□■□ しっぽのきもち 4 □■□
人間だった頃の俺の夢は、一日も早く立派な忍びになって里のために尽くす事だった。俺の両親は共に忍びで、 それが当たり前の生活だったから。このままだったら、それも叶わなくなる。けれど、自力でどうにかなる問題でもないし、 だからと言って奇蹟にすがる気にもなれず毎日をただブラブラと生きていた。
猫の生活は自由気ままだ。やりたい事だけを、やりたい時にする。
おかげで話したいと思って尋ねても、相手が捕まらない事もしょっちゅうだった。そんな時、俺はアカデミーで時間を潰すと決めていた。
人間だった頃に通っていた場所。あれからどのくらいの月日が流れたのか、実のところ曖昧だ。なんども満月を眺めた記憶があるから、 一年以上経っているのかもしれない。
俺の席はきっともうないだろう。
だからという訳ではないのだけれど。アカデミーを眺めるのが日課になりつつある。
その人間を見たのは、それが初めてじゃなかった。
まだ少年と言って差し支えのない年齢でありながら、すでに木の葉の額当てを持つ「忍び」。前に見かけた時も、 今回同様木の上からアカデミーの生徒達を眺めていたっけ。
あの時は、なぜこんな所にいるのかと不思議に思ったけれども…。
今ならなんとなく分る。
この男は羨ましく思っているんじゃないだろうか?
同じ年頃の子供達。まだ子供でいる事を許された者たち。
その輪から外された自分。見ている事しか出来ない疎外感。
こんな事になったからこそ、わかる事もあるんだと俺は思った。
暇な猫の俺と違って、彼は里の忍びだ。任務があればここに来る事はない。けれど気が付くと彼は木の上からアカデミーを 眺めているのだった。
そしていつからか俺は、その彼を眺めるようになっていった。
何を考えているんだろうとか、しばらく見かけなかった時は、どんな任務に就いていたのだろうとか。いつの間にか名前も知らない少年に、 心の中で語りかけるようになっていた。
名前…。確かだれかに聞いた覚えはあるが思い出せない。尤も思い出したとしても、呼んでやることも出来ない。
「それは自分も同じだっけ…」
もう、誰にも呼ばれない自分の名前。猫の仲間には名乗ったけれど、あいつは俺の事を名前では呼ばない。いつもお前さんと呼ぶ。
別にいいんだけどね。
でも。ちょっとだけ欲が出た。あの少年に名前を呼ばれたいと思ってしまった。
例え人間に戻れたとしても、彼は俺の事なんか知ってるわけはないのだ。
しばらく雨が続いた。雨の日は出かけない事にしている。
猫になってからどうも雨は苦手だ。雨と言うか、水がだめっぽい。猫ってそういうものなのかな?よく分らないがだめなもんはだめだ。
そんな訳であの少年がアカデミーに来ていたかどうかは、だから分らない。ようやく雨の上がった日の午後、 俺はいそいそとアカデミーに出かけていった。
定位置について少年が来るのを待つ。雨が降り出す少し前から、少年は姿を見せなくなっていた。任務だろうか? それが終わればまたやって来るかな?期待しつつ待ったが、結局その日あの少年は現れなかった。翌日も、その翌日も。
…任務だろうか?まさか何かあったのだろうか…。
ふっと脳裏を両親の面影が過ぎった。
二度と還らなかった人達。
俺はぶんぶんと頭を振って嫌な考えを追い出した。
気になるなら自分で探しに行けばいい。ここでただ待つだけなんて、性に合わない。とりあえず、火影様のところと受付所だろう。
ひょいひょいと木から下りると、火影様の執務室を目指して駆けだした。
「あれ?やだ、どこから入ってきたの〜?迷い猫かなあ」
内勤の忍びだろうくの一が目ざとく俺を見つけた。
やば!追い出されちゃ意味がない。脱兎のごとく逃げ出す。
「あー、行っちゃった〜」
「アンタが大きな声出すからでしょ〜。触りたかったなあー」
危ない危ない。
窓から受付所を覗いてみても、あの少年はいなかった。まあ、そう都合良く居るわけもないか。じゃあ火影様のとこで、 何か手掛かりがあるかどうか調べてみよう。
「にゃああ〜ん」
火影様〜、お邪魔しますねー。あの少年についての情報くださーい。
なーんて言ってみても、火影様には分らないんだろうけど。
「お?何じゃ、お前随分久しぶりじゃな。あの時の猫じゃろう?」
「にゃにゃにゃーん」
さすが火影様!ちゃんと猫の区別もつくんだー、すげえな。ぴょんと火影様の机に飛び乗って(勿論、 心の中でちゃんとごめんなさいと謝ってから)猫らしく机の上の書類で遊ぶフリをして盗み見る。
うーん。わかんねえ…。
考えてみれば俺、あいつの名前も知らないんじゃん。書類だけ眺めたって、そりゃあ分るわけないかー。
しゅんと元気のなくなった俺を火影様もいぶかしく思ったのか、頭を撫でながら「どうかしたかの?」と優しく問いかけてくれる。
そんな行為が少し嬉しかった。分かんなくてもいいですから、ちょっと聞いて貰えますか?火影様…。
「みぅー…」
どたどたと忍びにあるまじき足音で執務室に飛び込んできたのは、ずっと俺が捜していたあの少年だった。
「アンタか!?アンタがあれを命じたのか!!よくも、こんな事を…っ!!」
「落ち着けカカシっ!!お前まだ安静にしてなきゃいけねえだろっ!」
「うるさい!!俺なんかどうだっていいんだっ…!」
執務室に押し入ってきたのはあの少年と、同じくらいの年頃のもう一人の忍びと、それから恐らく里の上層部の面々だろう。 みんなかなり殺気だっている。
恐くなって俺は窓から飛び出してしまった。
話を聞きたいとも思ったけれども。
あの場所に居続けられるほど、俺は大人じゃなかった。
頭に包帯を巻いてたっけ。怪我、したのかな…。またアカデミーに来るかな。そんな風に考えながら、 意識の奥で彼はもうアカデミーには来ないだろう、と思った。
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