機械仕掛けの鼓動 4


「怒ってないなら…なんで?」
少しだけ希望の光が見えた様な気がして、カカシは答えを促す。
イルカが与えてくれたあの笑顔の意味を素直に受け止めても良いんだろうか?
「それは…」
「やあやあ、さっきはすごい勢いで歩いていったねえ、おふたりさん!」
気安げに話しかけながら、ひとりの男が二人の横にどっかりと座った。店の奥に向かって「俺にも団子ね」と声を掛けてから、 男はその人なつこそうな目を二人に向ける。
「さっきから見てたけど、なにか揉めてるの?そっちのお嬢さんは実に俺好みなんだけど、なんだったら俺がこいつを」
こいつ、とカカシを指しながら「追い払ってあげようか?」とにこりとイルカに笑いかけた。

イルカは呆気にとられて言葉が出ない。
お嬢さんって誰の事?もしかして、俺?あ、そういえば変化してたっけ…。
カカシはと言うと、思いっきり迷惑そうな顔で胡散臭い男を睨みつけていた。
「ちょっとアンタ、なんなの?邪魔しないでくれる?俺とこの人は仲良く道中を楽しんでるんだから」
「仲良く?そんな風には見えなかったなあ〜。なあ、お嬢さん、この男の事迷惑してんだろ?俺と一緒に来るなら追い払ってあげるよ〜?」
男はイルカにじりじりとにじり寄る。今にもその手を取りそうな勢いだ。カカシと男の間でバチバチと見えない火花が迸る。
「何勘違いしてるのか知らないけ〜どね。この人は俺の奥さんなの。アンタの方が迷惑なんだーよ」
がしっとイルカの肩を抱くようにして、男から引き離す。
「へ?奥さん?まさか〜…」
「そのまさかなんだって。なんだったらこの人に聞いてみたらいいでショ」
男はカカシとイルカを交互に見ながら「嘘だろう?」とイルカに向かって語りかけた。
「え、あの…。ほ、本当、です…」
かああと真っ赤になりながら、カカシの言葉を肯定する。
「なんてこった!なんでこんな可愛いお嬢さんが、こんな胡散臭い男のもんになってるわけ?世の中の損失だろう!」
大げさに嘆く男にぴくりとカカシの米神が引きつる。
「胡散臭いのはアンタの方でショ。いいからこんなの放っておいて、団子食べたら行きましょう」
「え、でも…」

「行くって何処へ?この峠を越えると篠の国。そこから進路を西に取ればやがて風の国だし、北に取れば雫の国、それを越えていくと雲の国…。 何かを何処かに届ける目的でもあったりして?」
人なつこそうな目をした気さくな男は、その雰囲気をガラリと変えて二人に別の顔を見せつけた。
「……っ!!」
ガタンと音を立ててイルカは腰掛けから立ち上がった。まさか、敵…?!
カカシも目をすうっと細めた。それだけで普通の人間なら金縛りにでもあったように身動き出来なくなる。
しかし男はどこといって痛痒は感じないかのように笑っている。
「何者だ…?」
低く唸るようなカカシの声が男に突き刺さる。
「何者だって?おいおい、カカシ。俺のことが分らないのか?」



「え…?って、お前…?」
男は大げさに溜息を吐いた。ほんっとに友達甲斐のない奴…とぼそりと呟く。
「え、え?お友達、なんですか?カカシさん…。あれ?」
どうも思っていたような相手ではないらしい。
「お前、俺のチャクラ読めよな〜。ほら、俺だよ俺。全く、いくら変化してるからって普通気が付くだろうが」
仮にも写輪眼のカカシがよ。
「…あ、リーチ、か?もしかして…」
「リイチ。勝手に延ばすな、人の名前を。何にしても久しぶりだな、カカシ」
ニヤリと笑うその顔は、どこかカカシの持つ雰囲気に似ていた。カカシはポリポリと後頭部を掻きながら、ばつの悪い顔でイルカに向き直った。
「すみません、こいつ俺の友人です。でも手の早いロクでもない男なんで、無視していいでーすよ」
いや、それはいくら何でも…。困った顔でイルカは男に小さく会釈する。
男はイルカに顔を寄せて、小さな声で囁いた。
「初めまして、イルカさん。天隠れの特殊部隊に在籍しておりますリイチと申します。里からの要請で、お二人をお迎えに参りました。 敵が潜んでいる可能性もありますので、もうしばらくこのままで。安全を確保しましたら私とこいつで里まで護衛致しますので」
「え…っ!天隠れの…!」
これから向かう隠れ里。木の葉の初代火影と遠戚にある里長を擁する友好国のひとつだ。
天隠れの特殊部隊は、ようするに木の葉で言う暗部だ。この男が変化の術で姿形を変えているのも、容姿を悟られないためだったのか。
「大丈夫です、心配しないで。俺が護りますから」
すっとイルカの手を取って、安心するようにこりと微笑みかけた。
…カカシが言っていた「手が早い」ってのは本当らしい。イルカはふうと息を吐いて手を外そうとしたのだが、 がっちりと両手で掴まれた手はびくともしない。
「あ、あの…」
とりあえず手は離して欲しいんですが…。
「ちょっと!いつまでイルカの手を掴んでんのさ!いい加減離しなさいよ、イルカも嫌がってるでショ!」
嫌がって…と言うのは言いすぎだけど、まあ困っているのは確かなので、ここは素直にカカシに同意しておく。
「カカシ、男の嫉妬は醜いぜ?」
「うるさーいよ」
「あ、大丈夫みたいだな。じゃあ行きましょうか?イルカさん」
「お前、俺の話聞いてる?」
「煩いのはお前の方!偵察に出してた俺の式が帰ってきた。周りにそれらしい敵は居ないようだぜ」
こんなところで襲われたら、関係ない人も巻き込んじゃいますよ。リイチはそう言うとイルカの腕を引っ張って店を出た。
「敵って…、そんな情報があるんですか?」
イルカも敵がいないか、ある程度は気を張っていたが当然カカシはイルカ以上に気を配っていたはずだ。 しかし今まで敵が近くにいる気配は感じられなかった。
「敵を引きつけていたカカシの影分身が壊れたのを機に、騙されたと知った敵が大急ぎで進路を変更した。 ま、予想の範囲内だと思いますが」
「どの方向に行ったんだ?」
影分身はそのまま行くと草隠れを擁する国にはいる進路を取っていたはずだ。騙されたと分ったら、どこが始点だったかを割り出し、 そこからどういう道を選んだかを調べる。時間のロスはあるが、確実だ。しかし今回の場合は、カカシ達の目的地は知られている。 どんなルートがあるかも予め割り出されているだろう。つまり途中を端折ろうと思えば出来るわけだ。

「篠と雫の国境」
「あ〜、そう来たか」
「敵もバカばっかじゃないって事だな」
このまま峠を越すと篠の国に行き着く。当然カカシたちはそのまま北上して雫にはいるつもりだった。
「どうする?このままじゃ敵の思うつぼだけど?」
「風にはいるか?」
「うーん、それはやめといた方が良いかな…。どうにも胡散臭い国だしな、あそこは。なに考えてんのか分からねえ」
敵がどのくらいいるのかも分らない以上、そのまま篠と雫の国境に向かうのは無謀だ。かと言って風の国に入るのも考えたい。 となると、別のルートか、でなければ…。
「天の里から派遣されたのってお前一人?」
「だけど。なんで?」
「だってもう一人いるなら陽動ができるでショ。アンタとそいつが俺とイルカ先生に変化したら、敵を二手に分けられる」
「ああ、そりゃいいかもな。でもイルカさんはうちのお客人だから、分かれるなら俺とイルカさん。お前はもうひとりとな」
「なに巫山戯た事言ってんの。俺とイルカ先生に決まってるでショ」
「同じ事やってたら敵が引っかからないかもしれないぜ?」
その後しばらく俺がお前がと二人でどっちがイルカと同行するか、バカらしい言い合いが続いたのだが。
「それで、もうお一人っているんですか?いないのなら言い合う必要もないと思いますけど」
イルカの言であっさり言い合いは終了した。
「派遣されたのって俺だけだし、どのみち無理な作戦だったな、カカシ」
そういう事は早く言いなさいよね、とぶつくさ文句を言えば、懐の狭い男はモテないぞとリイチに笑われた。 結局、元暗部と現特殊部隊の腕利きらしく、せこい目眩まし作戦をとるのも面倒と正面から行くことに落ち着いた。 イルカの安全を第一に考えていたカカシは、中々それに肯かなかったのだが、イルカ自身がそれで行こうと言い出したのだ。
「俺だって木の葉の忍びです。中忍だし戦場経験もありませんが、足手まといにだけはならないよう頑張りますから」
イルカにそう言われたらカカシも覚悟を決めるほかない。
絶対にイルカを護ると心に決めて、三人は篠の国から雫の国に向けて進路を取った。

峠を越えて入った篠の国の、街道沿いの街で宿を取った。
男二人と女一人の旅。他人から見ると、一体どんな関係なのかと首を捻らざるをえない組み合わせだ。
「ちょっとリーチ。お前子供に変化してよ。でないと絶対変でショ、この組み合わせ」
「なーんで俺が子供よ。お前がすれば?で、俺とイルカさんが夫婦ってことで!」
再び不毛な言い合いが始まりそうな雰囲気に、イルカが「だったら俺が…」と言いかけた。
「…え?そ、それは駄目!」
「そうです、イルカさん!絶対駄目です!!」
「え?どうして…?」
「「だって、そしたら俺とこいつが夫婦役って事になるじゃないですかっ!!」」
見事にハモった。
「じょ〜だんじゃアリマセン!気持ち悪いっ!!」
「そりゃこっちのセリフだっての!」

結局双方譲らず、傍目には奇妙な男女三人連れの道行きとなった。
とりあえずカカシとイルカが夫婦の役というのはそのままなので、部屋は二部屋。カカシにしてみれば、何も道連れにならなくても影から 護衛していればいいのにと思うのだが、リイチは「そんなのお前だけがいい目見るだけじゃん」と言いはなって譲らない。 それでお互い意地になっているのだ。
はあ…とイルカは、カカシの意外に子供っぽいところを発見出来た嬉しさと、これから先ずっとこの調子なのかという不安に溜息を吐くのだった。 尤もリイチはどこか楽しんでいる風を匂わせて、もしかしたらコレは態とだろうかとイルカは考えるのだった。

だって本当に思いもよらなかったのだ。あの写輪眼の二つ名を持つカカシが、こんなにも子供っぽいとは。二人の時は知らなかった。 一人でイルカを護るという重責からほんの少し解放されたせいか、カカシはやたらリイチと張り合ったりじゃれついたりしてイルカを驚かせた。
「任務でのカカシさんしか知らなかったから…。俺にはまだ素顔は見せて貰えないってことかな…」
それはちょっと辛い事実ではあったが。

「じゃあ、俺たちはこっちの部屋だから。入ってくんなよ、リイチ」
そういうカカシに面白そうに笑いながら、リイチは手を振った。
そんな事を言いながら、カカシは夜遅くに彼の部屋に訪ねて行った。こちらに彼を呼ぶのではなく、カカシが訪ねていくのはイルカに これからの作戦を知られたくないからだろうか?けれどイルカだって一応(…と言わなければならないのが悔しいが)忍びの端くれだ。 これからの行動予定を決めるのならば、自分だって参加したいのに。それとも別の理由があるのだろうか?カカシが戻ってくるまでイルカは そんな不安に苛まれていた。
「イルカ?まだ起きてたの?先に寝てて良かったのに」
「カカシさん、おかえりなさい。あの…どういう話し合いをしてたのか気になって…」
「ああ…、うん。この先どのルートを取るかをね、決めてたんでーすよ」
「ルート…。まっすぐ雫に入るって事に決めたんじゃなかったんですか?」
「ほら、敵が雫との国境に向かってるってあいつが言ってたでショ。それにちょっと厄介なのが出てきてるって情報が舞い込んだんですよ。 ただその情報も正しいのか罠なのか、ちょっと判断が付きにくいんですが」
「…風には入りたくないって言ってましたよね?それって敵はどうなんでしょう。俺たちがルートを変更して風に入ったとして、 それは敵にとって好みの展開なのか、それとも…」
はっとカカシはイルカを凝視する。
「敵はひとつとは限りませんね…。目的は同じでも複数の敵がいるなら、それぞれがお互いの足を引っ張る可能性もある」
”厄介な奴”の噂をばらまいたのが、雫との国境に集まっている集団と別の者達だとしたら、そいつらの狙いは当然ルートの変更だろう。 そしてそうなったら取るのは風の国に入るルートだろう。
「風、か」
「どうしますか、カカシさん」
「そりゃね。1番厄介なのは風の国に入ったところで身動き取れなくなる事でショ。だったら最初の通りルートはそのままで、 真っ向から敵を蹴散らせばいい」
どんな相手でも写輪眼のカカシにはかなわないって事を教えてやらないとね、とカカシは笑った。
「ありがと、イルカ。正直迷ってたんだ。助かった」
「俺でも役に立てたんなら、嬉しいです」
戦力としては役に立たなくても。
「アンタはいつでも十分役に立ってくれてます。アンタがいるだけで俺の張り切り方が全然違うか〜らね」
「そんな…」
「ホント。アンタは覚えてないだろうけど、ずっと前に俺は受付所でアンタに会ってるんです。ボロボロだった俺にアンタは小さな希望を くれた。今でもあの記憶は俺の宝物なんです」
あれ以来、俺はどんな任務に出ようと必ず帰ってくるって決めたんですよ。
アンタの生きる里を守ることとアンタにもう一度会うために生きること。それが俺に生きる意味になった。
「カ、カカシさん…、覚えて…っ」
「え?」
「あの時のこと、覚えてるんですか?」
だってそんな。あんな一瞬の出会いを覚えてくれてるなんて。
「…もしかして…アンタも覚えてるなんてこと…」
「お、覚えてます…。あの時のことは忘れた事はありません」
「ほ、本当に?俺を騙してるわけじゃ…」
「嘘なんかついてませんよ。それよりカカシさんの方こそ…どなたかと間違えて覚えてるんじゃあ…」
だって、あのはたけカカシが1回だけの受付の相手を覚えてるなんてありえない。
それこそ何十回も何百回も利用して来て、その中のたった一人だけを、なんて都合のいい話は。
「俺が間違うわけないでショ。大体アンタには凄く目立つ特徴もあるしね?」
ああ、この傷のことかと納得しかけるイルカにカカシは笑って否定した。
「違います。確かに傷も覚えてたけどね、アンタの特徴はその笑顔。あの時の俺を救ってくれた、暖かい笑顔です」
思いもよらないことを言われてイルカは目を丸くする。
「そっ、そんなこと…」
ぱっと頬に朱を散らして俯く。
うわあ、また絶対赤くなってる…っ!どうしよ…っ!
「ねえ、イルカ。そうやって俯くのは赤くなってるのを見られたくないから?それとも単に俺と目を合わせる嫌なの?」
「え?」
嫌って…?どうしてカカシがそんなことを言い出すのか、またもやイルカには分らない。
はたけカカシと言えば里の誇り。その勇名は下忍ですら知っている。
「気味が悪い?」
「…はあ?」