機械仕掛けの鼓動 11


「まあ、蒼樹の言うことにも一理あるってくらいは分るしね。それに実際イルカ本人が目で見て確かめた方が良いことだって多いだろうからね〜。ここは大人になりまショ」
言うことは立派だがどこか納得し切れていない人物がリイチの他に一人。
「カカシさん…、楽しんでませんよね?」
「当たり前でショ!イルカに危険が及びそうなら許可なんか出さな〜いよ」
(((嘘だ…。絶対楽しんでるっ!)))
だがしかし、実際危険なことはないだろうと踏んだのは確かなのだ。いくらカカシでも大事なイルカを危険の中に飛び込ませるなんて絶対するわけがない。イルカは小さく溜息を吐くと分りました、と承諾を口にするのだった。ここで自分だけが我儘を言っても仕方がない。
それよりも自分に出来ることをしようと、前向きに考えた結果だ。蒼樹は喜色満面でイルカに抱きついた。
「ようしっ!イルカちゃん、頑張ろうぜ!!」
「ひゃっ…!あのっそ、蒼樹さんっ、ちょっと…っ」
イルカは何とか腕から逃れようとするが、びくともしない。巫山戯た性格でもさすが上忍と言うべきか。
「はいはいはい、そこまで〜。これ以上イルカに触ったままなら、死ぬことになーるよ?」
カカシが引きつった微笑みを張り付かせたまま二人を引き離す。
そんなやり取りを脱力しながら眺める忍びが三人ほど。

とにもかくにも、そうして彼らの次の行動が決まった。女体変化で再び女性に変化したイルカと蒼樹は宿で着替えると早速、お輿入れの姫君一行に近付く為の算段に入った。
「どうやら下働きを何人か雇い入れるらしい。それに入れれば願ったりだ。内偵も楽になる」
「だったら簡単だね。幻術で面接官をちょっと弄ってやればいいわけだ」
「もし側仕えの女が益永を操ってた女と同一人物なら、そんな細工いっぺんでばれるぞ?」
「それならそれでいいさ。その女がどういう態度を取るかも、正体を探る助けになる」
「蒼樹、イルカ、頼むぞ」
木の葉に送っていく任務を途中で凍結してまで、内偵をするのだ。それなりの結果は欲しい。それ以上に、イルカの安全にも気を配る必要がある。蒼樹の肩にはかなり重大なプレッシャーがのし掛かっている。
「任しときなって!可愛いイルカちゃんと一緒なら、任務にも張り合いがあるってもんだぜ」
「………ははは」
(こいつにプレッシャーなんて言葉はインプットされてねえよな…)

一方カカシ達は、イルカや蒼樹に全てを任せてのほほんとしていたわけではない。
街のあちこちで輿入れの姫君やその共の者についての噂から、国の内情まで様々な情報を集めていた。うわさ話はどこの国でも最初は女達の娯楽である。街でその類の話を聞きたければ、女性が多く集まる場所に行けば大概のことは分るのだ。
「へえ、じゃあここに来て急に何人もいなくなったりしたわけ?」
「そうらしいのよねえ〜。それまでも何人かは急な体調不良で元々人数が足りなかったらしいの。
それがこの街に来て急にバタバタとやめちゃったり、ね。なんだか婚礼の行列なのに、ちょっと不吉な感じよねえ」
「やめちゃったのかあ〜。でも婚礼のお付きなんだから、選ばれた人って感じなのに変だねー。
普通女の人ってこういうの好きそうじゃないの?」
棋理也が話し相手に選んだのは甘味処の女将さん。男が一人ではいるのはちょっと気後れする場所に棋理也は堂々と入っていって、あっという間にそこの女将さんや客としてそこに居た女の子とお喋りを始めた。
「そうそう!私だったら絶対止めたりしないわ〜。お姫様をお側で見るチャンスじゃない!」
「綺麗でしょうね〜、だから私も今度の募集に応募しようかなと思ってるのよー。下働きでもお姫様を見るチャンスがあるかもだもんねー」
「アンタらが下働きなんか務まるのかねえ?ま、若い内になんでも体験しておくのはいいかもしれないけど」
「やあね、大丈夫よ女将さん。そんな大変じゃないって噂だしね」
「噂ねえ…。けど、噂でいいなら、あたしも変なのを聞いてるよ」
女将のその言葉に棋理也の目が光る。
「変な噂ってなんなの?お姫様の行列に変な噂ってのも気になるねー」
「それがねえ…」




「死んだって?お付きの女がか!?」
甘味処から出てカカシ達と合流した棋理也が聞き込んできた噂とはそういうものだった。
「それは認めてないんだけどね、姫君側は。死体はお付きの女じゃないと言い張ってるんだって。こちらの警備方もそう言い張られてはどうしようもなくて、今のところ身元不明の死体として処理してるらしい」
「死因は?」
「それがなんと衰弱死だって。どう思うよ、これ」
居なくなったのは大勢いたはず。その死体が姫君付きの女だったなら、他の人はどうなったのか?
「死体は今のところ、ひとつだけ、か…。見つかってないだけか、本当に死体にはならなかったのか」
考え込むようにリイチが呟く。それに視線を走らせながらカカシが応えた。
「ひとつだけなんて、あからさまに不自然でショ。
運悪く見つかったってだけで、何処かで他の奴らも死んでると思うけど」
「衰弱死ってのが気になるな」
「そんな風になる毒だってあるでショ。調べてみないと分らないけどね、これは恐らく毒殺の準備の一環だと思うね」
「あ!そうか!姫君の暗殺!」
分ったとばかりに棋理也が叫ぶ。声が大きいよ、と一応窘めながらカカシは肯いた。
「一緒くたに考えるから分けが分らなくなる。益永を操った女と行方をくらましてた側仕えの女を同一人物だと考えなければ、恐ろしく単純な構図が見えてくるでしょうが」
「姫君の暗殺…。なるほどな」
「よし、蒼樹に連絡する。こうなったら何としても下働きに採用して貰わないと」
成り行きには違いないが、知ってしまった以上知らんぷりも出来ない。イルカだって知れば絶対助けようとするだろう。
「問題はどこの思惑が働いているか、だな。何処かの里が絡んでいれば話がややこしくなるが…」
「どうだろうな、それは。単なるお家騒動の余波のようにも思えるが」
滅多に軽口を叩かない唯衣の言だけに、その可能性が高く感じる。実際他国に輿入れする姫君を亡き者にしても、何処かの里に利益があるとは思えない。単なる依頼任務である方が納得がいく。
「毒薬、か。確か滝隠れが所持していた特殊な毒薬があったな。あれ、どういう症状が出るかイルカさんに聞いてるか、カカシ?」
「聞いてないけど…。そう言えば、あの時の襲撃の際にそんなもん持ってたね、アイツラ」
もしも、その毒が衰弱死に見えるようなものだったなら、この騒動に滝隠れが絡んでいる事になる。
「でも忍び相手の毒に、そんなもん持ち出すかな?毒ってだけでは判断材料にならないし」
「そうだな。ま、予断は禁物ってことで。イルカさんや蒼樹の連絡待ちだな」



さて、こちらはと言うと。
面接場所には、十人ほどの年頃の娘が集まっていた。下は十五、六から上は三十路まで様々だ。どの娘も期待に胸を膨らませているのが分る。
彼女たちは例え下働きだろうと、姫君の傍で働くことに夢を見ているのだ。日常からかけ離れた、新たな日常。その夢を奪うのは心苦しいが、こちらも遊びではない。
ざわざわしているその部屋に、五人の男女が入ってきた。そのとたん、ピタリとお喋りが止まった。
(あの右から二番目の女な、姫君の側仕えの代表の女だぜ。それから一番左の男、恭那姫の父親の側近中の側近、高幡の娘婿だ。かなりやり手だって噂。ここまで付いてきてたとは驚きだな)
あれが…と顔と名前を覚えながら、蒼樹の博識にも驚嘆するイルカだった。
「さすがによくご存じですね、蒼樹さん」
「そりゃあまあ、あちこち行ってるからね!情報が集まる場所ってのは、ちゃんとあるんだよ」
「へえ、そうなんですか?一体どこに…?」
「……それは、イルカちゃんにはあんまり関係ない場所ってゆーか…」
「はあ?関係ないなんて、どうしてわかるんです?一応情報が集まる場所には気を付けてるつもりですが…」
「いや、だから、ね。えーと、つまり…」
そのやり取りで、なんとなくイルカには蒼樹の言う場所の見当が付いた。
「ああ、へえ、ふうん。そうですか…」
突然冷たくなった対応に蒼樹が焦る。
「え?ええ、ねえ、イルカちゃん?なになに?なんで急に冷たいの?ねえってば」
「蒼樹さん、もう話が始まりますから黙ってて下さい」
「……は〜い…」

「今日はよく集まってくれた。我らが求めているのは、姫君の側仕えではなく下働きの女中だ。いろいろと思惑はあるだろうし、期待もあるだろうが、思うほど楽しいものではないし仕事量としては大変な方だと思う。まずそれを頭に入れておいて貰いたい」
そんな風に男の話は始まった。単に好奇心だけで務まるものではないということを、くどいくらいに繰り返す。それでも町の娘達の心は、姫君というブランドから離れることはなかった。
「何人選ばれるんだっけ?」
「三人と最初に言ってたでしょう、聞いてなかったんですか?」
「んじゃ俺とイルカちゃんの他に、もう一人誰か選ばれるって事だな。うーん、ちょっと邪魔っていうか…」
「俺じゃなくて、私っていって下さい、蒼樹さん。三人目は仕方ありませんよ、向こうが決める事ですから」
「ん〜、じゃあどのこが良い、イルカちゃんは?」
「そうですね、出しゃばらなくて誠実そうな感じの娘がいれば、その娘にしましょう。こちらの行動にヘタに首を突っ込まれては困りますし」
面接官の受け答えを聞きながら、イルカたちは三人目を物色した。


「ただいま〜」
意気揚々、という表現がピッタリ来る顔で蒼樹とイルカが戻ってきた。どうやら無事選ばれたようだ。
「ま、幻術と暗示で面接官をあっさりと言うがままに出来たからさ。簡単なもんだったぜ」
一息吐いたところで、カカシたちが聞き込んできた話をイルカと蒼樹にも話して聞かせる。
「なるほど、確かに有り得るな。しかしそうなると、ちょっと余計な寄り道だったかな?」
益永を操っていた女の情報が手に入るかと思ったら、勘違いの可能性も出てきたと知って蒼樹は少々落胆する。
「お前が見に行こう何て言うからこうなったんだろうが」
棋理也が呆れながら口を開く。
「あの襲撃の時の毒は、衰弱死に見えるような効果はありません。でも滝隠れの毒にそういうのがないわけでもありませんから何とも言えませんね。その死体を改められれば、多少分る事もあると思いますが…」
術を使えば死体の検分だろうが何だろうが、容易くできるのは分っている。
「じゃあ後で俺と一緒に行きましょう。とりあえずどんな事でも情報は手に入れておくべきでショ」
「そうですね。じゃあすみませんが…」
「ちっとも済まなくなんてな〜いよ?余計なお邪魔虫のいない二人っきりのデートだもんね」
カカシの軽口にイルカはほんのりと頬を染める。
「ええ?二人っきりで…モゴモゴ」
言わなくて良い一言を言おうとした蒼樹の口を慌てて塞いで、リイチは二人をたたき出した。
「さっさと行ってこい。当分帰ってこなくて良いぞ」
それにカカシは手を振って応えた。変化を解いたイルカと、逆に変化したカカシが警備方の詰め所に向かうのをやれやれという気持ちでリイチは見送るのだった。

「そうですねえ…、確かに単なるお家騒動と言う方がしっくりきますね。そうなると結局益永さんを動かしていた女の正体とか、黒幕とかについては何も分らないままで終わってしまいますけど」
詰め所に向かいがてら、今回の事を振り返ってみた。
「まあねー。でも一旦は終わった事だし、リイチ達には悪いけどこれ以上ややこしい事に巻き込まれたくはないって感じ?アンタと一緒に無事に木の葉に帰るのが今の俺の最大の目的なわけだしね」
ぼやくように言うカカシに思わず笑いが零れる。
「姫君は助けてあげたいですね。せっかくの輿入れなんですから」
「どうせ政略結婚なんでショ?身分があるっていうのも大変だーね」
俺は忍びで良かった、とカカシは呟く。それに応えながらも、イルカは別の事を考えていた。
忍びだって、なにもかもから自由でなんて居られない。イルカはこの特異な能力故に様々な制約が付きまとう生活を余儀なくされた。カカシは…カカシほどの優秀な忍びなら、その遺伝子を欲しがる者も後を絶たないだろう。
いつかは里の命令で、そういう事態に巻き込まれるかも知れない。
(その時俺はどうするだろうか?この人を離す事を承諾出来るだろうか?それにカカシさんも…)
「イルカ、どうかした?」
カカシの声にはっとする。詰め所はもう目の前だった。
「なんでも…」
「変な事考えてたんでショ?アンタのことなら何でもわかるつもりだからね」
安心してと言うようにカカシがイルカの手を掴む。ただそれだけの事なのに、イルカはふわっと心が軽くなるのを感じた。
「はい…」
「こんな事さっさと片付けて、里に帰りましょう。アンタが変な事考える暇なんかないようにね」

その角を曲がればもう詰め所まですぐそこというところで、ドンとなにかがイルカにぶつかってきた。うっかり気を抜いていたイルカは蹌踉けそうになる。それをカカシの腕が後ろから支えた。
「大丈夫?」
「は、はい…。すみません、俺…」
ごめんなさいという小さな声がイルカの意識を目の前に戻した。小柄な少女が申し訳なさそうにイルカを見上げていた。
「急いでいたので…申し訳ありませんでした」
ぺこりとお辞儀をしてから、少女はその言葉通り急ぎ足でその場を立ち去った。顔を隠すようにかぶり物をしていたので、チラリとしか見ていないが確かに何処かで見た顔だ。どこだっただろう?質素な風を装っていたけど、本来ならもっと…と考えたところではっと後ろを振り返る。
「イルカ?」
「今の…姫君です。あの少女の顔は…」
「え?はあ…?」
何を言ってるの?と目で問うカカシに、今すれ違った少女の顔が以前写真で見た事のある姫君と同じだったと説明する。写真に写った姫は、今よりもう少し幼い年頃ではあったが。
「どういう事?姫君のお忍びって感じでもなさそうだったし…。本人?それとも…」
「何か別の思惑が同時に動いているみたいですね。とにかくあの少女を追いかけないと」
わかった、と肯いてカカシは忍犬を口寄せした。自分たちは死体の検分をしなければならない。イルカと別行動をする気になれないのなら、追跡は任せた方が良い。
「なにも忍犬まで使わなくても…」
別行動すればいいのにと思うのだが、カカシはどこ吹く風で呼び出した忍犬に指示を出していた。
警備隊の詰め所に訪れた二人は、そこに詰める隊員に軽い暗示を与えて死体を見せて貰うのに成功した。隔離された場所に置かれたその死体をじっくりと調べてみると、やはり死因は毒のようだと分った。
「この目の白い部分が黄色がかってるでしょう?これは滝隠れのある毒の特徴です。ダチュラという植物から取れる毒を加工して作るらしいんですが、詳しい事はさすがに…」
「ふうん…。メインの毒草の種類が分ってるんなら解毒剤も作れる?」
「ダチュラに対してなら木の葉にもありますよ。でも、滝隠れのものは、加工の段階でいくつかの毒を混ぜてあるんです。それらの元が何なのかわからないと、完璧な解毒にはなりませんね」
「どっちにしても滝隠れの毒が使われてるわけね」
「雫の戦力が篠に流れるのをきらってるのかも知れません。婚姻はすなわち同盟と同じですから」
「逆も言える。隠れ里を持たない篠は、今までならどこの里にも気兼ねなく依頼できた。もちろん国同士の繋がりやらで依頼する内容に大きな隔たりもあっただろうけど、それが雨隠れに大きく傾く事になる」
たったひとつの婚姻、これだけその国も周りの国も影響を受けるなんて。その姫君に少しだけ同情を感じた。

「カカシ!あの少女の行き先を突き止めたぞ!」
先程追跡を命じた忍犬が戻ってきた。どうやら小綺麗な旅篭に入っていったらしい。そこで誰かと待ち合わせているのだろうか?戻ってリイチたちと相談する必要はなさそうだ。ここは自分たちだけで十分だろう。どちらともなく肯くとふたりはその旅篭に向かった。