機械仕掛けの鼓動 9


そこの見えぬ暗い穴に、三人は身を躍らせた。着いた先は岩肌で出来た通路だった。
「完全に人の手が入ってるね、こりゃ」
「やっぱり秘密の通路だったんですね〜。偶然にしては凄いタイミングですよね、俺も」
よくも思い出せたものだと自分でも思うカツラだった。それにしてもこの通路はどこに繋がっているのか?
「方角的には北東だろう?つまり神社に向かって伸びてるんだから、当然そこの地下だろうな」
「神社ぐるみなんでしょうか?それとも神社関係者は知らない間に…?」
「いくらなんでも知らないって事はないだろう。ただこの通路も結構古いみたいだし、責任者だけが知る秘密というのも有り得るな」

内部にはまだイルカを攫った者達が居るかも知れない。極力灯りは付けずに、手探りで進むことにした。忍びとして、 暗闇の中でも動ける程度の視力はある。
「トラップはないか、カカシ」
「ん〜、大丈夫でショ。見当たらない。さすがにここまでこられるとは思ってなかったんじゃない?」

だとしたら、なんて温い敵だ。イルカを攫っておいて、俺が地の果てまで追いかけると思わなかったなんて。 その認識の甘さを後悔させてやる。そしてたっぷりと地獄を見て貰おうか。

先頭を行くカカシからにじみ出る殺気。コレは相当怒っているなとリイチは息を吐いた。長が黒幕だったとして、 果たしてカカシは長を殺さずにいてくれるだろうか?難しそうだ…とリイチは心の中で呟いた。こんなカカシには、 何を言っても聞き入れないだろう。
もしも長が、己の欲望の為だけにイルカを傷付けてでもいたら…。リイチはその恐ろしい考えを投げ捨てた。 いくらなんでも、里の長ともあろう者が、そこまで愚かな事はしないだろう。してくれるな!
「人がいるね」
カカシの声に、リイチははっと我に返った。通路のずっと先、微かに感じつて井戸の希薄なチャクラではあるが確かに誰かがいるのが分った。
「イルカさんか?」
「わからない…一人じゃないみたいだけど…。…あ…?」


「ところでこの男、いまはもう用はないんだろう?俺が遊んでも構わないか?」
下卑た笑顔を張り付かせて、久地はイルカを見下ろした。何をするつもりかは聞かなくとも分った。 益永には理解出来ないが、久地は女よりも男を好む。その趣向も、余り褒められたものではないのも。
「ふん、殺さない程度にな。まだ長がこの男に執着しているんだ」
「いざとなれば長にこの男の事を忘れさせる事も出来るさ。俺の力に不可能はない」
「好きにしろ」
久地は嬉々としてイルカの服を逃がせ始めた。と言っても丁寧に脱がせるのも面倒で、クナイで引き裂いていくのがこういう場合の常だ。 益永は久地のこういう性癖を熟知しているからイルカの着替えは用意していた。まさがボロボロの状態で長の前に出すわけにも行かない。

クナイの先が肌に触れたのか、微かに血の臭いがした。
気を失っていたイルカの瞳がゆっくりと開いたのは、そんな時だった。
 



いきなりカカシが走り出した。どういう策を取るか考えていたリイチとカツラは慌ててカカシを追う。
「ちょっ、待てよカカシ!突然なんだよ!一応策ぐらい考えさせろよ!」
「何呑気な事言ってんの!気付かないのリイチ、あの臭い…」
カカシに指摘されて初めて微かなそれに気付いた。忍びとしては嗅ぎ慣れたそれ。…血の臭いだった。しかしそれは本当に微かで、 言われなければ部屋に入るまで気付かなかったかも知れない。
(……ほんっと、まるでケモノ並…)
この程度でどうか成る程イルカもか弱くはない。曲がりなりにも木の葉の中忍なのだ。 けれどもカカシの頭からはそんな事すら飛んでしまっている。
大切な恋人を連れ去られて傷付けられた。それだけが全てだった。
(まったく…。こんなのどうって事ないって、どーしてわかんないかな、こいつは。 普段は呆れるくらい冷静なくせにイルカさんに関わる事だけは、あっというまに理性をなくすんだから。仕方のねえ奴…)
しかしこれでイルカの生存は明らかになった。少なくとも長の首は助かった…かもしれない。
すっ飛んでいったカカシを追うようにして、一つの扉の前まで来た。どうやらここが目的地のようだ。
「ちょっとどいてろ」
「おい、中にイルカさんがいるのを忘れんなよ?」
「そんなの言われるまでもな〜いよ。ちょっとは写輪眼のカカシの力量を信じなさいよ」
今のお前なんか信じられっかよ、とは心の中のリイチの偽らざる本心だ。まあ、中にイルカが居る以上、 扉を吹っ飛ばすにしても術の効果は上手くコントロールするだろう。

カカシのしなやかな指が、素早く印を切る。とぎすまされたチャクラが一瞬カカシの身体を包み、それが一気に扉に向かって牙を剥いた。
「あ〜あ、また派手に…」
一直線に扉に向かった炎は、あっさりと扉を砕いた。
「イルカっ!!」
中には男が二人。すでに臨戦態勢でカカシたちを待ち受けていた。
片方のひょろりとした男が、片手でイルカを抱きかかえていた。服はボロボロに切り裂かれている。 その時についたのであろう傷から血が滲んで、薄く肌を飾っていた。
「貴様あぁぁっ!イルカを離せっ!」
クナイを手にしたカカシが久地に向かって間を詰める。久地はニヤリと笑うとイルカを離した。ゆらり…と崩れそうな身体を上手く バランスを取って、イルカが久地をその身で庇うように立ちはだかった。

やはり、とリイチとカツラは思う。久地の術に操られているのだ、イルカは。
イルカを払うわけにもいかず、カカシはギリと唇を噛みしめながらイルカの向こうにいる久地を睨む。もちろんカカシに焦りはない。 久地に対する怒りはあるけれども。久地の向こうにいるのは益永だ。
「益永…、やはりこれは長のご命令なのか?」
「リイチか。特殊部隊如きが出しゃばるな。長のお望みなのだぞ。お前らも俺たちに助力すれば長に口をきいてやっても良いぞ? その男、写輪眼のカカシと言ったか…、お前なら倒せるんじゃないのか?」
「お前にそんな心配して貰う必要はないよ。それにまあ、如きとはよく言ってくれたもんだね。お前こそたかが親衛隊の分際でさ」
リイチもすでにクナイを手にしている。
「同じ里の仲間にクナイを向けるか?リイチ」
「同じ里の仲間が間違った事をしようとしてるんだ。それを止めるのが正しい行いってもんだろうが」
「ふん、愚かな事だ…」
「……っ、どっちがっ!」
カカシと久地、リイチと益永がイルカを挟んで対峙する。カツラは二人から多少後退したところで戦況を見守っていた。 隙あらばイルカを奪還するつもりだった。しかし敵の二人もそれは分っているのだろう、十分にイルカを盾として使うつもりのようだ。 リイチはなおも思いとどまらせようと説得を試みる。
「もう今回のことはこいつが木の葉にも知らせている。悪くすると木の葉との全面戦争だぞ。長はそんな事は望まれていないはずだ。 発覚する前ならいざ知らず、こうなってはお前らも長から見捨てられるのは必至。しかしここで大人しく手を引くなら、 多少の情状酌量はあるはずだ。俺も口添えしてやる」
「そんな事はわかっているさ。俺たちが何の用意もしてないと思うのか?俺たちの後ろ盾は長じゃない。もっと有力な相手を捕まえているのさ、リイチ」

それは里への裏切りに他ならない。
「まさか…、長も騙して…?」
「長が血継限界のような能力者を求めていたのは本当だ。今回うみのイルカを欲したのも、確かに長の意志に違いない。 ただ通常であれば、こんな事はなさらなかっただろうがな…」
リイチと益永の会話にカカシが割り込んだ。
「つまり、アンタらは自分とこの里長にもイルカと同じ術を掛けたってわけ?」
「な…、なんだとっ!?」
カカシのセリフに、リイチとカツラは酷い衝撃を受けた。
「能力者に対する強い執着はあっても、本来ならこんな形で奪おうとは思わなかった。しかし術に掛けられたことで
禁忌に対する戒めの気持ちがなくなり、長は望むままに執着する相手を欲してこんな誘拐劇が起こったわけだよね」
つまり長は傀儡。黒幕に見せかけていただけで、本当の黒幕は別にいると言うことか。その事実にリイチはほう…と息を吐いた。 長が過ちを犯したわけではないと知って安心したのだ。
「ま、いいよ。黒幕が誰かなんて。俺はイルカが無事に戻ってくればね」
今は、それだけで。イルカにした理不尽な仕打ちを倍返しするのは、イルカをこの手に取り戻した後で十分。
写輪眼はすでに全開モードだ。こんな雑魚にわざわざとも思うが、イルカを傷付けた相手をカカシは許すつもりはなかった。 殺しはしないが、死んだ方がマシだと思わせてやるつもりだった。

益永とリイチにほんの一瞬気を取られた隙に、久地はカカシの術に嵌った。ビクリと身体を震わせて一瞬硬直した後、 久地はどうっと地に倒れた。
ヒクヒクと痙攣を何度か繰り返し、その表情は苦悶に彩られている。
何が起こったのか、恐らく知る間もなかっただろう。益永はカカシの左目に視線を奪われた。
「写輪眼……」
血のように紅いその凶眼の話は、当然益永も知っていた。
「これで一匹お終い。アンタもすぐに後悔させてあげーるよ」
カカシのヒヤリとする殺気に、益永が思わず後退する。その自らの行為に、益永は小さく舌打ちするのだった。
いくら相手が木の葉のコピー忍者だろうが、血継限界の能力に頼る忍びに怖じ気づくなど…。
チラリと倒れたままの久地に視線をやる。例え死のうが気にはならない。どのみち能力を利用する為に仲間に引き込んだだけの男だ。 ただ血継限界の効果がどうなるのかだけは気になったが。
カカシのクナイがその一瞬に益永を襲う。それを間一髪で避けて逆襲する。狭い部屋の中でのこと。お互い自由に動き回れるはずもない。 狭い中で上手く空間を使いカカシが益永の背後を取ったのは、二人が打ち合ってすぐのことだった。

「まあ、お前がカカシより速いわけないもんな」
喉元にクナイを突きつけられたまま益永は動けなかった。ほんの少しの抵抗でもこのクナイは簡単に
自分の命を散らすだろうと分っているのだ。
「アンタには色々聞きたい事があるからね。すぐに殺すような事はしない、安心しろ」
「………」
「まずはお前の後ろ盾を話して貰おうか、益永。長に傀儡の術を掛けろと言ったのは誰なんだ?」
長の術は久地に解術させるとしても、その黒幕が分らないとなっては天の里のこれからに大きく影響する。
忍びの里としては、これは致命傷になりうる。リイチとしても、このままでは済まされない。
何としても敵を割り出さなければ。
「益永、言うんだ。黒幕の正体と目的は何だ?お前、天の里を売るつもりだったのか?」
「言ったところで無駄だ…。何しろ俺は何も知らないんだからな」
「…どういうことだ?」
そんな遣り取りのさなか、うう…と呻いて久地が起きあがった。まだ身体が思うように動かせないようだ。
久地は立上がるとイルカの方に向かって手を掲げる。解術の為の、独特の印を切って術式を小さく呟いた。
「久地…?」
「幻術の一種だあよ。こいつにしか解術出来ないのはわかってたからね。写輪眼でちょっと…ね」
くそっ!と益永が唸った。やはり瞳術使いは油断がならない。目を合わせた時にはもう、術に掛かっているのだから。

「…う、カ、カカシさ…ん…」
「イルカさん!自分の意志が戻ったんですねっ!」
カツラが動けない二人に代わってイルカに駆け寄る。
「イルカさん、大丈夫ですか?」
「平気です、すみません。ご迷惑ばかりお掛けして…」
多少ふらふらするものの、イルカは自分に起こったことをちゃんと理解していた。意志を奪われていた時も周りの様子は見えていたし 聞こえていたのだ。
「カカシさん…」
だからカカシが自分の為にここまで来てくれたのも、ちゃんと知っている。
結局足手まといというか、それ以上に足を引っ張ってしまった。一応中忍としても訓練は受けているのに情けない。
「アンタは十分頑張りましたよ。うかうかとアンタを攫われた俺のが、アンタにずっと迷惑を掛けたんだから…」
「そんな…。俺が敵の誘いを見抜けなかったんです。カカシさんの足を引っ張ってしまって、俺は…」
お互いが自分のせいで、と後悔ばかりしているのは傍で見ている側には鬱陶しいだけだ。
「お前ら、そんな事は戻ってからいくらでも二人っきりでやってくれ。今はとにかく帰るのが先決。でもって、まず長に事の次第を伺う。 いいな?」
半ば呆れ気味のリイチの声に、二人ははっと状況を思い出すのだった。
「イルカさん、色々思うところはあるだろうけど、まずは長への報告が第一だ。その前に長の術も解かなきゃならないしもうしばらく こいつらの事、見逃してくれ。その後で償いは必ずさせるから」
真摯な目のリイチに返ってイルカは恐縮する。
「そんな…いいんです、リイチさん。俺も忍びにあるまじき迂闊さで自業自得みたいなものですから」
「何言ってんの。このままなあなあで済ませたら今後の木の葉と天の里の関係が対等でなくなるでショ。 ずっと罪悪感を抱えて生きてかなきゃいけなくなる。それはどっちにとっても良いことじゃない。 だからアンタは、きちんと相手から謝罪されるべきなんだよ」
そうだった。個人の問題じゃない。これは里同士の政治的な問題なんだ。
(そんな事も思いつかなかったなんて…。やっぱりカカシさんはすごい。俺とは立つ位置が違う人なんだ…)
天の里への派遣に当たって護衛を務めてくれはしたが、本来なら「写輪眼のカカシ」が一忍者の護衛など考えられない事なのだ。 大名クラスのVIPならばともかく。
「……カ、イルカ?どうかした?疲れた?」
「え、あ…。大丈夫です」
「無理はしないでね。気分が悪くなったら言うこと」

久地と益永は捕らえられ、里長に掛けられた術はようやく解かれた。
顛末は上層部と事件に関わった一部の忍びだけに知らされ、下層にまで伝わる事はなかった。カカシはその決定に激しく 不信感と不快感を表わしたが、それを宥めたのは事件の渦中に置かれたイルカだった。
「ちゃんと心からの謝罪はして頂きましたよ。長だって術に掛けられていたわけですから…」
「大体里長が、部下に操られるって事自体、どうかと思うけどね〜」
「でも…俺はここに来られて良かったと思います。こんな事でもなければ里を出るなんて叶わないでしょうし。それに……」
カカシさんと再び会えた。それだけでもう、お釣りが来る気がする。
「そういうところがイルカなんだろうけどね。ま、いいでショ。俺もここへの任務には感謝してるんだし」
「え?」
「全部に片が付いて…。本来の任務も終わったから、もう我慢しなくてもいいかな」
「カカシさん?何言ってるんですか?」
「はあ…。もう忘れた?あの事件が起こる前に、俺はちゃんとアンタに好きだって言ったでショ?」
あ、とイルカはあの時の事を思い出す。
「それでイルカも俺のことを好きでいてくれた、と。確かにそう聞いたけど、間違ってないよね?今更嘘でしたなんて言ったって 受け付けないよ」
今にも唇が触れそうな位置にカカシがいる。イルカは真っ赤になりながら「そんな事言いません…」と小さく呟いた。
「うん、それで合格」 にこりとカカシが笑う。
「じゃあ任務も無事とは言い難いけど終わったし、後はもう思う存分イチャイチャしようか」
恋愛経験の乏しいイルカは、その切り替えが中々出来ない。「え、えっ?」と慌てている間に、カカシはさっさとイルカの服を剥ぎ取り始めた。
「カ、カカシさん…っ、待って…」
「待ちませーん。俺はこれでもかなり我慢してたんですよ?大人しくしていた俺にご褒美ちょうだい?」
ご褒美ってなに?と口にする間もなく、しっとり濡れた唇がイルカに触れた。
ただ触れるだけの優しいキスじゃない。イルカは息苦しさを覚えて空気を求めて薄く口を開く。 それを見逃さず、カカシは熱い舌を差し込んだ。くちゅ…と舌が絡み合い、思う様口腔内を犯された。
「あ…、んぅ…っ」
「イルカ、気持ちいい?」
耳元でぞくりとするような声が囁いた。欲望を孕んだ男の声。
カカシのものになるのだと、ようやくイルカは実感した。そしてこの男が自分のものになるのだと。 指先がイルカの敏感な部分を探し出して快楽を引き出そうとしている。その感覚に翻弄されて知らぬ間に嬌声を上げていた。
「エロい声…。ね、気持ちいいって言ってよ」
「や…、あぁ…ん、だめ…っ」
「ダメじゃないでショ。言ってくれなきゃこのままだよ?ねえ、ここをこんなにしてるんだもん、いいんでしょう?」
濡れた下肢を緩く揉まれて、じんわりと熱が溜まっていく。けれども刺激と言うほどのものには至らなくて吐き出されるはずの熱が 出口を求めて身体中を駆けめぐっている感じだ。
「あっ、あっ…。んん、イィ……カカシ、さ…」
「あー、いいね。もっと呼んで、俺の名前」
「カカシさん…カカシさ…ん、カ…シさ…っ」
「ごめん、イルカ。ちょっと辛いかも知れないけど、許してね。俺もう…」
ぐっと広げさせられた足の、最奥に灼熱を感じてイルカは全身を快楽に委ねた。