HOME | INFO | LIBRARY | JOURNEY | NIKE | WEEKEND | UPDATE | BLOG | LINK
 JOURNEY / BORDER OF EUROPE / DAYS OF COPEN / GALLERY
Home > Journey > Days of Copen > haze
DAYS OF COPEN
ミズバショウ

 波瀬

波瀬の植物園で水芭蕉が見頃と新聞にあったので、出かけてみることにした。問題は花粉症である。ここのところ好い天気が続いていて花粉の飛散量も多い。朝方に市販の薬を飲んだのだが、それでも洟が止まらない。仕方がないからマスクをかけることにした。帽子にサングラスまではいいとして、その下にマスクまですると、顔は完全に隠れてしまう。鏡を見るとなんだか不審者になったようで落ち着かないが、背に腹は替えられない。

気温は朝から高い。初めて袖を通すクラン・タータン柄のスポーツシャツの上に綾織りの綿ジャケットを羽織った。トラウザーズはチノだ。非常用にカプセル一錠とクリネックスも持った。装備は完璧。いざ出発である。とは言っても、今回は運転は見合わせた。運転時のくしゃみや咳は命取りである。花粉が飛ばなくなるまでは持ち主にステアリングを握ってもらうことにした。

ちぎったような綿雲がぽかりと青空に浮かんでいる。空はどこまでも晴れて、初夏を思わせる陽気に気分は上々である。今回のルートは国道166号線。前回の天川行きと同じコースをたどる。ナビゲーションもいらず、助手席から外の風景を眺めていればいいだけだ。勢和村に入ると、景色はそれまでの農村風景から山村のそれに一気に変わる。

杉檜の人工林の尾根筋に、ふうわりと白い山桜の花が浮かび上がる景色はこの季節ならではの風物詩である。自然林を伐採したあとに杉や檜を植林していったはずだが、わざとのこしておいたものか、緑濃い山の稜線をほとんど純白に見える白から薄桃色まで、その種類ごとに花の色が変わる桜が雲のように浮かんで見える。

道端の染井吉野からは若葉がのぞきはじめているが、農家の庭先に植えられた八重桜や枝垂れ桜は今を盛りと咲き誇っている。どういう風に仕立てたものか、まだ若樹ながら一本の幹から紅白の花が咲き別れる枝垂れ桜が、見事な花を咲かせていた。目を足もとに下ろすと、鮮やかな赤紫色をした芝桜の花が一かたまりになって石垣の縁を飾っている。連翹の黄や雪柳の白と相まって道行く人の目を愉しませてくれる。

波瀬植物園はこぢんまりとした植物園、というより庭園である。基本的には勾配の急な山に岩石を配置し、水を引いて池を穿ち、滝や湿地を作って樹木を植えたものだ。入り口の石庭に架かる橋を渡ると上の方に向かって遊歩道が続いている。小ぶりの木に薄紫の花がひときわ日を透いて目に映える。みつばつつじと記した木の札が掛かっていた。

目指す水芭蕉は八つ橋と岩を組み合わせて作った湿地の中にあった。緑の葉の中に同型の白い花が蘂を包むように水の中から顔を出している。初夏の日射しを浴びて白い花が眼に染むようだ。尾瀬に行ったときは季節が終わっていて眼にすることができなかった。こんな所で見ることがかなうとは。水芭蕉の群落はこの近くの湿原でも見られるそうだが、本州最南端と但し書きがついていた。今度は自生のものを見たいと思った。

植物園の近くに中央構造線の露頭を見ることのできる観察地点がある。前々から通るたびに気にしていたのだが、矢印で示された道の狭さに恐れをなして近づかなかった。日は高く、帰るにはまだ早い気もした。Uターンして脇道に入った。「月出の里」と呼ばれるそのあたりは、隠れ里とまでは言わぬまでも、幹線道路から離れ、昔ながらの村落の佇まいを残していた。

山裾の彼方此方に大きな石垣を組み、色とりどりの木々を植えゆったりとした構えを持った家々がそこかしこに散居している。山間の里だからか、麓の邑では散ってしまった桜がしきりに花びらを散らしていた。まるで雪か蛍の群舞のように引きもきらず山里に降りしきる桜吹雪は夢のように儚く見えた。白木蓮の大きな花が青空を埋めるように道沿いに大きな枝を伸ばしている。無蓋車ならではの眺めにうっとりしていると、近くで鶯の鳴く声がした。人通りもなく他に音というもののない山道では鳥の鳴き声さえ驚くほどはっきり聞こえるものらしい。

車で行けるという看板をあてに5キロも走ったろうか、突然通行止めの標識に道は塞がれ、そこからは歩いて上れという指示に出会った。徒歩900メートルというのは、市街地なら何でもない距離だが、山道ではどれくらいのものか。ここまで来てあきらめるのも悔しい。路肩に車を止め、屋根を閉じると山道を登りはじめた。

急勾配の坂道。マスクをしているせいもあってすぐに息が切れた。かといって周りは杉だらけの山のこと、ここでマスクを外すわけにもいかない。仕方なく、口だけ出して息ができるようにしたのを見て、「『千と千尋』に出てくるかま爺のようだ」と言って妻が笑った。行き会う人もない山道だからできる。妻にだって笑われるのはいい気がしない。少し離れて先を歩くことにした。

二十分ほど歩くと、右下に降りる道が見え、その先に観察地点らしい四阿が見えた。整地された広場を囲む手摺りの前に桜の木がひょろ長く空に向かって枝を伸ばしていた。断層はその桜の向こうにあった。中央構造線がこれほどはっきり見える所は珍しいらしく、国指定天然記念物になっている。北側のマイロナイトと南側の黒色片岩の分かれ目は、素人目にもはっきり分かる。一億年の歴史を目の当たりにして、さすがに厳粛な思いがした。周囲の静けさのせいもあったのかもしれない。

昼は新しくできた手打ち蕎麦の店で食べた。天ざるとかき上げ入り五目蕎麦を食べた後、これも新しくできた温泉に浸かることにした。この日はちゃんと行きがけに温泉に入ることを告げてあったので、用意万端抜かりはなかった。近くの香肌峡温泉から引いてきた鉱泉ながら、クアハウス並みの設備と、タオル付き六百円という料金。それに何より国道沿いという立地条件から客足は上々のようだった。

日替わりで男湯と女湯が入れ替わる仕組みのようだが基本的にはよく似た造りになっているようだ。湯船の所まで開いた広い硝子窓は最近の主流か、裏を流れる川に面しているため眺めは抜群である。中央に八角形の湯船があり、天窓からはいる外光が浴槽の中に差し込む。室内にいながら露天の気分になれる。無論露天風呂も用意されていて、この季節なら外も楽しい。大きな瓶を浴槽にしたかめ風呂は、専用で入れるのでリラックスできる。何より新しいので、清潔で気持ちがいい。

湯上がりのビールといきたい所だが、そこは我慢してソフトクリームで喉の渇きを癒した。花粉を取るために髪まで洗ったので、本当に風呂上がりの気分である。名産品を並べたコーナーをひやかしてから帰途に着いた。帽子から出た髪をなぶる風が心地よく、助手席でついうとうとしてしまった。花粉の季節が終わっても運転手付きドライブの誘惑から抜け出られるかどうか、自信がなくなってきた。

galleryに写真があります ≫
< prev pagetop next >
Copyright©2005.Abraxas.All rights reserved.since 2000.9.10