□■□ しっぽのきもち 6 □■□
「お前さんはさ…」
オズは言った。
「決して現状を認めて受け入れているわけじゃあないんだよ。そんな風に猫でいる事に慣れたようでもな。心のどこかでずっと今の自分を拒んでいるのさ」
オズは俺に最初に声を掛けた猫だ。
それ以来、何かと世話になっている。俺の名前を知る唯一の猫。でも決して俺を名前で呼ばない猫。
「なんだよ、急に」
「なあ、お前さんが俺と出会ってからどのくらい経つと思う?」
どうだろうか?もう随分長い事一緒にいる気もするけれど。
「3年だよ。なあ、3年、なんだよ」
その長さに俺は驚いた。3年?そんなにこいつと居ただろうか?というか、それ程の年月が過ぎたのだろうか。3年は短い時間じゃない、決して。
「気が付かなかっただろう?お前さんは初めて会った頃からちっとも変わらない。猫なんてな、人間よりずっと寿命の短い生き物だ。半年もあれば子猫も大人になる。なのにお前さんは初めて会った3年前から少しも変わらないんだよ」
言われて初めて俺は気付いた。確かに俺は子猫のままだ。ずっと。少しも不思議に思わなかったけれども。
満月の魔法が効かなかったのは、俺が今の自分を受け入れてなかったから?
どれだけ祈ってもだめだったのは…。
自分が猫である事を拒んでいるなら、猫から人へ戻る願いも意味がない。
でも、だったら…。俺は今の自分を受け入れるしかないのか…。
トボトボと俺は慰霊碑へ続く道を歩いていた。
慰霊碑に行くのも久し振りだ。この格好のままで両親に会いたくなくて、この3年で1度しか訪れていない。でも今日だけは会いたかった。ただそこに行くだけで、すこしでも慰められる気がしたから。
しばらく慰霊碑の前に座り込んで両親と話をした。いつか元に戻ったら、また話しに来るよ。そう締めくくって帰ろうとした時、向こうの方から弱々しい気配が近付いてくるのに気付いた。微かに血の臭いもする。猫になってからは、どういうわけか気配を読むのに苦労しない。野生の本能ってやつだろうか?例え猫でも人間よりは野生に近いのだろう。
…誰かがここに来ようとしている。恐らく任務帰りの忍び…。
ほんの少しの興味が俺をその場にとどめた。
忍びがこの場所に来るのはよくある事だろう。任務帰りというのも頷ける。けれどここまで弱々しい気配は珍しいのではないだろうか。というか、ここより病院に行った方がいいんじゃないかな。
一体誰が、そんな状態でここに来ようとしているのか。要するに、興味以外の何者でもなかった。
よろよろと足を引きずってやって来たのは、痩身長躯の暗部だった。手に面を持っている。どさりと自分の身体を慰霊碑に預けて何かを囁くと、そのまま気を失った。
それを俺はずっと見ていた。駆け寄りたかったが、身体は動いてくれなかった。
だってその暗部は、昔アカデミーの子供達を木の上から眺めていたあの忍びだったのだ。俺と同じように、無くした物を追うようにただ眺めているだけだった、あの少年だ。
あまりの偶然に、しばらく俺は倒れるように気を失った男を呆然と見つめていた。
死んだように動かない男に、慌てて近寄ったのは何分後だっただろう。息はしている。けれど、とても身体が冷たかった。
どうしよう!
誰かを呼びに行こうにも、俺の言葉は通じない。血の臭いはするけれど、大きな怪我はないからきっとかすり傷だろう。という事は疲労だろうか?それにしては冷たすぎる身体が気になったけれど。
仕方なくペロペロと男の顔を舐めた。気が付いて!目を覚まして!そう思いながら何度も何度も。
このままこの男が死んでしまうと思うと心が張り裂けそうだった。かつての自分と同じ思いを持ったかもしれない人。それだけで俺はこの男を、かなり身近に感じていたらしい。
かつて両親を亡くした時、俺は無力な子供で何も出来なかった。今は更に無力なただの猫だけど。でももう後悔はしたくない。
俺は火影様を呼びに行こうと思った。きっとうるさく付きまとえば、何かを感じ取ってくれるだろう。何としてでもここまで引っ張ってこよう!
「待ってて!絶対助けてあげるから!」
ぺろりともう一度顔を舐めようとしたとき、男が身じろぎをした。
「え…っ!」
「………」
男が何か囁いた。細く小さな声は俺には聞き取れなかったけれど。
「ねえっ!起きて!目を覚ましてよ!アンタが死ぬなんて嫌だ!俺を置いていかないでっ!」
しつこく舐めると。、ようやく男は薄く目を開いた。
安堵で泣き出しそうだった。
良かった…、本当に良かった。
安心したら、ちょっと腹が立った。きっとこの男には俺がどれほど心配したかなんてわかってない。仕方のない事だけど、ちょっとした腹いせに男の頭によじ登ってやった。
男は何を思ったのか、俺に手をさしのべた。
連れて行ってくれるのだ。
一緒に来るかと問われ、俺は即答した。
「行く!アンタと一緒に行くよ!」
男は破顔した。
「ねえ、でも名前を教えて欲しいな」
言葉が分ったわけではないのに男は言った。
「俺はね、カカシ。はたけカカシだよ。ヨロシクね、チビ」
チビと言われたのは気にくわないが、俺の外見が子猫なのは知っている。それににゃあと答えて、俺はカカシの頭の上で目を閉じるのだった。
いつかあの声で、俺の名前を呼ばれる夢を見ながら…。
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