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 2006/2/26 遊びの効用

女子フィギュアで金メダルをとった荒川静香のインタビューを見た。その中で、荒川はお得意のイナバウアーをしているときだけ、観客の歓声が聞こえて気持ちよかったと話していた。それ以外は、秒単位で定められている演技時間のカウントに集中していたので何も聞こえなかったという。音楽を感じて滑りたいという選手には、スパイラルならスパイラルで同じ体勢を3秒以上保持しなければカウントされないという現在の審査方法は評判が悪いようだ。

村主は村主で、ノーミスで滑ったわりには点数が伸びなかったことを、理解はしても納得はしていないという様子がありありと見えた。実際、金、銀のメダルを取ったコーエン、スルツカヤの二選手はフリーで大きく転倒している。ショートプログラムとフリーを合わせての採点による加点方式だから、SPで高得点を出している二人が逃げ切っても当然の結果なのだが、両プログラムともほぼ完璧な滑りをしている村主から見れば不満の残る判定と感じられたのではないだろうか。

現在の判定方式は、以前のものと比べると格段に数量化が進んでいる。難度が予め定められ、それぞれに与えられる点数が決まっている。また、演技時間や回転数も機械を使ったチェックが入っているようだ。安藤美姫が4回転ジャンプを飛ぶ前にジャネット・リンのように滑りたいという話をしていたが、転倒しても十点満点をとることができたリンの時代とはフィギュア界も大きく様変わりしている。

現在のフィギュアを支配しているのは(フィギュア界だけに限らないが)数量的な世界観である。人間の感覚や感情は相対的なもので規準としては曖昧であることは避けられない。ならば、それらを数値に置き換え、量の多寡で判定しようというものである。スキーのジャンプを飛距離で競ったり、スピードスケートを速さで競う場合には、文句のつけようのないこの判定方法も、美しさというような観点が付随するフィギュアスケートの世界にはうまく収まりがつかない。

以前は技術点と芸術点という二つの観点で判定され、難度の高い演技は技術点で評価され、観客に感動を与える表現力は芸術点で評価されることで、ジャネット・リンのような極端なケースは別として、曖昧な部分を残しつつも、だからこそ善くも悪しくも人間的な判定がなされていたと言えよう。

技術点と演技の構成という二つの規準で判定される審査方法から滑り落ちてしまったのが、観客を感動させる力をどう判定するかという問題ではないだろうか。もっとも、これは難しい問題である。表現力と一口で言っても村主がイメージする表現力はバレエのそれに近く演技力といってもいい。観客は物語ではなく滑りを見に来ている。より難度の高い演技を目の前で見せられたら、ミスのない美しい滑りだけでは物足りなく見えてしまうということもおきるだろう。

荒川が得意とするイナバウアーは審査基準に含まれておらず、いわば無駄な演技である。しかし、観客はそれにスタンディング・オベーションで応え、荒川も歓声を感じ楽しんで滑っている。無駄という言葉が嫌いなら「遊び」と表現してもいい。車のハンドルや機械の歯車にわざと作られている「遊び」は、一見無駄なようだが、実はそれなくしては過剰に反応したり、動けなくなったりするもので、運動には欠かせない大切なものなのだ。

荒川のインタビューではもう一つ面白い話があった。3秒をカウントするのに、1,2,3と数えると、実際は3秒より短くなってしまうので、ストップ・ウォッチ片手にきっかり3秒になる数え方を試してみたという。SPのスパイラルでアップになった荒川の口は「1アイスクリーム、2アイスクリーム……」とはっきり動いていたらしい。後でそれを見て恥ずかしかったと笑いながら話していたが、ここにも遊びが感じられる。アイスクリームは荒川の好物なのだ。

余白を大事にしたり、一見すると無駄に見える遊びを取り入れる手法は、日本文化に多く見られる。素晴らしい素質を持った選手でさえ、疲れやプレッシャーが原因でミスが連発されるのがオリンピックである。フィギュア・スケートという西欧文化が育んできた競技でアジア初の金メダルをとることができた一つの原因に「遊び」があったというのは、ちょっといい話ではないだろうか。


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 2006/2/11 タミフルと日本人

浅い眠りの中で、体を左右に何度も反転させていたせいか、起きたときにはすっかりくたびれていた。見ていたのは夢とも呼べないようなゆがんだイメージの断片だ。眠りから覚める前にいつも見る具体的な人物や景色とは似ても似つかぬ気味悪いイメージには覚えがあった。咽頭炎を患って入院した晩、高熱のせいで見たのが同じだった。眠っていて見る夢とちがって、眠れない頭の中に像が浮かぶのだ。

食欲のないまま、味噌汁と御飯を交互に口に運び入れ、とにかく出勤したのだったが、背中から首周りがぞくぞくして寒気がするのに気づくまで、そうそう時間はかからなかった。
「顔色悪いよ。無理しないで帰ったら。」と、同僚に言われながらも昼まではがまんしたのだが、昼食の鮭の塩焼きが喉を通らない。熱のせいで胃が荒れたのだろう。もはやこれまでと早退けをして家に帰った。

かかりつけの医者は最近建て替えたばかり。きれいになったからか年寄りの患者が詰めかけて下駄箱にスリッパがないと聞いている。あまり評判はかんばしくないが、近くにいつもすいている医院がある。午後の診療時間を待って駆けつけるとやはり一番乗りだった。簡単な問診の後、洟を採取されてしばらく待合室で待つ。診断はインフルエンザA型であった。

タミフルという新薬のことは妻からのメールで知っていた。発熱後24時間以内に服用すると驚くほど効くそうだ。医者は、これから帰ってすぐに飲むようにと言う。夜明けの不快な夢が熱のためなら、まだ間に合う。薬を飲んでベッドにもぐりこむ。熱のあるなか仕事をしていたので、体を横にできるとほっとする。知らぬ間にうとうとしはじめていた。

夕飯のおじやをどうにか胃の腑におさめると、すぐベッドに戻った。耳鼻科の医者からもらった総合感冒薬も一緒に飲んでいいということだったので、都合4種の薬を飲んでいる。咳や痰を鎮めるのとインフルエンザからくる熱を抑えるタミフルと普通の風邪薬の混合である。なんだか、よく眠れるのは熱が下がってきているせいだろう。

それからの二日間というもの、とにかく眠った。食事時間に起きるのをのぞくとほとんどベッドの中だった。よくこれだけ眠れるものだと自分で思うほど眠れた。疲れがたまっていたこともあるのだろう。二日間も眠るとさすがに熱は引いていた。

タミフルという薬はスイスの製薬会社が作っているそうだが、そのうち70%を日本が消費しているそうである。日本人だけがインフルエンザにかかるわけでもないだろうに、どうしてかといえば、欧米人はインフルエンザにかかったくらいで、大騒ぎをしないらしい。アスピリンを飲むくらいがせいぜいで、多くはほうっておくのだろう。よほど体調が悪ければ仕事を休んで家で寝ている。

日本では、そうはいかない。花粉症のマスク姿が世界のニュースになるくらいだ。日本人は体調が悪くても仕事を休まない。薬を飲んで仕事に出る。普通の風邪ならそれですむが、インフルエンザは流行する。自分が流行させたら肩身の狭い思いをしなければならない。神経質になるのは、自分の体を心配しているだけではないのだ。

金曜日、ようやく起き出した頃、帰省していた下の子が熱があると言い出した。どうやらうつったらしい。ウォームビズとやらを実践しているわけでもないが、暖房のある居間に皆が集まってくるので自然とうつりやすい環境になっている。風邪は人にうつすと治るというが、自分の子ではどうしようもない。仕事に出かける前の妻から、食事の支度やふとん乾燥と、看病役をおおせつかった。同じ医者に行かせたら、A型であった。「お父さんからうつされたね」と言われたそうだ。医者代と薬代で三千円強。二人あわせると七千円である。これで妻にもうつってしまうと約一万円がインフルエンザのために消えてしまうことになる。

医者や薬にすぐ頼るということは別にしても、医者代や薬代を簡単に支払えるということが、日本がタミフルを独占する理由になっているのではないだろうか。インフルエンザにかかってもタミフルを服用できない人々も世界には多いはずである。限られた医薬品を経済力で独占してしまう日本というのは、世界から見てどうなのだろうか。中外製薬が自社生産を始めることになったという記事が新聞に出ていた。いくらかなりと批判の対象から外れるとほっとする。もっとも、輸入だけでも中外製薬は何億もの利益を上げたそうである。自社生産ならその何倍もの利益が見込めるだろう。

狭い家屋や社屋の中で顔をつきあわせている日本人は、人口密度の低い国とはインフルエンザの罹患率もきっと差があるにちがいない。うさぎ小屋に住んでいる仕事中毒のエコノミックアニマルという日本人のイメージとタミフルの需要率はきっと深い関係があるにちがいない、と熱の引いた頭の中で考えていた。

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 2006/2/6 十年日記

咳が止まらないなと思っていたら、鼻水まで出てきたので、これはひょっとしたら風邪ではなく花粉症の始まりではないかと思いついた。ためしに、この欄の過去ログで花粉症という文章を探してみると、2003年の2月7日に同じ内容の文章があった。一日ちがいだから、私の体もなかなか正確なものだ。

仕事帰りに寄った耳鼻科の先生は「花粉症にはまだ時期が早いと思うが」といいながら鼻の奥にカメラを通し「微妙なところだなあ」という診断を下した。ちなみに薬局の説明では処方されている薬は総合的な風邪薬で鼻水鼻づまりに効くそうだ。眠くなる成分が入っているのが辛い。薬に弱く、すぐ眠くなるからだが、ナイトキャップの量は減るので体にはいいかもしれない。

十年日記というものがある。十年分が同じページに書けるようになっていて、毎年のその時期の様子が分かるので便利らしい。たとえ一行でも毎日書くのは根気がなくて続かない。しかし、一時期日記代わりにコラムを書いていたので、花粉症の発症時期については検索ができるわけだ。人によっては鳥の渡りや花の咲く時期などを日記やブログに書いている人もいるだろう。

このホームページも6年目に入った。自然の様子や折にふれて思ったことなど、気楽に書きとめておけば結構おもしろいものになったかもしれない。文章を書くとなると、つい構えてしまうので書きはじめて没にした文章も数多い。そんな反古でも残しておけば、何かの足しにならないものでもない。すでに下り坂に入っている。これから文章が巧くなったり、思考力がつくわけもない。気どらずに、書ける日には書いておこうと思う。

そんなわけで、今日のことだが、午後から雪になった。牡丹雪で積もりそうにもなかったが、降り始めると辺りは一面真っ白になった。医者にいる間に小雨に変わったが、木の枝に残った雪はそのままで、フリードリッヒの描くドイツの森のように葉を落とした木々の白い梢が、灰色の空を背景に浮かぶのは一幅の絵のようで、なかなかロマンティックな光景であった。

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