートホテルが、この日の宿だった。幾棟ものコテージが、プールや室内温泉プール、野外レストランを取り囲むように建っていた。一つ一つのコテージの中は吹き抜けの回廊状になっていて、手摺り越しに下をのぞくと地階にある室内プールが見えた。このホテルにもハマムがあったので、早速予約することにした。フロントに行くと、予約はいっぱいで、最終の時間にやっと入れてもらえた。珍しく明るいうちに宿に着けたので、 プールで一泳ぎすることにした。

温泉が出ていると聞いたから、野外のプールもてっきり温水だと思って入ったら、水は冷たかった。おまけに大人用は背の立たない深さで、しっかり泳がされた。冷たくなった体を温めようと、芝生を挟んだ反対側にある温泉プールに向かった。湯気で曇ったガラスの中に入ると、顔中泥だらけにした女性達が目に入った。プールに入ってみて分かった。湧き出す温泉に混じっている土の粒子が堆積して薄い泥の層を作っているのだ。
「きっと美容にいいのよ。」
「まだ、そうと決まったわけではないだろう。」というこちらの返事も待たず、早速妻は足元の泥をすくっては顔に塗り始めた。白く乾いた泥パックの顔は、見ている側からすれば実に滑稽なのだが、洋の東西を問わず、美しくなりたいという気持ちの前には羞恥心もかき消えてしまうのか、プール中泥人形だらけだった。

 トルコ料理

篝火の焚かれたレストランには壁に沿って長いテーブルが置かれ、糊の利いた白いテーブルクロスの上にはあらゆる種類のトルコ料理が並べられていた。この日はヴァイキング形式のディナーだった。そうでなくてもトルコでは、たくさん用意された物の中から好きな物を選ぶといったスタイルが定着している。目移りするままに好きな物を取っていった。オリーブ漬けのピーマンにピラフが詰めてあるピーマンのドルマ、アラスジャックという名なのだが、日本でいう烏賊のリングフライ、挽肉詰め揚げキョフテ、骨付きラム脛肉のグリル、そして、少し辛いがお気に入りの挽肉と挽き割り麦のキョフテと、皿一杯に盛り上げた。皿に取りきれない物は妻が取り、お互いの皿から好きな物を食べればいい。夫婦だからできることかもしれない。

 ハマム体験

食事の後は、お待ちかねのハマムである。女性は水着を着て入る。男性の場合は、バスタオルを巻いただけでもかまわないと聞いたが、一応水着を着た。妻の方が先に入った。その間室内プールで時間をつぶした。プールサイドにはバーがあり、飲めるようになっていた。反対側はジムになっていて、トレーニングマシンが並んでいた。時間になったので、ハマムに行くと、妻がマッサージを受けているはずの部屋から若い男女が出てきた。おや、と思ってドアを開けたら、妻はまだマッサージの最中だった。個室ではないのだから他の人がいるのは当然なのだが、他の人もいる中で垢擦りをされるのは少し落ち着かないなと思った。幸いその二人の他に人はいなかったらしい。出てきた妻に感想を聞くと、
「気持ちよかった。ほら、ここ触ってみてすべすべでしょ。」
と、ほんのり赤くなった腕を差し出した。
「痛くなかった?」
「ぜーんぜん。あなたも早くしてもらったら。」
にっこり笑ってそう言うと、妻はバスタオルを翻してシャワールームに入っていった。

まだ新しい木の色を残した板で、壁と天井が覆われていた。湯気で少し煙ったハマムの中では、マッサージ師が待っていた。毛むくじゃらの大男かと思ったが、そんなことはなかった。誇張した表現が多いガイドブックの説明は困ったものだ。バスタオルを敷くと、手真似で大理石のテーブルに寝るように勧める。俯けに寝た。部屋の中はさほど暑くはないが、大理石は人肌程度にあったまっていた。ぬるい湯をかけると、腕から足、大腿部とマッサージしてくれる。なるほど気持ちがいい。腰から背中にかけて揉みほぐされると、一日の疲れが抜けていき、眠くなるほどだった。マッサージが終わると、次は垢擦りだ。今度は、仰向けに寝た。乳液のような物をかけた上を目の粗い布状の物でこすっていく。一通り終わると、今度はうつぶせにしておいて、足の裏から脹らはぎ、ふとももと、水着をぐっと持ち上げ、手の届く限り垢をこすろうとする。なるほどこれなら水着は却って邪魔だったなと思った。体が終わると座らせて顔までこすってくれた。最後は頭から何度か水をかけてもらって終わり。この間30分、休みなしである。シャワーを使って着替えると、彼はもう片づけ始めていた。疲れた顔も見せず笑顔で送ってくれた。部屋に帰るとすぐベッドで眠ってしまったのは言うまでもない。 

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last update 2001.2.12. since 2000.9.10