Emotional mind   後編







 飲みに来たんだが、なんなら一緒にどうだと言うガイの誘いを断って、イルカは帰途についた。明日もアカデミーだし、そうそう夜更かしはしていられない。
 それにナルトの指導に当たる担当上忍のことも気になっていた。明日は時間を作って、火影にそのことを確かめるつもりだったのだ。


 翌日、早速火影の執務室を訪れたイルカは、そこでナルトの上司となる忍びについて知る。未だ、一人の合格者も出したことのない上忍。特筆すべきは、 その上忍が元暗部ということだった。
 「…元、暗部」
 「カカシのテストは、ちと難しいかもしれん…」
 いつ頃まで、暗部に居たのだろうか…。
 イルカはすでに、火影の言葉は聞いていなかった。もしかしたら、万に一つの可能性で、狐のことを知っているかもしれない。なるべく早く、 はたけカカシに会おうと思うのだった。
 昼食を火影と共に取ってから、イルカ受付に向かった。
 今日のアカデミーの授業は午前中までで、昼からは受付に入るシフトだ。上手くいけば、七班の合否がここで分かるかも知れなかった。気を抜けばナルト達や、 狐の事に意識が飛びそうになる。それを必死で押さえながらイルカは仕事を黙々とこなしていった。
 夕方近くになって、男が一人入ってきた。
 「あ…、あなたは…」
 一件怪しげに顔を隠した長身の男。目立つ銀髪。昨夜、ガイと一緒にいた上忍に間違いなかった。
 「ああ、昨夜の…。ドーモ」
 「え、え…。まさか、はたけカカシ上忍…ですか?」
 こんな偶然って有り?
 ナルト達の下忍昇格を知り、思いがけず上忍のカカシと、親交を持つことになった。実はイルカはよく知らなかったのだが、カカシはかなり有名な忍びらしい。 たまに誘われて、一緒に飲みに行くのを、同僚は驚いた風に見ていた。話を聞いて、イルカもまた驚いた。
 いくらうわさ話に疎くても、「写輪眼のカカシ」の名前は聞き覚えがあった。ああ、そうかと、あの奇妙な出で立ちに納得した。あの額当ては、 写輪眼を隠していたのだとようやく思い至ったのだ。
 ガイの友人らしく、カカシもまた気さくで、傲らないタイプの人間だった。ナルトを心配するイルカに良く理解を示し、面倒がらずにいろんなことを教えてくれた。
 いつの間にかカカシと共に飲むのが、密かな楽しみになっていった。
 今日も今日とて、一楽に誘おうとするナルトを軽くいなして、カカシはイルカ争奪戦に勝利する。
 「ずるいってばよ、カカシ先生っ!この前もイルカ先生と食べに行ったくせに!」
 「いいか〜、大人には大人の都合ってもんがあるのよ。おわかり、ナルトくん?」
 「わかんねーってばよっ!いいから、イルカ先生を返せってばよーっ!」
 駄々をこねる子供と、同レベルで言い争う上忍の図…。一気に力が抜けそうではある。
 「分かった!分かったから落ち着け、ナルト」
 所詮イルカは、ナルトには大変弱いのである。
 「すいません、カカシ先生。今日は一楽ってことで…。埋め合わせは必ずしますから」
 申し訳なさそうに頭を下げるイルカに、カカシは妥協案を出すことにした。
 「仕方アリマセン。だったら俺も一楽に付き合います」
 横で「えーっ」と嫌そうな声が聞こえたが、カカシはそれをあっさり無視した。

 そんな風にしてイルカはカカシと、かなり親しく付き合うようになった。付き合うに従って、カカシに惹かれていく自分をイルカは自覚した。 イルカの中の「狐」と同じくらいに。あるいは、それ以上に。
 そして、そう思うたび後ろめたさを覚える。「狐」とカカシと、一体自分はどっちが好きなんだろう?そういえばカカシには、ずっと「狐」の消息を聞こうと 思っていたのに…。そんな大事なことを、すっかり忘れていた自分に驚く。
 小骨のように引っかかっている「狐」との約束を、ほんの少しの間だけ、イルカは心の奥底にしまい込んだ。




 ここしばらく姿を見なかったカカシが、ひょこりとアカデミーにやって来たのは、陽が傾きかけた頃だった。
 イルカを見つけると、にっこり笑って夕飯に誘った。
 「ちょっといい酒が手に入ったんで、お裾分けです」
 手にしていたそれは、名の知れた大吟醸だった。しがないアカデミー教師では、滅多にお目にかかれない逸品だ。
 「だったら、俺の家にいらっしゃいますか」
 大したものは出来ないが、と前置きして。
 「簡単で良ければ、俺が作りますから。そしたら、ゆっくり飲めるでしょう?」
 カカシは喜んで承諾した。連れだってイルカの家に向かう。
 家に着くと冷蔵庫の中身と相談して、簡単な夕食を作り、その後酒盛りに突入した。
 ナルト達七班のこと、上忍仲間のこと、美味しいと評判の居酒屋や、実はこんな物が好きだとか、あれはどうだとか。とりとめのない話題ばかりなのに、 イルカはとてもこの時間を愛しく感じた。
 「そういえば任務だったんですか?このところ姿をお見かけしませんでしたが」
 ついうっかり余計な事を聞いてしまった。もし任務ならAランクとかSランクとかの、つまり七班へではなくカカシ個人への任務だろう。 それならおいそれと任務内容を打ち明けられるはずもない。
 案の定困った顔をしながらカカシは「ええまあ…」と口ごもった。
 「あ、す、すみません。そんな事言えませんよね!俺つい…」
 「いや、任務に出ていたのは本当です。まあ内容は言えませんけどね。ちょっと暗部と一緒の任務だったので、適当に察して下さい」
 暗部と一緒の任務…。それでは当然、受け付けも通さない代物に違いない。
 「すみません…」
 小さく口の中で謝りながら、イルカはまたしても「狐」を思い出していた。やはり聞こうか。「狐」の消息を知りたい気持ちは変わらずそこにある。 だが、それを知ればカカシとの楽しい時間が終わりを告げそうで怖かった。卑怯だなと思う。「狐」もカカシも失いたくないのだ。
 「気にしないで下さい。もっとどうです?美味いでしょう、この酒」
 カカシが酒を勧める。穏やかな笑顔は、先程のイルカの差し出た行為を気にもしていないようだ。
 「はい。すごく口当たりがいいですね。いくらでも飲めます」
 そんなカカシに甘えて、イルカは酒を呷った。喉越しが良く、さわやかなそれは本当にいくらでも飲めそうだ。なんとなくイルカは酔いたい気分になって、 ぐいぐい杯を空けていった。当然酔いも早かった。

 「あ〜、イルカ先生、大丈夫ですか〜?顔、真っ赤ですよ?」
 「らいじょうぶれす。こんないい酒、飲まなきゃ損れす〜。とゆーわけれ、もう一杯…」
 「いい加減にしなさいよ。こんなんで良ければ、また持ってきてあげるから。今日はここまで。ね?」
 ろれつが回らなくなったイルカを心配して、カカシが酒を取り上げる。
 「あっ!カカシ先生、ずるいっ!一人れ飲む気ら〜っ!」
 「しませんよ、そんなこと」
 苦笑しながら、カカシはイルカを寝室に引きずっていく。半分意識の飛んだイルカは、カカシの言いなりだ。
 「まあ、結構飲みましたからね。はた迷惑な酒癖でなくて、良かったってトコロでしょーかね」
 さ、寝るならここで寝て下さいよ。カカシのそう言う声が聞こえたと思ったら、イルカの身体は、ばふっとベッドに沈んだ。
 …気持ちがいい。イルカは、ふにゃっと笑った。
 「…ん、カカシ、先生…」
 「あ〜あ、もうこの人は。自覚がなくてやってんだから、始末が悪いよ」
 初めて会ったときから、ずっと惹かれていた。あの日、居酒屋での偶然の再会には驚いたが、イルカは自分のことが分からなかった。仕方がない。 あれからもう、七年も経っているのだ。忘れているなら、それでいい。今更辛い戦場での記憶を、思い出させる気にはならなかった。
 ただ、側にいたかった。あの時の約束は守れなかったけれど、再び逢うことは出来たのだから。カカシは決して正体を知られないように、 初対面を装ってイルカに近付いた。
 友人でいい。この人の…「鴉」の側に居られるなら。
 イルカは静かな寝息を立てている。そのイルカの顔に、己の顔を近付けて。しばらくそのままでイルカの寝顔を見つめた後、そっと唇を寄せた。 しっとりとしたやわらかい唇が離れると、今度は2,3回髪を撫でられる。その手の仕草はどれも優しかった。
 「オヤスミ、イルカ先生…」
 どうやらカカシは、ここではなく隣の部屋で休む気らしい。名残惜しそうにベッドを離れるカカシの気配が漂ってきた。イルカはこっそり、 カカシの触れた唇を手でなぞった。
 唇が、燃えるように熱かった。きっと顔も赤いに違いない。
 ベッドに沈んだ身体が心地よくて、半分まどろんでいたのは事実だ。寝たふりが出来る程狡猾なイルカではない。本当にそのまま眠り込んでいただろう。 カカシの気配があんなに間近に来なければ。
 どのくらい経ったろうか。そっと隣の様子を窺う。寝ていたとしても、ほんの少しの物音で、カカシは目を覚ますだろう。それが上忍というものだ。
 イルカはゴロリと寝返りを打つ。先ほどのカカシの行為を、どう受け止めるべきだろう。単純に考えれば、好かれているのでは、となる。いくらなんでも、 嫌いな相手に口づけなどしないだろう。
 カカシの口から、ちゃんと言葉を聞きたいと思った。
 尤も「遊びです」と言われたりしたら、きっと立ち直れないだろうが、カカシはそんな人ではない。短いながらも、カカシといくらかの親交を持って、 その人柄には自信を持っていた。
 「カカシ先生…」
 初めて会った時から、不思議な親近感を感じていた。確かに初対面なのに、以前会ったことがある様な感覚に襲われた。
 そこまで考えたところで、いきなりイルカは布団を蹴った。勢いを付けすぎて、ベッドのスプリングが軋んだ音を立てたが、かまってなんかいられない。
 バカだ、俺は!ヒントはいっぱいあったのに…!懐かしく感じた、それが答えだったのにっ!

 「カカシ先生っ!」

 カカシはもちろん、とっくに目を覚ましていた。
 「イルカ先生、どうしました。酔いは冷めましたか?」
 「あ、はい。すっかり…。じゃなくて!そんなことは、どーでもいいんですっ!」
 「良くないでショ。アンタ明日も仕事なのに」
 「いえ、だから…。とにかく、冷めたから、それはいいんです」
 そして、暗闇の中をカカシに歩み寄る。額当てもマスクも取り去ったカカシの顔を、両手で包み込んだ。
 こんな顔を、してたんですね…とイルカは囁いた。
 カカシの目が痛みに耐えるように、一瞬だけ細められた。それから、ふっと小さく息を吐いた。
 「…思い出しちゃったんですね」
 「違います。最初から忘れてなんかなかったんです。里に戻ってからずっと、いつもあなたを探していました。でも、見つけられなくて…」
 あなたはどこにもいなくて…。
 「何度も負けそうになりましたよ。俺がバカで、中々気付かなくて、こんなに時間が掛かってしまいました…」
 「…やっと逢えたね、鴉」
 「…狐…っ、お帰りなさい…」
 力強い腕がイルカの身体を抱きしめる。それに答えるように、イルカもカカシに回した腕に力を込めた。








 「…と言うわけで、申請はしてたんだけど中々受理されなくてね〜。どこも人手不足らしいね、特に暗部は。で三年前にやっと戻ってきたはいいけど、 生徒を落としてばっかなので、結局Aランクの長期任務ばっかり振り当てられたりね」
 里にいない間のが、ずっと長かったです、と言われて道理で会わないはずだとイルカは納得した。
 三年前なら、イルカもアカデミーの方が忙しく、受付は兼任していなかった。
 「会わないはずですね」
 「全くね。でも、もういいデス。こうしてちゃんと会えたんだから」
 「はい…」
 視線を合わせて、笑いあう。
 「ん〜、トコロデね、イルカ先生。さっきのことだけど…」
 ちょっと照れた感じで、カカシは言いにくそうに目を泳がせている。
 「さっき…?あ…」
 イルカはカカシの唇を思い出して、かあっと赤くなった。
 「つまり、俺の好きは、そういう意味です。もちろんアンタの嫌がることは、するつもりはないけど…でももし、少しでも俺のことを好きでいてくれるなら…。 アンタの側にいてもいいでしょうかね?」
 イルカの温度を間近で感じた。それでカカシは、イルカが自分を抱きしめているのに気付いた。
 「いて、ください……。ずっと側に。おれもカカシ先生が好きです」
 カカシの手が、イルカの背中に回る。
 きつく抱きしめた。
 「ね、キスしていい?」
 柔らかい笑いを浮かべて、カカシが耳元で囁く。それに、にっこり笑い返して、イルカがカカシに口づけを落とす。
 「…っ!」
 「カカシ先生でも、そんな顔するんですね?」
 悪戯をした子供のような顔で、イルカはくすくす笑った。
 「イルカ先生からしてくれるのも、いいけどね」
 そう言って、今度はカカシが口づける。そうして何度も軽いキスを交わし、やがてそれは深くなっていった。
 「…ん…っ」
 ねっとりと舐められて散々口中を掻き回されて。それだけで身体が熱くなる。
 ゆっくりと、慣らすように、手がイルカの身体を這い回っていく。胸の尖りをさんざん弄られて、思考はすでに麻痺しつつあった。
 「あっあっ…やだ、そこ…、やめ…っ」
 ぺろりと舐められ、同時に下肢を擦られてイルカの身体はびくりと波打つ。
 「ひゃっ…!」
 「気持ちいい?ほら、もう濡れてる。もっと感じて?」
 立ち上がっている性器に施される愛撫は、じれったくなるほど緩慢で、知らずイルカは腰を揺らす。このままの状態が続くならどうにかなってしまいそうで、 この熱を何とかして欲しくてカカシに縋った。
 「可愛いね、イルカ先生。もっと泣いて…その顔を見せて…」
 いつの間にか涙がイルカの頬を湿らせていた。カカシは少しだけ手の速度を速める。強弱をつけてイルカに与える快感を増加させた。
 「あああ…っ、あ、やあ…。んんっ…」
 鋭い快感が、背筋を駆け上っていく。カカシは何度もイルカに口付けを与えては、愛撫を施していく。溢れる蜜をすくい取って、それを双丘の奥に滑り込ませる。 ピクリとイルカが震えた。指が入ってくる感覚というものを、初めて知った。
 カカシの指が、探るようにイルカを侵食する。その間も優しく甘い口付けをくれた。
 「イルカ先生の中、すごく熱いね。とろけてる感じ…痛い?大丈夫なら指増やすよ」
 答えることが出来なくて、イルカはただ頷くことで肯定した。違和感はあるが、痛くはない。まだ…。三本に増やされた指が、イルカの内部を犯していく。 その指がある一点に触れた時、イルカの頭に火花が散った。
 「ああああっ…!な、なに、そこ…。やぁ…っ!」
 「見つけた…。イルカ先生のイイトコロ」
 跳ね上がったイルカの身体を押さえつけ、指でそこを集中して嬲る。のどの奥からかすれた悲鳴が上がった。頭がくらくらする。意識を保てないほどの会館を、 イルカは生まれて初めて知った。カカシによって知らされたのだ。
 「本当は一度イっといた方が楽なんだけどね…。どうも、2回や3回じゃ離してあげられそうにないから…今は我慢して。うんと良くしてあげるから…」
 ふっと、カカシの体温が離れたと思った瞬間、最奥に熱く滾ったものがあてがわれた。イルカを気遣うように、ゆっくりと入ってくる。指とはさすがに違う質量に、 イルカは痛みに耐えるようにカカシに縋り付いた。
 「ごめんね、イルカ先生…。ちょっとだけ…我慢して?」
 カカシも苦しいのか、少し顔を歪めている。
 「へ…き、です。大丈夫、だから…っ」
 本当にこの人にはかなわないな、とカカシは思う。
 「可愛い…。好きです、イルカ先生…。大好き」
 「なっ、何言って…。可愛いって…」
 「本当ですよ。可愛い。他の奴にその顔みせちゃ、ダメですよ」
 そんなこと、するわけない。もちろんカカシだって、分かって言っているんだろう。それでも悔しくて、イルカはきっとカカシを見据える。そんなイルカに満足して、 カカシはゆるりと動き始めた。
 「…あ、待って…。ちょ、カカシせんせ…っ」
 「だ〜め。アンタが煽ったんだから、ちゃんと責任取って下さいね」
 そんな覚えはない、と言いたいが、すでにイルカの口から出るのは嬌声ばかりだった。
 繋がった部分からぐちゅぐちゅというイヤラシイ音がする。カカシが出し入れする度に擦れて捲れて、それが更に強い快感と羞恥をイルカに与えた。
 「す…好き、です…カカシせんせい…。俺、ずっと…」
 「俺もです。イルカ先生…大好き…俺だけ見てて…」
 何度もイかされて、カカシもまた何度もイルカの中に放つ。口付けと愛撫を繰り返しながら、宣言通りカカシはいつまでもイルカを離さなかった。 その熱い身体をどれほど抱こうと、満足する事はなかった。


 イルカがすっかり気を失って寝入った後、カカシはひとり、幸せそうにその寝顔を見ていた。
 「待っててくれて、ありがと…。イルカ先生」
 
 明日…、いや、もう今日だが、イルカは仕事だったはずだが、とりあえず無理矢理にでも休ませよう。もちろん自分も休むのだ。 それで、思いっきりイチャイチャしようと、カカシは心に決めたのだった。


おしまい。
 
(おまけのその後)