HOME | INFO | LIBRARY | JOURNEY | NIKE | WEEKEND | UPDATE | BBS | BLOG | LINK
 LIBRARY / REVIEW | COLUMN | ESSAY | WORDS | NOTES INDEX | UPDATING
Home > Library > Essay >0506

 2005/06/06 夜店

数列からいえば、1368であるのが普通なのに、語呂がいいのか、この町では夜店が開かれる日のことを、賽子博打の賽の目と旧陸軍の歩兵銃を連想させる1638(イチロクサンパチ)と呼び慣わしている。今では、昼間でも人通りの絶えた商店街だが、子どもの頃の夜店のにぎわいは、そりゃあたいしたものだった。バスを降りると、もうそこから露天商が並んでいる。カーバイドの灯りがたてるアセチレンの匂い、人のざわめき。子ども心に心の浮き立つのを覚えたものだ。

町内の神社の祭礼にも露天商が屋台を出すこともあったが、商店街の両側にずらっと並んだ屋台とは比べものにならない。金魚すくいやヨーヨー釣りはもちろん、スマートボールの台や輪投げ、それにどこかいかがわしさを感じさせるあて物と、退屈な毎日とは違ったハレの日ならではのお楽しみにあふれていた。なんだか商店街の店さえも昼間とは違った顔を見せていた。

久しぶりに出かけた夜店は、6月からはじまったばかりだというのに人出もまばらで、屋台の露天商たちの姿も年々少なくなっている。場所取りに殺気立つほど隙間なく並ぶのがこの手の店の売りだ。櫛の歯の抜けたようにぽつんぽつんと屋台が置かれていては、なんだか気抜けしてしまう。それと呼応するように、めっきり子どもの数が減った。何も夜店などに出かけなくてもおもちゃはあるし、どきどきすることならゲームがある。

目立つのは、女子高校生のグループ。しっかり化粧をして小鼻のあたりにはピアスしているのもいる。どの子もよく似たメイクで、浜崎あゆみに似ている。化粧しているのに制服のままでいるのが、なんだかおかしい。いまだにルーズソックスというのはどうか。女の子に比べると男は少ない。有職青少年は、ウィークデイは忙しいのかも知れないが、学生も見かけない。元気なのは女の子の方らしい。

昔はお化け屋敷なんかもあった公園では婦人会が踊っていた。きよしのズンドコ節。世代的には旭のズンドコ節が懐かしい。レコードが河内音頭に替わると、それまで太鼓を叩いていた男が輪のなかで音頭をとりだした。かなりの年だが、着物の裾をさばきながら軽快に踊っている。時事問題を詠み込んだりする河内音頭は今でいうヒップホップ。老人たちも女子高生に負けず元気がいい。

顔見知りの露天商に挨拶する。今の仕事に就いた頃に知り合ったのだから、もう二十年は経っている。いい加減な商売のように見えるが、どうしてどうして年季を積んでいく商売なのかも知れない。毎年ちがう商品を扱っているのは、寅さんと同じだ。どうやって決めているのだろう。もう一人、中学時代の同級生に声をかける。遊び仲間だったが、今ではおもちゃ屋の親父におさまっている。パンチパーマと口髭に、昔の遊び心が残っている。商店街も難しい時代だ。元気に商売している顔を見るだけでほっとする。

そろそろ夜店も終わりかけているのに、若い者たちは地べたに座り込んで何やら話し込んでいる。格好はかなり異様なのもいるが、気負っているわりには眼はすさんでいない。家に帰ったら案外素直ないい子なのかも知れない。田舎ではエネルギーを発散させる場所もない。おおっぴらに夜歩きのできる夜店ぐらいが楽しみなのだろう。明るいアーケードの下では、悪さのしようもない。白々した灯りがなんだかうらめしそうだった。


pagetop
Copyright©2004.Abraxas.All rights reserved. since 2000.9.10