機械仕掛けの鼓動 10


結局何度イかされたのか。途中からはもう何も覚えていない。
一度意識を手放したイルカを、カカシが湯船に運んだのは覚えている。お湯の気持ちよさに目を開けると
カカシに寄りかかるようにして湯に浸かっていた。
そこでもう一悶着あって、お風呂で致されてしまって、さらにベッドに運ばれてもう一度。
カカシの精力は底なしか、と思うイルカだった。
「あ、おはようイルカさん。目が覚めた?」
すぐ近くで人の声がしたのでイルカは驚いて起きあがろうとした。
「あ、いい、いい!起きなくていいから!ほら、無理しないで寝てなよ」
上体を起こしかけたイルカを慌ててリイチが制した。実際イルカの身体はがたがただったのでリイチの言葉に甘える事にした。 それでも天の里の上忍相手に、とんでもない失態だと内心自分を責めていた。
「そんな情けない顔しなくていいから。何もかもカカシのせいだってわかってるからさ!それにしてもイルカさんも無茶でしょうが。 昨夜あんなに頑張ってたんだから腰が抜けてるでしょ?」
にこやかにリイチがイルカを追い詰める。
「は…、え…?」
「カカシの奴、あれで結構しつこいだろ?」
…しつこいって。昨夜の頑張りって、なんで…?
「ちょっとリーチ、変なこと言わないでよね。イルカが困ってるでショ」
声音は怒っていたが、表情がそれを裏切っていた。どうやらすっかり昨夜のことはリイチにばれているらしい。 そしてカカシも、そうなるだろうと思っていたらしい。
「………カカシさん…っ!!」

その日一日イルカはふて寝を決め込んで、カカシが謝りながら叩くドアを開けることはなかった。



平謝りのリイチとカカシに、ようやくイルカの機嫌も修まった。
惚れた弱みというか、どうにもカカシのやることに強く出られない自分を感じつつ、それでもついつい許してしまう。 これじゃイカンと思うのだが、カカシに至近距離で「ごめんね?」なんて言われたら、もうハートを鷲掴みだ。
(…って、アホか、俺…)

天の里での滞在も、もう一週間になる。怪我自体は軽傷で、天の里の医療班を担ぎ出すまでもなく一日で治った。
事後処理に慌ただしくする中で、イルカを引き留めたのは里長自身だった。
「益永が後ろ盾を把握していないというのは、どうやら本当のようだ。女が一人、見え隠れしておる。
恐らくその女が連絡役だったに違いない。しかし…益永が捕まったと同時に姿を消しているのだ」
その後の調べで分ったことをイルカとカカシに報告するのが天の里の義務だとして、里長自らがそれに当たった。
里長とご意見番の二人、それにリイチとカカシとイルカが部屋に揃った。
「私もその女性には会っていません。術に掛かっている間でもいいから、せめて一目顔を見ていれば…」
「どっちにしたって、ここまで内部に入り込むほどの奴なら顔を変える事なんか造作もないこと。
イルカが顔を見てたってあんまり意味はないでショ。それよりその女と益永はどこで知り合ったって言ってるんです?」
うむ、と里長が顔を顰めた。
「覚えておらんらしい。記憶があやふやだと言っておった」
「幻術ですか?記憶操作?」
「それもまた、難しいことじゃないな。益永が与えた住処もとっくにもぬけの殻だったし。
女狐め、よくもまあ我らの里を引っかき回してくれたもんだ」
「とりあえず探索の手は緩めない。しかし、このままでは上手く行方をくらまされるのがオチであろうな」
建設的な、とは言えない報告の山だった。里の内部で暗躍していた女の正体はおろか、行方すら掴めないとは。
「砂の可能性はどのくらいと考えてます?」
「まあ、半々だろうと思っておる。所詮同盟だの何だのと言っても、口約束に過ぎん。あの里がよからぬ野望を内包しておれば、 いずれもっと大胆に内部を探る輩も出てこよう」
それを大人しく待っている必要はないが、今回のことに限って言えば証拠は何もない。腹を探ろうにも手が打てないのが現状だった。
「今回のことは木の葉にとっても他人事ではありませんからね。帰り次第火影様とも協議の場を持ちます。 手遅れにならないうちに何とかしないといけませんから」
「よろしく頼む、はたけ殿」

そうしてその翌日、二人は木の葉に向けて天の里を出立した。
行きとは違い、天の里の精鋭がお供の道中だ。もちろんリイチも一緒である。
「行きと違って帰りは悠々だねえ。まあ、こいつらもそれなりにデキる奴らだから、安心してねイルカさん」
天の里の特殊部隊に所属する三人を捕まえて、それなりと言って憚らないリイチも相当なたまである。
「それなりってなんだよ、リイチ。お前よりは俺らのがましだぜ、なあ?」
「そうそう、親衛隊なんかでのほほんとしてるから、お前腕が鈍ったんじゃねえの?」
所属は違っても仲はいいらしく、軽口を叩きあっている。そんな彼らを見るイルカの表情も柔らかい。
今回の任務でイルカが心に傷を負ったのではと危惧していたカカシも、そんなイルカに安心するのだった。





しかし六人の男ばかりの旅は、決して順調とまでは言えなかった。
三人はやたらと個性のある忍びだった。そして何よりリイチと似た…つまり面白いモノ好きで好奇心旺盛なタイプだったのだ。 ついでにいうならスキンシップが好きなのも一緒。
最初は三人でああだこうだとじゃれ合っていたのが、やがてリイチを巻き込んで、それがイルカにまで及ぶようになると 今度はカカシが黙っているはずがなかった。
結局大所帯には大所帯なりの苦労が付きまとうという事を悟る事になる。

「ところで来る時はイルカちゃんが女体変化してたって聞いたけど、それ本当?」
一通り騒いだ後、ポツリと蒼樹が聞いた。
「えっ!そんなこと、どこで…っ」
知ってるのは三人だけなんだから、知ってるとすれば出所は知れている。チラリと責めるようにリイチを見るイルカに、 リイチはごめんと手を合わせて謝った。
「昨夜酒の席で聞いたんだよ〜。ねえねえイルカちゃん、ちょっと見せてよ。俺たちにもさあ」
冗談じゃない。誰が好きこのんでそんなみっともない姿…。
「そんな必要ないでしょう?もう正体隠している必要もないんだし」
「でも相変わらず、イルカさんは狙われてるんだろ?大変だねえ、特殊能力者ってのも」
ちょっとおっとりした物言いをするのは棋理也。蒼樹より三歳ほど若い、小柄な男だ。
「……はあ」
あんまり大変そうでない声と物言いで、そんなこと言われてもどうもイマイチ説得力に欠ける。
「ねー、ちょっとだけ!俺らにも可愛いイルカちゃんを見せてよ。ね?」
「蒼樹、うるさいよ?イルカさんが困ってるだろ?てゆーか、俺は後ろのはたけ上忍の殺気をものともせずにそう言い続ける お前を凄いと思うけどな、正直…」
最初、三人がどれだけじゃれ合おうとも我関せずだったカカシだが、三人の標的がイルカに移ったとたん
ピキリと不機嫌になり、それは下降を辿る一途だった。
「全くだ。こっちにまで要らぬとばっちりが来そうで怖い」
三人目は唯衣という名の大男だ。小柄な棋理也とならぶと大人と子供のようだ。
「それより、ここからちょっと遠回りになるけど篠との国境近くの大きな街、あるだろう?あそこまで足を伸ばしてみないか? どうせ俺たちなら、そう時間も掛からないから」
「なんで?」
「何とか言う姫君の輿入れがあるって噂で持ちきり」
「なんだよ、そりゃ。何とかって」
「篠の大名家の姫君だろう。確か恭那姫って言ったか…。それが雫の大名家に嫁ぐらしい。まあ、大名家の婚姻なんか政略の道具か 人質以外の何物でもないけどね」
それをわざわざ見物に行こうと言うのだ。カカシでなくとも溜息を吐きたくなる。確かに任務は終わったが、これから木の葉まで 無事に帰り着かなければならない。そもそも敵の狙いは天の里行きを阻止ではなく、外に出たイルカの奪還なのだ。 つまり、未だイルカは狙われるだけの理由があるのだ。気楽に見物なんかしている暇はない。
「何考えてんの?そんなとこによる暇があったら、さっさと木の葉に向かいたいんだけどね、俺たちは」
カカシの声が妙に冷ややかに聞こえる。この声は怒ってるなあとイルカは内心首を竦めた。


「例の黒幕の女の情報なんかも集めときたいんだよね〜。だから行こうよ〜」
女の情報は確かに欲しいところだが、婚礼の見物に行ったからって情報にぶつかるとは限らない。むしろ「そんなはずはなかろう」 と思う方が当たり前だろう。
「お前はただ見たいだけだろう?恭那姫と言えば美姫で有名だからな」
「そうそう、そんな噂も聞いた。だけどな〜、これは知らねえだろ?そのお姫さんの教育係をしてきた側仕えの女が、 この大事な時期にしばらく行方が知れなかったらしい。なのに大名家は特に騒ぎ立てもせずようやく戻ってきたのは10日ほど前。 それで何事もなく元の地位に返り咲いた、と」
蒼樹が得意げにその情報を披露する。
女という事としばらく行方をくらましていたというだけでは、黒幕として暗躍した女と同一と言うには弱い。けれども時期としては合う。 奇妙なほどに。
「…女の顔を誰も知らないというのが口惜しいな。もし知っていれば本人かどうか見分けも付いただろうに」
「けど、そういう事情ならとりあえず行ってみるというのも有りかな〜?どう思う、イルカさん」
「……どうして俺にふるんですか」
「そりゃあ、こん中で一番優先させたい人の意見から、ね?」
「棋理也の言うとおり。イルカちゃんの意見が最優先だよんv」
イルカにまとわりつく天の里の忍びを、カカシが無言で矧がしていく。
「おいおいおい〜、横暴でしょうが、カカシー!ちょっとくらいイルカちゃんと話させてよ〜」
「アンタは話すだけで済まないでしょうがっ!とっととその手をイルカから退けろ」
木の葉と天の、交流というには幾分ギスギスしたやり取りを横目で見つつ、リイチは先程の蒼樹の情報に調べてみる 価値はあるとの結論を下した。今はどんな些細な情報も漏らしたくない。
「行ってみよう。今はどんな情報でも欲しいところだ。ただしこれは俺たち天の里の問題だからカカシ、 お前達が無理に同道する必要はない。その場合は棋理也に護衛を任せて俺たちは、別行動になるが…」
木の葉に関係がないとまでは言わない。今回たまたま狙われたのが天の里だっただけのこと。 それはいつか木の葉に向かって牙を剥くかもしれないから。しかし、現段階で言えば天の里内だけの問題でもある。 木の葉まで巻き込むことは躊躇われる。
となれば、別行動を取るしかない。
元々イルカとカカシの護衛として里を出てきたのだから、本当なら勝手な行動と言われても仕方ないが。 里長にまでその手が及んだことを考えると、リイチの行動も納得いく。
「ん〜、そう言われるとねえ」
「カカシさん、俺たちもご一緒しましょう。その女の情報は木の葉にもいずれ必要になってくると思います。 となれば、どんなことでもいいから俺もこの目で見ておきたい。たとえ今回は空振りに終わったとしても先々でどのように情報に価値が 出るか分りません。里を出る事なんて、きっとこの後もうないでしょうし俺は出来るだけ色々見て回りたいくらいです」
イルカにそう言われてはカカシに否やはない。天の里の三人組もその言葉を喜んだ。
「よっし!じゃあみんなでその街に繰り出そうぜ!」
わくわくした声で蒼樹が叫ぶ。
((((……ガキ))))
一行は方向を少しだけ転換して、国境付近の街まで足を伸ばすことになった。



「ところでなあ…」
徐ろに蒼樹が口を開いた。今度は何だとばかりに五人の目が一斉にこの男に集中する。
そんな視線にびくともせずに、蒼樹は続けた。
「その内偵する相手は姫君のお付きの女だろう?て事は、俺たちじゃあ探るのに不便ってもんだ。そうじゃないか?」
それはまあそうだけど。そんなのは今更だろう。過去にだっていくらでもそんな例はある。
「でな、ここはひとつイルカちゃんにだな…」
そこまでで、この男が何を言い出そうとしているかは全員の知るところとなった。
(((まったく……)))
「ごめん被ります」
「えええ…っ!何で?イルカちゃんっ!?どう考えたって女の方が近付きやすいでしょうが」
「だからって、それが俺である必要は全くないでしょう?蒼樹さんだっていいし、棋理也さんだって
構わないはずです。いっそカカシさんやリイチさんに頼んでみては?」
それはさぞや綺麗どころになるだろう。返って悪目立ちするくらい。
「却下」
「俺も」
カカシとリイチの声が重なる。それに蒼樹はうんうんと力強く肯いて見せた。
「こいつらより絶対イルカちゃんのが良い!内偵は自然に目立たず流れに乗るのが大事でしょう。 イルカちゃんに打って付け!ねえねえねえ、イルカちゃ〜ん!お願い!」
確かにカカシやリイチを送り込むよりはイルカの方が目立たないという点ではそうだろう。
「だけど、俺、そういうのはやったことないし…」
イルカはずっと里の内勤しかしてこなかった。任務に就いていたのは、遙か昔の話だ。いかにも経験不足で、 上手く潜り込めたとしても内偵自体をきちんと務められるか心配なのだ。
「そぉんなの大丈夫だって!イルカちゃんに不可能はない!」
(((バカだ、こいつ……)))
「だったらお前がイルカさんのフォローにつけば?お前だったら内偵なんか何度も経験してるし簡単なもんだろ?」
「……え?ええ?お、俺…っ!?」
棋理也の提案はまさに当を得た意見だった。
「ああ、いいかもな、それ。お前イルカさんに付き合えよ。自分の提案だし、責任持て」
唯衣もそれに同意を示した。リイチはそれもいいかもと思ったが、問題はカカシだ。
おどろおどろしい気配が先程から徐々に迫ってきている。
「あ〜〜…、カカシ…?」
「………ま、いいでショ」
「「「えええっ!!!」」」
「何よ、アンタら。うるさいよ?」
「だってカカシ!お前がまさか駄々もこねずに了承するとは…」
うっかり本音を零すリイチにカカシは冷たい視線を送る。
「お前が何を考えてるか、よ〜っく分ったよ、リーチ」
「ははは…」
「だけどやっぱり驚きですよ、はたけ上忍がすんなりOK出すなんて」