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 2004/7/1 マック

水銀柱は42度の所を指していた。まさか、と思いながら目をこすって見直してみたが本当だった。午後二時。いちばん暑い盛りに外で仕事とはついていない。台風が近くにいるというのに風はそよとも吹かず、炎天下、身を隠す木陰とてない。エアコンの効いた部屋に帰り着くなり冷たいお茶を立て続けに三杯飲んだ。

「マックがありますが。どうしますか。」
コンピュータに向かっていた顔をこちらに向けて、去年入ったばかりのAさんが遠慮がちに声をかけた。マックと言っても、コンピュータでもなければ、ハンバーガーでもない。この地方に長年住んでいる人なら、誰でも知っている。夏季限定のアイスバーだ。やはり外に出ていたAさんがみんなの分も買ってきてくれたのだった。遠慮がちなのには訳がある。このマック、小豆味なのだ。いつぞや、鯛焼きを勧められて、その後胸やけで苦しんだことを知っていて、心配してくれているのだろう。

「いえいえ。マックは大好物。いただきます。それにしても懐かしいなあ。」
冷蔵庫から出してきたマックは、アルミの袋に入っているところは今風だが、封を切ると、斜めに差したバーといい、薄い漉し餡風の色といい、昔とちっとも変わらない。早速頬張ると、さくっと霜柱を割るような歯応えの後から、濃厚な小豆餡の甘さが口中に広がった。

隣町には、日本初の海水浴場として知られる海岸がある。当時は、それこそ都会からも観光客が来て、国鉄の駅から伸びる通りの両側には、木造二階建て、三階建ての旅館街が海岸通りまで続いていた。さすがに、今では寂れて、当時の面影を残すのは、風雨にさらされた旅館の建物ばかりになったが、その一角にマックを売る店はある。

もともとは、参宮客相手の餅屋であった店が、夏の避暑客を当て込んで考えたのが、当時としてはハイカラな小豆アイスだった。餅は餅屋というが、商売物の小豆餡を生かしたアイスキャンデーは評判を呼び、海水浴に来た客は競って買い求めたものだ。時代が変わり、いろいろ新しい氷菓が登場した後でも、夏季限定、地方限定の味として親しまれてきた。

何より、一口食べるだけで、タイムマシンよろしく、一気に時間を遡行して、幼い頃や青春時代に戻れるところがうれしい。中学生時代には、あの子と食べた。大学に入ってひさしぶりに帰郷した時はあいつの車でわざわざ買いに行ったものだなどと、一口囓るたびに甦ってくる記憶のあざやかなこと。Aさんのように若い人の間にもマックのファンがいたことにも驚いた。きっと子どもの頃、家の人に食べさせられたにちがいない。冷たいアイスバーをかじりながら、胸の中はなんだかあたたかくなってきていた。


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