Emotional mind   前編








 石を積むことに意味はない。
 ただ、そうしたいだけ。…と言うより、せずにはいられなかったと言うのが正しい。
 この仮面を手にしてすでに一年近くになるというのに、いつまで経っても現状に慣れない自分に嫌気がさす。
 無慈悲に命の芽をつみ取っておいて、後からそれを惜しむなど愚の骨頂だろう。
 けれど、せずにはいられない。
 つくづく自分はこの部隊に似つかわしくない、と苦々しく思った。
 この戦場に来てから一ヶ月。その間に積まれた石はもう二桁だ。それだけの数の仲間が帰らぬ人となった。けれど泣く資格はないし、泣くつもりもない。 ただどうしようもない感情を持て余し今日も石を積む。
 まるで確認作業だ。本当に…ここは自分に相応しくない…。



 ある朝。
 その場所に行くと、すでに石が積まれていた。周りに人影は見えない。残留チャクラも、希薄すぎて掴みきれない。
 だが、誰かがここに来て石を積んだのは明らかだった。
 自分を見ていた人間がいるのだろうか。それともたまたま見つけて、好奇心で石を積んだのか。
 どちらにしろ、確かめるすべはない。確かめたいとも思わない。この行為は結局、自己満足でしかないのだ。誰が参加しようと変わりはない。 溜息を吐いて今日の分を積み足す。少しずつ少しずつ、心が膿んでいく気がする。気のせいかも知れないが。

 その日は、珍しく戦闘はなかった。敵も味方も、疲弊しているのは分かっていた。この戦いも、そう遠くはないうちに決着が付くだろうと、 それが昨夜はじき出した部隊幹部の見解だった。
 戦いが終われば、消えていく生命も少なくなる。だが、そうなる前には必ず大規模な消耗戦が待っている。そう思うと浮上した気分が再び沈んだ。
 翌朝、必要もないのにその場所へ行く。石は増えていなかった。
 どうやら勝手に途中参加した誰かは、正確に積み上げる石の意味を汲んでいるらしい。それを確認して、何もせずに立ち去る。
 そんなことがずっと続くと、いつの間にか積まれた石を見て、その誰かの生を確認するようになった。
 積まれた石を見てホッとする。貴方はまだ、生きているんですね、と。
 そうして自分も石を積む。私も生きていますと、伝えるために。
 戦況を分析している時や、第一線から持たらされる情報を元に戦術を考えている時などに、ふと石を積む誰かの事を考える。彼、あるいは彼女は、 何を考えて石を積むのだろう?自分のように感情を持て余しているわけではないだろうに。会いたいとは思わなかったが、その行為に対する気持ちを聞いてみたかった。 いつの間にか、名前も顔も知らない同僚を拠り所にしている自分に驚いた。
 最初から興味は持っていたのかも知れない。気付かないようにしていただけで。
 戦場ではじりじりとした緊張が続く。細くなった糸が切れる瞬間が、近付いて来ていた。



 ひときわ大きな戦いがあったのは、昨日のことだった。 長引いた戦いの幕を下ろすためだ。
 敵も味方も、多くの命が失われた。生きている者も、一様に傷だらけだった。
 自分も生命に関わるほどではないが、火傷と裂傷でひどい有様だ。困ったのは足の怪我だった。自由に動き回れないので、怪我人を収容したテントで、 治療の手伝いをすることになった。
 あの人は無事だろうか…。確かめに行きたかったが、それこそ怪我人は掃いて捨てるほどいて、そんな暇さえなかった。血とうめき声がテントの中を交差する。 なんとか少しでも多くの仲間を助けたくて、与えられた仕事を懸命にこなした。情報に籍を置く者には、医療に関しても多少覚えのある者が多い。
 不自由な足を引きずっていつもの場所に行けたのは、それから三日後だった。
 石は…積まれていなかった。
 死んだのだろうか、それとも動けないだけか。
 気にはなったが、やはり確かめるすべはない。「誰か」の顔も名前も、性別さえ知らないのだ。
 生きていて欲しいと願いながら、石を積む。戦いは幕を下ろし、これ以上石を積む事はなくなった。最後に散った命は多かったが、 それでも情報が予測した数よりは少なくてすんだのだ。…生きていて欲しい。この石に関われるだけの余裕を持った相手だ。きっと生きていると思いたい。思いたかった。
 どうか、どうか…。
 けれどその後、何度そこに足を運んでも石に変化はなかった。変わらない石を見るたびに、引きずってきた足の痛みが増していくようだった。
 一週間後に、全部隊の帰還が決まった。
 怪我人を中心に編成された部隊は、すでに戦場を去っている。これからすこしずつ、残りの部隊も木の葉に帰ることになる。
 敵にはそれを追う力も、阻止する力も残ってはいないだろう。
 ギリギリまで居残って、ずっとあの場所に通ってみたが、石が再び積まれることはついになかった。
 「おい、準備はいいか?行くぞ。俺達が最後だ」
 「あ、はい。大丈夫です。すぐ行きます」
 そうして二度と振り返ることもなく戦場を去った。









 その後も相変わらず情報部に在籍して、時には戦場にも派遣される毎日だった。暗殺戦術と対をなす情報戦略。暗部ほど血なまぐさい任務にかり出される事はなかったが、 それでも里の機密に触れる任務も多かった。そしてもちろん、戦場派遣もそれなりに多かった。様々な方向から戦局を見極め、戦術を決めて敵に致命傷を与えるよう 味方を導くのだ。
 再び派遣された戦場でも、やはり石を積む行為は変わらなかった。
 ただあの時から、少しだけ気持ちに変化があった。
 後悔というか罪悪感しかなかった中に、祈りのような気持ちが加わった。自己満足でしかないはずの行為に、ほんの少し意味が付加された気がした。
 次の任務は、とある国が起こした侵略戦争への抵抗支援である。戦力と参謀合わせて一小隊。
 侵略戦争は敵の頭を叩きさえすれば、早々に決着が付くものだ。その為の一小隊、ただし少数精鋭を集めたらしい。メンバーは暗部と情報部の生え抜きだ。
 それに自分が加わるのはどうかと思ったが、命令には従うしかない。一応情報の一員には違いない。いつまでたっても慣れないのだが。
 ここでもやはり、石を積むことはやめなかった。
 他人には知られないような一角。なのに、ある日石が増えていた。
 「……え?」
 まさか、と思った。偶然のはずがない。こんな偶然があってたまるか。あの人が生きていたのだ!
 そう確信したとたん、逢いたいという感情が溢れてきた。あの戦争に参加していたメンバーなら、簡単に探し出せるだろう。何しろここには、 たった一小隊しかいないのだから。あの時のような大所帯ではない。
 けれど、逢って、それからどうするのか。
 聞きたいことは色々あるけれど、それを「誰か」は良く思わないかも知れない。
 逢いたい気持ちと、逢うことで嫌われるかも知れないと思う気持ちがぶつかり合う。
 ここでずっと待っていれば、「誰か」に逢うのは簡単だった。散々逡巡して、どうしても思い切れずに踵を返した。 せめて、もうちょっと…。心の準備をしてから…。
 振り返ったその目の前に、黒い人影があった。
 「……っ!」
 クナイを取り出しかけて、面に気付いた。
 暗部の面…。しかも狐。
 言葉も出せないで驚く自分に向かって、狐は声をかけた。
 「…その石、アンタが…?もしかして以前、北の戦場にも居た?」
 「い、居ました。もしかして貴方も…?」
 「ふうん、やっぱり。それ見てから、もしかしてってずっと思ってたんだ。あの石を積んだ人間だったら、逢ってみたいって。まさか情報部の人間だったなんてね」
 面には、いくつか種類がある。暗部のそれは動物を、情報部は鳥を象っている。そして、その男が被る「狐」は分隊長クラスが付けることを許された「特別」だった。
 面に隠れて、表情は見えない。が、確かにその時、男は微笑んでいた。そんな気配を感じた。
 「俺…私もずっと気になってました」
 「ほんと?だったら嬉しいけどね」
 「どうして…。石を積んだんですか?」
 「アンタがそれを聞くの?」
 「だって…あんなのは私の、単なる自己満足だっただけで意味はないんです。分かってらしたと思いますが」
 苦い後悔に彩られただけの行為。自分が膿んでいくのを見ないふりをする為だけの。
 「そ?俺にはちゃんと、アンタの気持ちが伝わってきたけどね?」
 「気持ちって…」
 「アンタはね、悼んでたんだよ。理不尽に散らされる生命をね。そして何も出来ない自分を憐れんでいたんだよ」 
 どんな表情をしているんだろう。今にも泣きそうな気持ちを堪えて、その人の声に耳を傾けた。
 「アンタは優しい人なんだね」
 それにぶんぶんと首を振る。優しくなんかない。
 「そんなことな〜いよ。俺がそう言ってんだから、それで納得しなさいよ」
 その人の手が、初めて触れてきた。ぎゅっと抱きしめられる。体温が暖かかった。
 「この戦いは、そんなに長くは掛からないと思う。でもその間は、一緒にいられるよね。もっともっとアンタといろんな話がしたいよ」
 「お…私もです」
 「『俺』でい〜いよ。言いにくいんでショ?」
 「すみません…」
 気にしないで、と狐が笑う。それにつられて自分も笑った。戦場にいるということを、一瞬忘れられた。
 暗部にしろ、情報部にしろ、過去のことを他人に話すのは、誉められたことじゃない。就いた任務が極秘の物であったり、里の大事に関わったりすることもあるからだ。
 それ以上に暗部といえば、暗殺に関わる任務も多い。あからさまに出来ない、暗い部分を持っていた。
 狐は自分のことはあまり話さず、こちらのことを聞きたがった。情報部に配置されて一年と少し。狐の望むままに、自分の過去を話した。
 「ねえ、鴉。アンタさ、伽についた事ある?」
 狐と過ごす間は戦場で感じる嫌な気持ちを感じずにすんだ。だから暇さえあれば狐を捜した。暗部である狐は鴉とは任務形態も違うのだが、 幾分特殊な配置にいるのか狐は割と前線に行く事もなかった。もともとフォローが主な任務なのだ。それで今日も一緒に昼食を取っていたのだが、 いきなり狐がそんな事を言い出した。
 「ぶっ!ごほごほっ!」
 「あ〜…、ダイジョウブ?ほら、お茶」
 「いきなりアンタが変なこと言うからだろっ!」
 いつも礼儀正しい鴉が、それも忘れて怒鳴る。狐は涼しい顔で――もちろん仮面を付けている訳だから、表情なんて見れないのだが――だって気になったんだもん、 と鴉に答えを要求した。
 「お、俺はそういう任務は幸いにもありませんでした。戦場派遣もそんなに多くないし」
 「そうなの?ま、アンタみたいのが戦場ばっか来てたら大変だろうしね」
 それはまあ、自分でもそう思っているから言われても仕方ないけれど。
 「あ、変なこと考えてるでショ。ちが〜うよ。アンタは優しいから人が簡単に死んでいくのに耐えられないって事だよ」
 「それってでも忍びとしては失格ですよね…」
 「ん〜、でもそういうのもいてもいいんじゃない?というか、いなかったらマズイでショ。誰かが命の大切さ…違うか、戦場で散る虚しさかな、 を伝えるべきだと俺は思うよ」
 「虚しさですか…」
 「アンタは教師にでもなって、そういう事を伝えるのがいいかもねえ、案外」
 「教師…」
 それは思ってもいなかった。自分が人に物を教えられるとは思わないが、戦場から遠く離れた里での子供達との生活はとても魅力的に思えた。
 「うん、そう。でね、伽の経験がないなら…」
 「なんで、そう言う話に戻るんですかっ!」
 「最初からこの話だよ。とにかくアンタは里に戻ったら情報をやめなさいよ。アンタに戦場は似合わないから。でね、もしそういう不穏な輩が迫ってきたときは、 何が何でも逃げなさいよ。アンタにはアレは無理だから」
 それは勿論逃げられるものなら逃げたい。けれど、それも任務の一環だろうにいいんだろうか?
 「そうですね…。そうなったらさっさと里に逃げ帰りますよ」
 「うん、そうして」


 「鴉、招集だ。どうやらそろそろらしいぜ」
 おおまかな作戦は、すでに出来上がっていた。後は暗部の…つまり実戦部隊との打ち合わせだけだ。そこで、綿密な取り決めを交わして作戦に入ることになる。
 国の主戦力を全面に出して、派手に戦いを仕掛ける。その隙をついて、暗部が敵の頭を叩く。情報部による手引きは万全だ。敵の戦力も配置も、頭が何処にいるのかも、 全て調査済みだった。
 当然だが、忍び込む暗殺部隊の中に狐の姿があった。声を掛けようか、どうしようか、と迷ったが思い切って行動した。上手くいけば、この作戦で任務は終わる。 そうしたら、きっともう二度と会えない。自分はこの後、狐が言った通り情報をやめるつもりだから。
 やめれば戦場に行くこともない。暗部である狐との接点はゼロになるのだ。
 「狐…!」
 「鴉!そこにいたのか。もうあんまり時間ないんだ。だけど行く前に、アンタに会えて良かった!」
 「あなたのことだから、大丈夫ですよね。必ず無事に帰って下さい!また、必ずっ…どこかで…っ!」
 あの、北の戦場ですら無事に生き延びた狐だ。大丈夫、と自分に言い聞かせるが、それでもやはり心配で胸が張り裂けそうだった。
 「ダ〜イジョウブ。安心してよ、きっと帰ってくるから」
 「……はい」
 「あのね、鴉。俺はいつか里に戻る。すぐには無理だけど、自分で納得したら暗部を抜けるつもりなんだ。だから、俺を探して?」
 「探す…?」
 「だって。俺達、お互い名前も顔も知らないでショ。だから、探して。俺もアンタを探すから。何時とか何処でとか、約束は出来ないけど。いつか必ず里で逢おう」
 その声は真剣で、揺るぎなかった。
 いつか、里で。
 それはこの先の二人にとって、唯一の支えとなる約束だった。
 探すから。例えどれだけ、時間が掛かっても。
 どんな困難な場面でも諦めずに、必ず生きて再びあなたに逢うために。

 そうしてこの先二人は、二度と戦場でまみえることはなかった。










 「イルカせんせ〜いっ!」
 初夏の陽差しをものともせず、金色の子供が駆け寄ってくる。体当たりを受け止めるのは、もう慣れっこだ。やっとアカデミーを卒業した子供は、 これから下忍となるべく上忍師のもとでその適正を審査されるのだ。
 「あのさ、あのさ。今日はイルカ先生は、もう終わりかってばよ」
 尻尾があったら、きっと激しく振られているだろう。その期待に満ちた目を、イルカは苦笑と共に受け入れる。
 「ああ、もう終わりだよ。久しぶりに、一楽行くか?」
 「行く行く!行くってばよーっ!」
 ナルトのラーメン好きは相変わらずだ。もう夏になると言うのに、一楽の名前を聞くとすごく嬉しそうな顔をする。本当なら教師らしく野菜を食べろと 注意するべきなのだろうが、この嬉しそうな顔を見せられては小言もなかなか出て来ない。
 「よしっ!じゃあ、すぐ用意するから待ってろ」
 先生、早くねーっ!というナルトの声を受けて、イルカはアカデミーに戻った。
 今日の分の日誌を付けて、それで終わり。抜き打ちテストの採点はまだ急がないが、何だったら家に持って帰ってもいい。同僚に一言声を掛けて、 イルカは職員室を後にした。
 ナルトと一緒に食べるラーメンは久しぶりで、とても楽しかった。手の掛かった子供ほど、実際には可愛いものだ。
 特にナルトは別の意味で、特別な存在だ。その子供が、いよいよ自分の手から巣立っていくという事実に、イルカは少しだけ感傷的になった。 大切な人との別れはイルカにとってトラウマだ。ナルトとは二度と会えなくなる訳ではないが、今までと比べれば顔を見る機会も格段に減るだろう。
 ナルトと別れた後、まっすぐに帰る気にもなれず、目に付いた居酒屋に入った。
 コップ酒と簡単なつまみを頼んで、しんみりと飲む。
 そうすると、考えなくてもいい余計な事まで、頭に浮かんできてしまった。
 かつて在籍した部署…。暗殺戦術と対を成す、情報戦略での二年間。
 あれからすでに七年が経っていた。
 思い出すのはいつも、守られなかった約束だ。


 …いつか、俺を探して。俺もアンタを探すから。


 諦めた訳じゃない。里に戻ってから、逢う人ごとにあの人の面影を探した。顔も名前も知らないから、声と雰囲気とカンだけを頼りに。
 けれどこの七年間、一度も「この人だ」と思う人間には会わなかった。
 もしかしたら、どこかの戦場で…という嫌な思いに囚われそうになる度に、あの人の声を思い出す。必ず帰るから、と言ったあの人の言葉を。
 信じている。
 けれど、七年はやはり長すぎた。

 おかわりを頼んだところで、騒がしい集団が店に入ってきた。五人の、おそらく二十歳前後の中忍。
 最初はただ騒がしいだけだったのだが、ある程度酒が入ったところで、近くに座っていた女の子達に絡みだした。
 もちろん忍びではない、里の一般人だ。しつこい男達に泣きそうな顔で抵抗していた。全く。忍びの風上にも置けない奴らだ。
 店内を見回しても、自分の他に忍びはいない。仕方なくイルカは、席を立って男達を諫めた。
 酔っていたせいもあるだろう。こちらが一人で、彼らが集団なのも不味かった。男達はイルカの行為に逆上した。
 ここで騒ぎを起こせば、店に迷惑がかかる。イルカは男達を、なんとか外に連れ出した。酒の勢いを借りて、男達がイルカを取り囲む。やれやれ。 こんなことに巻き込まれるなら、大人しく家に帰れば良かったな、とイルカは内心ため息を吐いた。
 アカデミー教師といえど、たまには任務を受けることもある。それに昔のこととは言え、情報部に籍のあったイルカである。加えて、相手は酔っぱらいだ。
 たった一人くらい、簡単にねじ伏せられると思っていた男達は、思いがけない実力を持つイルカに一様に顔色を変える。
 さすがに五人一度に相手はしていられない。連携されればイルカもどうしようもなかったが、 男達の頭にはそんな言葉は思い浮かばなかったらしい。 バラバラに突っ込んできては、軽くいなされていく。
 一人目の男を昏倒させて、二人目に向き直った時、倒れた一人目の身体にうっかり躓いて、一瞬ぐらっと体制を崩した。そこにたまたま二人目の男が突っ込んできた。
 まずい、避けられない。
 衝撃に備えたが、その必要はなかった。横から放たれた小石が二人目の顔を襲い、男の方も体制を崩したのだ。
 誰だか知らないが、助かったとイルカは感謝した。
 二人目をあっさり倒して、他の男達が仲間を連れて逃げるのを確かめた後、イルカは小石を放ってくれた誰かを捜した。
 「あ、ガイ先生…」
 視線の先には、見知った上忍がいた。去年のアカデミー卒業生を受け持つ上忍師。
 「よおっ!やるな、イルカ!さすがは俺が見込んだだけのことはある!」
 セリフもリアクションもオーバーだが、実は気さくで面倒見のいい上忍だ。イルカとガイは、かなり気が合う飲み仲間だった。
 「小石を投げて下さったのは、ガイ先生ですか?すみません、助かりました」
 「まあ、お前なら大丈夫だろうと思ったが、一対五じゃあいかにも不公平だろうが。それに投げたのは俺じゃなくて、こいつだよ」
 そう言って後ろを指す。見ると、額当てとマスクで顔を隠した、長身の男が立っていた。
 あれ、とイルカは思った。どこかで会ったかな、この人。
 だがこんな風体の人間にあったら、きっと忘れるはずはないだろう。だから初対面のはずだ。
 「あの、どうも有難うございました。助かりました」
 丁寧に礼を言う。ガイの友人なら、恐らくこの男も上忍だろう。
 「イ〜エ。ちょっと、お節介をしただけです」
 にこり、と片目が笑う。何だかいい人みたいだ、と訳もなくイルカは感じた。