機械仕掛けの鼓動 1


「ああ、太陽が眩しいねえ…」
「何爺むさいこと言ってんだ。ほれ、敵さんがお出ましだぞ。仕事しろや、仕事。
そんでさっさと帰って一杯引っかけようぜ」
暗部を引退した今も、相変わらず危険な仕事ばかりが回ってくるのは俺の気のせいか?
まあ、相棒役のアスマは信頼に足る人物だし、実力も申し分ないから余程の事がない限り窮地に陥るなんて事はなかったが。 それにしても任務はひっきりなしに廻ってくる。
普通の上忍は、自分で仕事を選べるもんじゃないのか?確か前に一緒だった奴はそう言っていたはずだ。
なのになんで自分だけは、いつもいつも受付で勝手に割り振られるんだろう?

首を捻りつつも文句は言わずに任務に就く辺りが、三代目のいいカモになっている事実にカカシは気付いていなかった。

ただ暗部を止めて、ひとつだけ大きく変わったことがある。
つまり、受付所だ。
かつては縁遠い場所だったけれども、今のカカシは簡単に足を踏み入れることの出来る場所だ。
あの時の暖かい笑顔の人は見当たらなかったが。
きっと時間帯が悪いんだろうと分ってはいる。何しろカカシがそこを訪れるのは、ほとんど朝早くかそろそろ受付の人間が帰ろうかという 遅い時間ばかりだった。アスマの言うとおりに敵を屠り、一杯引っかけるんだと無理矢理付き合わされた帰り道。
もうそろそろこの情況を何とかしたくてカカシは強硬手段に出ることにした。
「ふむ…。それで、お主は何が言いたいんじゃ」
「ですから。俺の任務を、もうちょっと減らして下さいよ。ここ1ヶ月働きっぱなしでショ、休み下さい!休み!」
「なんじゃ、そんな事か」
そんな事って…。
「お主が文句も言わんと諾々と任務を受けるもんだから、やはりのんびりするのは馴染まんのかと思うておったわ」
「…そんなわけないでショ。なんだ、嫌だって言えば良かったのか」
かかかと笑う火影の姿は、カカシをいたく落胆させた。
「じゃあしばらく休みクダサイ。しばらくと言わずに長期休暇だと嬉しいなあ」
「やかましい!若いもんが贅沢を言うでない!1週間もあればいいじゃろう」
危険を冒して身を粉にして、里のために働いた1ヶ月の代償がたったの1週間?ちょっぴり恨みがましい目で火影を睨むも、 この老人に効果は微塵もなかった。
「ああ、待てカカシ。休暇の前にひとつ簡単な任務に就いてもらえんかのう。なに、お主にとっては大したもんじゃあない」
これから?任務?カカシは耳を疑った。冗談じゃない、今更またこき使われて堪るか。
「なに言ってんですか火影様。たった今休暇をくれるって言ったでショ」
「じゃから、その前にと言うとるじゃろう。実際大した任務じゃない」
「大した任務じゃないなら、俺でなくてもいいでしょうに。何かあるんでショ?」
任務自体はたしかにBランク程度の、とある人物を雲の国まで護衛するというものだ。
「それで何の問題があるんです?わざわざ俺に回してくるくらいだから、よっぽどの重要人物なんですか?」
それに難しい顔をした火影が、ぽつりと「そうではないんじゃが…」と言葉を濁した。てっきり肯定されると思っていたカカシは、 ここでまた首を傾げる。だったら何でわざわざ?
「天隠れの里が木の葉と友好同盟を結んでいるのは知っておろう」
「はあ…」
また話が飛んだ。もうこうなったらとことん聞くしかない。
「天の里の里長は、確か初代火影様の遠戚でしたよね」
「そうじゃ。それ故木の葉とは特別親しくしておる。その天の里と木の葉の共同作業で、
新しい術の開発をしているのも、お主なら聞き及んでいるはずじゃな」
術の開発は情報内の研究室の分担だ。そして情報と暗部は木の葉の闇を支える二本柱でもある。研究室が開発した術は、 まず火影に知らされ、後に暗部にもたらされる。
「まあ、元暗部ですからね…。何度か研究室には呼ばれましたよ。被験者としてね」
「現在の研究対象が何か、知っておるかの?」
「いいえ〜。もうやめた人間なんで、さすがに知りませんよ。興味もないし」
「技のコピーじゃよ」「……っ!」
どこの里でも新しい術の開発には力を入れている。いかに強力な術を開発会得出来るか、それが即ち里の力となるのである。 そして木の葉はたった一人を残して全滅した、木の葉の血継限界を持つ一族の力を何とか残せないかと躍起になっていた。
そう、写輪眼である。
「火影様…、本気ですか?まさか写輪眼を…?」
「そうではない。まさか写輪眼を複製出来るとは思うとらんよ。ただ敵の発動する術を文字通り、そのまま巻物に写し取るすべを 開発したんじゃよ」
それだけでも凄いことに違いない。写輪眼の力は、木の葉にとって最重要の力の一つだ。
「むろん様々な問題点も多かったが、なんとかそれはクリアした。術はほぼ完成しておったんじゃ。しかし、それが過失により 失われてしもうた…」
「……はあ?なんです、過失って?そんな重要な術の開発なら、厳重に保管や警護してたんでしょうが!」
「…それはもちろんそうじゃ。が、ともかく失われたものは仕方なかろう。しかし天の里への報告義務もある。当然研究には 天の里の者も関わっているから、事実は隠しおおせんしな」
「あわよくば隠すつもりだったんですか…」
まあ、里の威信の問題だし。火影の気持ちも分らなくはない。しかし、とカカシは思う。失われたにしては火影は少しも慌てた様子はない。 つまり、面目がまるっきり潰れるわけではないと言うことだ。
「天の研究者があわくって自里に報告さえせんかったら、正式な報告書をこっそり作成出来たんじゃよ…」
それをあの慌て者め、パニクってとっとと鳥を飛ばしおって。ぶつぶつと火影は恨み言を言う。
カカシはふうと溜息を吐いた。話が見えてきた。
「要するに研究の場に『記録者』がいたんですね」
記録者、と便宜上読んでいるその者の能力は、文字通り自らの脳にその全てを記録する事の出来る者の事だ。一度みた物は決して忘れない。 普通の記憶とは違う、別の容量箇所でもあるように、記録して失う事はない。これもまた、木の葉の持つ特殊能力の一つだ。 忍びとして敵と戦う事だけが里に貢献する全てではないのだ。記録者のお陰で、今回の失態もそれ程のダメージを受けないだろう。
「そうじゃ。研究開発の最初から、その場におった。お陰で木の葉の面目は保たれた。が、そのせいで『記録者』自身が天の里に 直接赴かねばならなくなった」
たとえ有効同盟国であろうとも、記録者の存在は隠しておきたかったところだろう。いまさら言っても仕方ないが。
「それで俺がその護衛役に選ばれたって訳ですか…。なるほど、それなら話は分りますよ」
天の里の後ろ盾は雲の国。木の葉のある火の国からは、およそ二週間の旅だ。記録者の存在はひた隠しにしてきたが、 どこにスパイが潜んでいるかも知れない。その記録者が木の葉を出て他国に赴くとなったら、ここぞとばかりに狙われる恐れがある。 火影はそれを心配しているのだ。
「ま、そういう事なら仕方ありませんね。雲の国までの道中の護衛役、承りますよ」
「すまんな、カカシ」
ちっともすまなそうでない態度でそう言う里長に、カカシは苦笑を禁じ得ない。
「で、その『記録者』ってのは誰なんです?」
「うむ…。アカデミーの教師をやっておる中忍じゃ」
アカデミー教師?なるほど。確かに失うわけにはいかない忍びの生きる場所としては、そこは最適に思えた。
「それで、出発はいつです?その中忍は、ちゃんと事態を把握して天の里行きに同意してるんですよね?」
「むろんじゃ。イルカは…、ああ、その中忍の名前だが。自ら赴くと言いよったんじゃ。向こうをこちらに呼び寄せる事も出来たんじゃがな」
どうやらその中忍は、相当責任感の強い人間らしい。話で聞く限り、度胸もあるらしい。この旅は思うより楽な物になりそうだ。
「出発は早ければ早い程よい。出来れば明日、早朝に発って貰いたい」
「承知。では私は用意をして参りますから、明日の朝六時に正面入り口って事でどうでしょう?」
「よかろう。カカシよ、イルカを頼んだぞ」
普段の火影らしくない物言いに、余程のお気に入りだと知れた。
「分ってますよ、火影様。その分休暇に色つけてくださ〜いね」
「わかっとるわい」


カカシは家に帰ると、必要な物を小さなリュックに詰め込んだ。敵から存在を誤魔化すためには、道中変装をするのが妥当だろう。 そこら辺はイルカなる中忍と落ち合ってから決めるとして。護衛として任務に当たる以上、何が起ころうとも対処出来るだけの準備が必要だ。 特に今回は同行者、というか護衛対象が『記録者』だ。失敗は許されない。
「ま、でも一応中忍だし?多少は期待してもいいかなあ」
万が一の時の戦力として。
万が一、なんて事態に陥るつもりなんか毛頭無いけれども。

火影の執務室に一人の中忍が呼ばれたのは、カカシが退室してから5分後の事だった。
「火影様、イルカです。お呼びと聞きましたが?」
「明日の事じゃ。お主には護衛を付けることにしたから、そのつもりでな。明日朝六時に正面入り口に行くが良い」
寝耳に水とはこの事だ。
「護衛って、天隠れの里への道中にですかっ!?そんな、俺一人で大丈夫ですって言ったでしょう!」
「お主の力量がどうと言っておるわけではない。しかし、お主の能力は木の葉にとって必要な物。失うわけにはいかん。万が一の用心じゃよ」
失うわけにはいかない、とは子供の頃から何度も聞かされてきた言葉だ。その為に上忍を目指すのを諦めた。 今の教師の自分を後悔しているわけではないが、時折苦しくなるのも事実だった。選ぶことすら出来なかった未来を求めて…。
「分りました。明日の朝、六時ですね。では用意がありますので失礼致します」
「イルカ。そやつは扱いにくい男じゃが、悪い奴じゃない。実力は木の葉でも五指に入るじゃろう。 早く行って用事さえ済ませれば早々に戻って来るんじゃ。良いな?」
にこりと火影に微笑みを見せて、イルカは静かに退室した。
翌朝まだ薄暗いうちにカカシは起き出して、いつも通り慰霊碑に顔を出した。そうして僅かな時間、亡き親友に語りかけた後再び家に戻り、 小さな荷物を片手に正面入り口に向かった。
もうすぐ六時になる。正面入り口が見えてきた。一人の男が所在なげに立っているのが遠目からでもわかった。
きちんと時間より前に来ているところに、その中忍の生真面目な部分がかいま見えた。

「あ〜、遅くなってスミマセン。あなたが火影様が仰ってた中忍の先生ですか?天隠れの里まで行かれる…」
「あ、いえ。まだ時間前ですよね。俺、じゃない、私の方が早く来すぎてしまって…」
振り向きざまに恐縮しきった声がカカシを迎えた。
けれどもそこから先の言葉が、その中忍の口から零れることはなかった。
カカシもまた驚いて二の句が継げないでいた。
「…は、はたけ…上忍…?」
まさかという響きがその言葉には含まれていた。
どうして里のエリートがこんなところに?大体ここは自分の護衛との待ち合わせ場所で、そこにこの人が来るなんてはずは…。
「あなたは…」
あの時の、カカシがずっと探していた、まさに当人だ。
1年以上前にほんの一時会って言葉を交わしただけの、名前も知らないあの人。決して忘れることのなかった人だ。
その探し求めた人が、どうしてここに?だってここは『記録者』との待ち合わせ場所で…だからここに来るのは…。
「あなたが、『記録者』なんですか?」
震える声でカカシが問うた。イルカはと言えば、それに気付かない程衝撃から立ち直っていなかった。
「え?ええ、はい。そう、です…。あの、まさかはたけ上忍が、わざわざ護衛を…?」
「え…?どうして名前…」
どうしてって…あの時からずっと知ってました、なんてさすがに本人には言えない。なんだかストーカーみたいじゃないか。
「その、はたけ上忍は有名な方ですから…」
「あ〜、そう、ですか…」
もしかしたら自分が忘れられなかったように、この人も?なんて、ほんのちょっと期待してみたのだが。そんなわけはない。
いくら何でも、そんな好都合なこと。カカシは自嘲気味に低く笑った。
「あ、あの…」
「ああ、すみません。じゃあ改めて宜しく。あなたを天の里まで護衛します。はたけカカシです」
「は、はい。あの、どうぞ宜しくお願いします。アカデミーで教師をしております、うみのイルカです」