□■□ 迷子のシンデレラ 2 □■□




「失礼しますっ、火影様っ!!」
もの凄い勢いで扉が開かれた。入ってきたのは酷く慌てた様子のイルカだった。
「…イルカ、もう少し静かにドアを開けてもらえんかのう…」
「それどころじゃありませんっ!火影様、カカシさんがどこにいるかご存じですか?!知ってますよねっ!どこにいるんですっ!」
イルカの絵が火影様の胸元を掴んでいる。普段のイルカとは思えない暴挙である。
「わあっ!イルカ、何やッてんだ、お前!」
慌てたイズモがイルカの手を押さえて火影様から引き離す。
「…あ、あ…、す、すみません。つい…」
ついってお前…。
「ま、まあよい。それよりイルカ、カカシがどうしたんじゃ?」
内心、子供の事が早々にバレたと思って火影はびくびくしながらも普段通りの態度を貫く。そこは木の葉の火影を長年勤めているだけの事はある。内心を隠す術にはたけていた。
「そ、それは……その、子供が…」
子供という言葉に僅かに火影の身体が揺らいだ。
(や、やっぱりバレておったのかのう…?しかし、一体何処からイルカの耳に…?)
嫌な感じの沈黙がその場を支配した。


「イルカ先生〜〜…」
その沈黙を破るように、扉の向こうから小さな声がイルカを呼んだ。
「あ…!すまん、サクラ…」
イルカが扉を開ける。彼の教え子だった少女が困り顔でそこに佇んでいた。手に何かを持っている。
持っているというか…、抱いている?
「…え?あれ、ちょっと…それ、なに?なぁ、イルカ…?」
イズモが恐る恐るイルカに問いかける。
「この子が俺んちの前に一人で立ってたんです…。それで、もしかしてカカシさんが何か良からぬ事を企んでるんじゃないかと…」
気になって、とイルカが言う。子供が家の前に立っていたと言うだけで、どうして「良からぬ事」になるのか?
(普段のカカシさんの行いが忍ばれるなあ…)
こっそりと思うイズモだった。
「あ〜…、子供、だと言ったな?」
「はあ、そうです。この子ですけど…、火影様、何かご存じなんですか?」
ギクリとしたものの、それを表に出すほどバカではない。
「いや、まさか…」
それにしてもカカシが自分で連れ帰った子供が、どういう経緯でイルカの家の前に立つ羽目になったのだろう?
そう思いながらサクラが抱く子供をひょいと覗く。
「………っ!」
「……えぇっ!?」
「イ、イルカっ!お主、いつの間に子供なんかつくりおったんじゃ!?」
「うそーーっ!だってこの子幾つだよっ!誰に生ませたんだっ!って、まさかお前とカカシさんの子供じゃ…っ!」
「そんなわけあるかーーーっ!!!」
てゆーか、子供の前でなんつーことをっ!顔を赤くしたイルカが、授業で培ったその声量を遺憾なく発揮した。

「で、この子、本当にお前の子供じゃないんだよな?」
「違いますよ、そんなわけないでしょう。そりゃ俺にそっくりだけど…」
すやすやと眠る子供は、確かに幼い頃のイルカにそっくりだ。イズモは幼少のイルカを知らないが、火影は当然知っている。まさにうり二つとはこの事だ。
しかし、と思う。これは一体どういう事だ、と。
先程ここにはカカシにうり二つの子供が確かにいたのだ。カカシとイルカ。その幼少の頃にそっくりの子供がこれまた二人。どうやら、事はそう単純な話ではなさそうだ。
「…火影様、これはどうやら何か匂いますね…」
「うむ」
「え?匂いますか?お漏らしでもしたかな…」
「いや、そういう意味じゃなくてね…」


一方、花街に向かったコテツは件の薔華楼で話を聞いて困惑していた。
カカシが名前を出した更紗という女性は、とっくにそこには居なかった。身請けされて花街を出たという。それはともかくとして、楼主に問い質すと子供を生んだ過去などないと一蹴された。もしかしたら噂を恐れて嘘を吐いているのではと思いもしたが、すでに花街を去っている相手を庇う必要などないし、そんな嘘を吐く意味もない。
それでは、あの子供は誰の子供なのだ?何処から来たどこの子供なのか…。
とりあえず、ここで掴んだ事実を持ってコテツは里に向かった。



里では、というか火影とその周辺では、突然現れた二人の子供に頭の痛い思いをしていた。
イルカがカカシを探していたのは、自分そっくりの子供を見て、もしかしたらカカシが関係しているのではと思ったからだった。なにしろこんなにそっくりなのだ。カカシが何やら怪しげな術でも開発したかと疑ったくらいだ。
しかし火影達の様子を見ると、それはどうやら杞憂だったらしい。だが、それにしては態度に幾ばくかのぎこちなさが見受けられる。
(何か隠している…?)
火影のタヌキっぷりはイルカもよく知っているが、それが発揮されるのはもっぱら政治の場がほとんどで、子供のように可愛がっているイルカに対してはそう言うわけにもいかなかった。だからこそ、この態度に違和感を覚えたのだ。

「三代目?何か隠してますね?」
「…う、うん?何を隠すというんじゃ。何も隠しとらんよ」
「嘘ですね!もしかしてカカシさんの居場所もご存じなんでしょう?それに今回のこの子供の事も何か…?」
「うう…」
じりじりと火影に詰め寄るイルカをイズモが諫める。
「こら、イルカ!三代目になんて物言いを…っ!」
「だって…、イズモ」
ふうと息を吐き出してイズモは火影を振り返る。
「仕方ありませんね、火影様。こいつ、このままじゃ絶対納得しませんし、もう全部離してしまった方が…。イルカだって当事者なんだし」
そっくりの子供を抱きかかえている時点で、まさに当事者だ。
「どういう事です?さっさと全部話して頂きましょうか、火影様」
こうなったらイルカはてこでも動かない。火影もイズモも十分過ぎるほど分っている。ついに火影は重い口を開いた。
「カカシは恐らく自分の隠れ家にこもって居るじゃろう…。実はのう、そっくりの子供が出現したのはお主だけではないのじゃよ」
「隠れ家…?いえ、それより子供がって…、まさかカカシさんそっくりの子供がって意味ですか?」

この子みたいに?
火影とイズモは肯く。そうしてカカシそっくりの子供は、カカシが何処かの女性に生ませた子供だと思い込んで詰問するに至った。当然カカシはそれを否定する。が、こればかりは知らない間に、という事も有り得る。
そこで心当たりを聞いてコテツが確かめに行っている最中だというのだ。
「しかしのう…。お主にそっくりの子供までが出てきた事で、その可能性はかなり低くなったようじゃ」
「この子も、その、俺の子供じゃありませんから」
「あ、それは疑ってないから心配すんな」
あっさりと肯定するイズモにイルカはちょっと顔を顰めるのだった。

「…んぁ…ふ…」
イルカの腕の中で子供が身動いだ。目が覚めたようだ。
「あ…」
真っ黒な目が珍しそうに辺りをキョロキョロと見回す。小動物系のその動きに火影はぱあぁっと表情を輝かせた。
「おお、目が覚めたかのう。よしよし、心配せんでも大丈夫じゃよ。お腹は空かんか?」

…どこの爺バカだ。
イズモとイルカは、心の中でそう突っ込んだ。
腕の中の子供は人見知りもせずに、きゃらと笑うと火影に向かってその小さな手を伸ばした。



コテツが戻ってきてその報告を受けた後、火影はカカシを呼び出した。イルカと子供の事はあえて伏せておいた。どうせ来れば分ってしまうのだ。
「え?そうですか、やっぱり。じゃあ、菫が俺が生ませた子供だって疑惑は晴れたんですね?」
「菫?もしかして名前か?」
「ああ、そうです。ないと呼びにくいでショ。目が綺麗な紫なんで菫です」
「お主にしては気の利いた名前じゃのう」
「にしては、は余計ですよ」
そんな会話を交わした後、さっさと来いと言われて電話は切れた。カカシはやれやれと思いながら菫を呼ぶ。
「火影の爺さんから呼び出しがあったから行かなきゃならないのよ。お前も一緒にね」
「じいちゃん?さっきのじいちゃん?」
「そ。大人しくしてるんだ〜よ」
「あい!」

カカシが隠れ家に戻ってきてから、ほんの僅かの間に菫は驚くべき勢いで言葉を覚えていった。
まともに喋れもしなかった数時間前が信じられないくらいだ。
しかしそれでカカシは改めてこの子供が自分の子供ではないと確信した。普通の子供ですらないようだ。けれども名前を付けたせいで、なんとなく可愛く思ってしまっている。しまったと思った時にはもう遅かった。
子供とは何と愛らしい生き物か。
自分にうり二つなのが気に食わないと言えば気に食わないが、それもこの子供の素直さで帳消しだろうと思う。カカシは来た時同様、子供を抱え上げて執務室に向かった。
「うわ、速い!すごいはや〜い!カカシ、すごいね!」
子供一人くらい大して重くもないから、飛ぶように移動する。菫は怖がるどころか、目まぐるしく変わる景色を喜んだ。

「え?イ、イルカ先生?なんで…?」
執務室でカカシを待っていたのは、イルカとその腕に抱かれたイルカそっくりの子供だった。
この時点で、カカシの目には三代目とイズモの姿は映っていない。というよりも、イルカそっくりの子供に釘付けだった。
「…イ、イルカ先生…、その子供は…まさか…っ!」
「カカシさん…。うわっ、本当にそっくり…!可愛い…」
お互いが抱くそっくりの子供に対する第一声には真逆の感情が込められていた。
「阿呆か、落ち着けカカシ。お主の子供と同じじゃ」
三代目の声にようやくカカシは状況を理解した。
(ああ、そうか…。イルカ先生にも…?だけどなんで?一体この子供は何処から…?)
菫は自分に向かって微笑むイルカをじっと見つめる。そしてにこっと笑い返した。まさに花が綻ぶような、という表現がピッタリの綺麗で可愛らしい笑顔だった。
(うわぁ…!すごい眼福!!カカシさんが、あのシニカルな笑い方とか、へにょっとした緊張感のない笑い方をしないで素直に笑ってくれたらこんな感じなのかなぁ?)
凄く失礼な感想を抱きながらイルカは至福を感じていた。
一方イルカの腕の中の子供は、先程爺ばかっぷりをさらした三代目からせしめた飴玉をはむはむと舐めるのに一生懸命だった。赤いほっぺが大きな飴玉のせいでぷっくりと膨らんでいる。
「………っ!!!」
(かっ、可愛いっ!可愛過ぎるぞ!!イルカ先生!!)
可愛いのは子供であってイルカ本人ではない。しかしそこはカカシの脳内で、綺麗に配置転換されていた。
一歩下がったところでその様子を眺めていたイズモは、その表情や仕草でカカシが何を考えているのかを悟り、深〜いため息を吐くのだった。
(これが写輪眼のカカシ、だもんな〜。三代目が三代目ならカカシさんもカカシさんだよ、もう…)

コホンという三代目の咳払いで、二人の大人はようやく自分達の思考の海から現実に戻ってきた。
「それでお主ら、やはり思い当たるところはないんじゃな?」
「「ありません」」
さて、どうしたものか。
ここまでそっくりな子供となると、誰かの手によって作られた相似だという事になる。
誰が何の目的で、というところが分からないとなると、子供達の今後に影響が出てくる。もしも、敵対している里の手によるものであれば、子供達には何かしらの仕掛け…つまりトラップのような物があると考えるべきだろう。
そして、そうである可能性は、そうでない場合よりも遙かに可能性が高いのだ。
(やっぱ不味かったかな、菫に名前付けたのって…)
不意に幼い声が大人達の会話を遮った。
「黒髪のお兄ちゃん、だあれ?カカシのお友達なの?」
指名されたイルカは驚きの表情で子供を見つめた。
「喋った…」
だって腕の中の子供は喋らない。見た目はふたつかみっつくらいだろうから喋れないとは思えないが、もしかして普通の子供でないなら言葉を知らないのかもと考えていた。だけど喋った。カカシにそっくりな子供が。
と言う事は、腕の中の子供も、もしかしたら喋るのか?
「ああ、うん。そうだよ、うみのイルカと言います」
「…いるか?」
「そうだよ、きみは?」
名前を聞かれて嬉しかったのか、再びにこっと笑ってから礼儀正しく子供が名乗った。
「菫です。カカシがつけてくれたの」
「ああ、綺麗な目だもんね、なるほど。よろしく、菫」
「あい!よろしくなの」