□■□ しっぽのきもち 1 □■□



 ずる…ずる…、と重い足を引きずってやっとここまで来た。
 ―――慰霊碑。

 毎年この日だけは、任務を入れずに一日中ここで過ごしていたのに。くそ爺いめ!寄りにもよってこの日に、 あんな面倒な任務を押しつけやがってっ!

 心の中で悪態をつくと、カカシは疲労しきった身体をドサリと投げ出した。
 思った以上に厄介な相手だった。写輪眼を目一杯使ってようやく敵を仕留めて、手足を動かす事さえ億劫な身体を意志の力で支えて、 なんとかここまで戻ってきたのだ。
 「ただいま、オビト。でも、ちょ…っと無理しすぎちゃったよ…。しばらく休むから話はあとでね…」
 かすれた声で呟くと、カカシはそのまま気を失った。

 夢の中では、カカシはいつも怒られている。
 それは現実でもあんまり変わらない事だが、夢と現実ではたったひとつが決定的に違っていた。
 誰もが笑顔だ。怒っている側も怒られている側も。
 どれだけ手を伸ばしても捕まえられない現実と違って、夢でならばすぐ隣で大切な人達が微笑んでいる。触れるし声も聞ける。 だからカカシは眠るのが好きだった。
 もう現実では二度と手に入らない時間が、そこにあるから。


 どのくらい気を失っていたのだろうか。
 春とはいえ、まだ吹く風は肌寒い。一晩倒れたままで過ごせば、死にはしなくとも風邪くらい引くだろう。
 徐々に意識が浮上していくのがわかる。
 嫌だ、戻りたくない。まだ心安らげるここに留まっていたい、と泣く子供を置き去りにしてカカシは薄く目を開けた。
 ほっぺがスースーする…。
 最初に意識したのはそれだった。なんだか気持ち悪くて、カカシは頬を触ってみようと腕を上げる。ゆっくりとだが腕は意志通りに動いた。
 ああ、大丈夫だ。あともう少しで、身体も動くようになりそうだな…。そんな事を考えながら手を頬の近くに移動すると、 今度はその手が何かに触った。
 「え…?」
 それがペロリとカカシの手を舐める。
 顔をずらして視線でその生き物を追う。耳元で「にゃあっ」と小さく鳴く声がした。
 「…ね、ねこ…?」
 視線の先にいたのは、黒い小さな猫だった。
 にゃあ、にゃあ、と鳴きながらカカシの手や顔を必死で舐める。
 「もしかしてお前、俺を助けようとしてくれてた…?」
 だから必死で舐めてたのか?
 
 確かにいつ死んでもいいとは思っていたけど。
 こんな小さな猫が必死で繋ぎ止めてくれるなら、もう少しだけここに踏みとどまるのも良いかも。
 腕に力を入れて、カカシは身体を起こした。慰霊碑に背中を預けて、ふうっと一息吐く。
 子猫が腹の上にぽんと乗っかってっきた。
 「…あのねお前、ちょっと図々し過ぎなんじゃない?」
 「にゃっ!にゃああ〜」
 「何言いたいのかわからな〜いよ」
 子猫はいきなりカカシの身体をよじ登り始めた。
 「ちょ、ちょっと…お前ね、俺の身体はお前の遊び場じゃないんだよ?」
 文句を言ったって、所詮相手はケモノな子猫だ。よじよじと服に爪を立てつつ征服していく。
 「い〜けどね…」
 カカシはちらりと慰霊碑を顧みる。
 もしかして、この子猫。アンタが連れてきたの、オビト?と親友に問いかけてみる。答えは返らなかったけれども。
 「にゃああ〜!にゃにゃにゃっ!」
 「いてっ!ちょっと、痛いよ」
 ついに頭のてっぺんまでよじ登った子猫は、気持ちよく鳴き声を上げた。自分の偉業を讃えてでもいるのだろうか。
 「…お前、俺と来る?」
 「にゃー」
 「そっか。じゃあ今日からお前はうちの子だね」
 「にゃーー」
 「不測の事態が起こったから、今日はもう帰るよ。またねオビト」
 そうして子猫を頭に張り付かせたままで、カカシは帰途についた。報告義務は、とりあえず明日に先延ばし決定だ。 だって子猫の生活用品を買わないと。でも猫って何が要るもんなの?ちょっと考えてから、分らない事は店の親父に聞けばいいやと思い直した。
 
 いつの間にか頭の上で、子猫は眠り込んでいた。




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