■ 空想と現実の夜明け 1 ■



「待ってくださいっ!火影様!!」

イルカは半泣き状態で火影に詰め寄った。当たり前だ。
こんな事、一体誰が信じるというのだろう。
「イルカよ。信じられんのは儂も承知じゃ。しかし、どう思おうと真実はひとつじゃ」
 そんなどこぞの子供探偵のような事を言われようと、イルカは引き下がるわけにはいかなかった。


だって、そうだろう。
元々イルカはカカシとは面識もなかった。ナルト達の担当上忍となった関係で会うと少しくらいの話はしたが、 それもほとんど社交辞令に他ならなかった。
イルカはカカシの事が苦手だったから。
と、言うよりもカカシの方がイルカを嫌っていたから。嫌われているのを知っていたから苦手だったのだ。
 自分のどこがカカシの気に入らなかったのかは知らない。自分への感情がナルト達への態度に影響するなら困るが、そういう事はなかった。 それでイルカはよしとしたのだ。
嫌われているから嫌うという思いはイルカの中にはない。ただ、嫌われているなら極力相手の視界には入るまいと思うだけだった。
 なのに、である。
「イルカ。頼むからカカシの面倒を見てくれ。これは機密事項なんだ。ここにいる五人の他は誰もこの事を知らん」
 ここにいる五人。火影と自分と当のカカシ、それにアスマとイビキ。
機密事項だって?そりゃそうだろう。自分以外のメンバーなら、それも分かる。問題は何故自分がそこに混じっているかなのだ。
「ですからっ!無理ですよ、そんな事!大体なんで俺なんです?機密だと言うのならもっと他に適任がいるでしょうが!」
食ってかかるイルカに、イビキは噛んで含めるように説明しはじめた。
「お前はアカデミーでも特に生徒達に慕われていた。子供の気持ちになって子供のためを思って精一杯頑張ってきたその事を、 子供達も知っているからだろう」
突然アカデミーでの自分の勤務態度の話題を振られて、イルカは話に付いていけず、はあ・・・と間抜けな相づちをうつ。
「子供はとかく大人を煙たがるが、そんな子供との信頼関係を築くのも慣れたもんだろう」
自分で言いながら、うんうんと相づちを打つイビキに何か不振な物を感じるイルカだった。
「え、いえ、まあ・・・。そう一朝一夕には・・・あっ!」
ここに来てようやく話がどこに繋がるかをイルカは理解した。
「だから、な!子供の事はイルカに任せるのが一番だとな、みんなで一致したんだよ」
 ガシッと勢いをつけてイビキの大きな手が、イルカの両肩を掴む。
「俺たちは、なんとか解呪の方法を見つけるから!」
 みんなって・・・みんなって、たった四人でしょお!声にならない声をイルカは上げる。
「だ・・・だって、だって、カカシ先生は子供じゃないでしょ!」
いや、そりゃ、今は見てくれはそうかもしれないが。
「ところがな、イルカ。こいつ、完璧に14に戻ってやがるんだ」
「・・・・・・・・・・・え?」
「つまり、見てくれだけじゃねえって事だ。中身もそのまんま『14のはたけカカシ』なんだよ」
 夢も希望も吹き飛ばすアスマの言葉に、イルカはがっくりと膝をついたのだった。




 そもそもの原因は、とある任務だった。
Bランク程度の要人の護衛任務。別にカカシでなくとも人材はあったのだが、以前の任務でカカシの事を知っていたその要人からのたっての 希望で、カカシが護衛に付いた。
期限は二週間。期限の最後に行われる、近隣三カ国の代表会議に要人は出席する。命を狙われる可能性が高い為の依頼だった。
 写輪眼を持つ最強の忍だとか、里の誇りだとか。
はたけカカシに付きまとう噂は事欠かない。良い物から悪い物まで、それこそ様々だ。
けれど確かなことは、その実力が木の葉の里でも屈指の物だと言うことだ。
 だから、それは油断とか、そういう類の物ではなかった。

 その術は滅んで久しいはずの禁呪だった。

敵が、呪文を暗唱し始めた時にまさかと思った。しかし、もし「これ」がカカシの思う禁呪であるなら、それは失敗に終わるはずだったのだ。
なぜならその術は呪文だけでは完成しない物だったから。
 物事の結果には必ず原因が付きまとう。
この術が滅んだのも、それなりの理由がある事だった。
 だから。
 くらり、とした瞬間にカカシは己の失敗を悟った。
この術は完成する。自分はここで死ぬのだ、と霞のかかった意識で最後に思った。




 意識が戻って最初に、その視界に入ったのは火影の顔だった。
それでカカシは特に何も思わなかったのだ。
見渡すとそこは慣れ親しんだ里の医務室だった。多少無茶な任務でもカカシは平気で請け負う。そしていつも、 何処かしらに傷をつけてはこの医務室の世話になっていた。
「三代目・・・俺、どうしましたっけ?」
ちょっと考えてみるが、どうも何の任務に就いていたのかの記憶がない。
確かこの前の任務は前線の援護だったよな。一週間弱の短期間だったが、戦の風向きを変えるのには成功したはずだ。 それから里に戻ってきて・・・えーと四代目と会って・・・そうだ。四代目。
下忍時代のカカシの担当上忍は今では木の葉の里の四代目火影となった男だ。滅多に他人と相容れないカカシが受け入れた数少ない大人だった。
「四代目はどこです?」
カカシの質問には答えず、三代目は逆にカカシに質問する。
「カカシよ、お主いくつになった?」
「・・・・・三代目、もう耄碌したんですか?今度で14ですよ、俺」
「誰が耄碌じゃっ!まったく口の減らないガキじゃな!」
ぽかり、と拳でカカシの頭をなぐる。いてーっと恨みがましい眼で三代目を見上げると、そこには何とも言いようのない困惑した顔があった。
「・・・・?」
なんだろう。やっぱり任務で失敗でもやらかしたか?
三代目を問いただそうとした、その瞬間。ガラっと戸をあけて入ってきた二人の男にカカシは眼を吸い寄せられた。
 あれ、見知った顔だ、と思う。
だが記憶の底をさらっても、その顔は見つからない。だけど、知ってる気がする。なんとなく懐かしい。
嫌だな・・・と思った。こういうのは気持ち悪い。知ってるようで知らない。知らないはずなのに知ってる。
 二人の男も困惑を表情に張り付かせている。
「カカシ・・・か?」
髭熊の方が口を開いた。
「・・・・・あんた、だれよ?」
はあっ、と大男がため息を吐いた。髭熊は天を仰いでいる。なんか腹立つな。
「おめえ、俺がわからねえのか?アスマだよ。猿飛アスマ」
髭熊が言う。アスマならもちろん知っている。だが、こんな顔じゃなかった・・・はずだ。そもそも年が違うだろう。
だが似ている。そう、さっきの知ってる気がするというのは、そう言う事だったのだ。
アスマがあと何年かしたら、もしかしたらこんな風になるかもしれない。
三代目は一見変わりがない。だがよくよく見ると皺が増えてやしないか?

これはなんだ?

「だって・・・どういう事だよ?なんで・・・」
カカシは困惑する。どこかが狂っている。狂っているのはどちらだ?
「四代目は・・・・?」
「カカシ、よく聞け。四代目はもうおらん」

 それから後のひと騒動はカカシもアスマも思い出したくもない程だった。
四代目が12年も前に死んだこと。本当は自分は26で、敵の禁呪にかかって14まで戻ってしまっているということ。
 何もかもが信じられなくて、暴れてアスマともう1人の男に捕らえられた。
「なんだよ!そんなの信じるはずないだろ!九尾の狐ってなんだよ!四代目はどこにいるんだよ!」
「こらっ、カカシ!暴れるなってば!まったくちっこくてもさすがに上忍だよな・・・」
「うるさいよっ、髭熊!」
「なあにぃ〜!このドチビ!」
「・・・・・アスマ、一緒になって騒いでどうするんだ。やめろって・・・」
「あ、ああ〜、すまん」
「とにかく、早急に解呪する事じゃ。だが、そもそも禁呪となったこの術の解き方など、誰も知ってやせんじゃろう」
「どうするんですか、三代目」
「・・・・カグラに連絡を取ってくれ、イビキ。あやつなら、この術の事にも詳しいじゃろうて。 何とか解呪の方法も探り出してくれるやもしれん」
「わかりました」
「その間カカシは・・・?」
「そうさな。里には知られるわけにはいかん。どこか・・・」
 勝手に進められていく話に、切れかけたカカシの写輪眼が暴走し始めた。まだ手に入れて時間のたってないそれは、 いつもカカシの意志とは裏腹に暴走を始める。
あるいは写輪眼自体に意志があって、それがカカシを主とは認めていないかのように。
「う・・・わあああっ・・・!」
「うわっ!カカシっ!!」
「しまった!すっかり忘れておったが、これは最初の頃は中々カカシには制御しきれておらんかったのう」
「そんな大事なこと忘れないでくださいよ!三代目!!」
「やっぱ耄碌し始めてるんじゃないですか?」
上司が上司なら部下も部下である。
「うるさいわいっ!くだらん事を言っとらんで、カカシを何とかせんかいっ」
「あの状態のカカシをですか?嫌だな、俺」
「俺も。三代目がなんとかして下さいよ」
「年寄りを当てにするでない!」
 なんとかカカシを押さえ込んで、意識を奪うことが出来たのは、ひとえに写輪眼の暴走によるチャクラの消耗のせいだった。
その頃にはとっぷりと陽も暮れていた。
「結界を張って置いて正解だったな・・・」
医務室での騒ぎは、当然外には漏れていない。禁呪によって木の葉屈指の忍者が子供に戻ってしまったなど、 知られるわけにはいかなかったのだ。
「人知らずの森にカカシをかくまおう。あそこなら里の者は絶対に足を踏み入れない」
「しかしイビキ。この状態のカカシを一人にしておくのはどうもな。心配だぜ」
「世話をしてくれる人がいるな。誰かいい人を知らないか?」
「つってもなあ・・・このカカシだろ?下手な奴だと殺られちまうぜ。子供は残酷だからな」
それは子供だから、という問題でもなかろうが。
「子供か・・・子供・・・そういや、いたな。子供に懐かれまくってる中忍が・・・」
「あ?ありゃ、しかしな・・・」
「いや、案外ああいうのの方が、このカカシにはいいのかもしれん。いかがです?三代目」
殊の外イルカを可愛がっている三代目である。できるなら面倒事には巻き込みたくはない。
しかし、これは里の重大事である。
カカシの面倒を見れる忍者はそうそういない。ここはイルカに頑張って貰うしかないと決心した。
「よかろう。イルカを呼んできなさい」

 そうしてイルカは本人の意志に反して、カカシと深い関わりを持つことになる。

「そういう訳でな。頼むイルカ」
 そう言われてくらくらする頭を抱えながら、イルカは抗議する。大体この子供をカカシ先生だと言われて素直に信じられるとでも思うのか。
「イビキさん、でも・・・!大体本当にこの子がカカシ先生なんですか?俺にはどう考えても・・・」
「イルカ・・・。信じられないのは俺も一緒だ。まさかこんなやっかいな術を使える相手が、今回の任務の敵方にいるとは思いもしなかった」
確かにカカシだ、と言い張られればカカシにも見える。それは認めよう。
銀色の髪も、左目の写輪眼も、ちょっと目には無表情なところも、まさしくカカシだろう。
だが、やはりそうですか、とすんなり認められないイルカだった。
「で、も。俺カカシ先生とは、ほとんどつき合いなかったし、どんな人かも・・・その・・・」
「そんな事は気にするな。関わっていきゃ自然とわかるさ」
だから、その関わりを持ちたくないんです!と心の中で叫ぶ。それでなくても良く思われてないのに、 これ以上近づいて更に嫌われたらどうしてくれるんですか!
とは言えこの三人には、もう何を言っても無駄だろう。彼らの中でイルカはカカシの世話係に決まってしまっているのだ。
では、当のカカシはどう思っているんだろう、とふと気になった。
生前の・・・・もとい。以前のカカシは確実にイルカを嫌っていた。人間の好き嫌いなど簡単には変わらないだろうから、 14のカカシもあるいは自分を嫌っているかもしれない。
もしそうなら、カカシと共にいるのは辛い。自分もだがカカシにとってもよくないだろうとイルカは思った。
だがそれを彼らにどう伝えたらいいものか。
まさか「以前カカシ先生に嫌われていましたから」、と素直にぶちまけるつもりは毛頭ない。
何とか上手い手だてはないかと、イルカは自分の考えに没頭した。

 そんなイルカの様子を隅でカカシは観察していた。
黒い瞳が随分お人好しそうな印象だが、この男はどうやら自分を意識している。
それもいい方ではなく、悪い方で。嫌われているという程ではないと思うが、余り積極的に関係を持ちたくはなさそうである。
なんだかな、と思う。印象がちぐはぐだ。
こういうタイプの男は、どっちかというと余計な世話を焼いたりする、こまめで真面目で融通のきかない、そんな男だろう。
きっと誰にでも優しくて、だれにでも暖かい手を差し伸べる。
話を聞いているとアカデミーの教師らしいから、さぞかし子供には人気がある先生なんだろう。
・・・・・ああ、嫌いなタイプだ。こういう、誰にでも親切ごかして手を差し伸べる奴なんか。
なのに今この男は、わけのわからない状態に陥ったカカシに対して、どんな行動も起こさない。
何故・・・?
男に対する一瞬の興味。
それが全てだった。
「いいよ、こいつで。俺の世話係でショ?こいつにするよ」
 ぎょっとして振り向く男にカカシは大いに気をよくした。
「いいんだな?カカシ」
「い〜いよ?」
「・・・と、いうわけだ。宜しく頼むぜ、イルカ」
「え・・・っ、そんな、アスマ先生。だって・・・え?カカシ先生・・・だって・・・」
ニヤニヤしながら、「イルカ」と呼ばれた男に向き合う。
「んじゃ、よろしくね?イルカせんせ」

 人知らずの森での14のカカシとイルカの初顔合わせは、こうして終わった。



  


   仔カカシなのー(笑)すみません、すごいご都合的な展開で。