
市庁舎や県庁舎、評議員の回廊などに囲まれたシニョーリ広場が、どちらかといえば堅苦しさを感じさせるのに比べ、壁に壁画の残る14世紀の商人の館などに囲まれるエルベ広場は、肩肘張らない気易さが魅力的だった。古代ローマ時代の公共広場跡に作られたというだけあって、細長い敷地内には、八百屋をはじめとする食料品は言うに及ばず、衣料品やその他の生活雑貨等を売る屋台が、所狭しと店を並べていた。
パスタ好きの私のために、妻はいつもソースの材料になるトマト探しに苦労している。日本の店で売っているトマトでは甘さが足りないようなのだ。今回のイタリア行きが決まった時点で、イタリアのトマトを食べ、その味を知ることが妻の旅の目的の一つになった。これまでも、店を見つけると、トマトを探したのだが、果物は多いのに、なかなかトマトが見つからなかった。それがエルベ広場の屋台には、たくさん並んでいたのだ。
まずは、小さめの丸いトマトが何個かつながっているのを買った。広場の水飲み場で洗って、早速味見。生温かい皮に歯をあてると、日向臭い匂いといっしょに昔懐かしいトマトの味が口の中に広がった。他の種類はないかと別の店をのぞいていると、缶詰のラベルで見かける細長いトマトを売っている店を見つけた。これだ、と思って1個だけ手渡すと、店の人はいやな顔もせず、秤に乗っけて値段を出してくれる。昔は日本でもこうやって何でも売ってくれた。イタリアに来て、買い物の楽しさを思い出した。
また、水飲み場にとって返し、味見の続きだ。妻は真剣な顔をしてトマトを囓っている。しばらくすると分析が終わったのか、こちらを見て言った。
「甘みは思ったほどでもないけど、果肉が多くて水気が少ない分、ソースにすると濃厚になるのね。これで、よく分かったわ。」と、満足した様子だった。帰国後の楽しみが一つ増えた。