綺羅星  [5]


「はい、これで結構です。任務お疲れ様でした」
 受付のいつもの席で、イルカは日々の仕事をたんたんとこなしていた。
 カカシの姿を見なくなって、そろそろ十日が経つ。
 イルカは、焦るのを止めていた。そのせいで、随分気が楽になった。
「あら、イルカ先生。今日はこちら?」
 紅の親しげな一言に周囲がザワリとする。
「紅上忍、こんにちは。ええ、あと一時間ほどで交代ですが。あ、承ります」
「あれからどう?」
「いいえ、まだ。でも焦らない事にしましたから。はい、これで結構です。任務お疲れ様でした」
 にこりと笑いかけると、紅の方も茶目っ気たっぷりにウィンクを寄越して去っていった。
「ちょっ、ちょっ、お前…なあ、イルカ!ちょっと待てよ〜〜っ!どういう事だよ!なんであの夕日紅上忍が、 お前なんかに親しげに声を掛けるんだよ〜〜っ!」
「…なんかって何だよ、なんかって」
「まあまあ。でも一体何処でお知り合いになったわけ?」「それは内緒だ」
 なんだそれーっ!と怒鳴る同僚を適当にあしらって、イルカはまた仕事に戻る。今日も暑くなりそうだと、窓から外を眺めながら思った。
 不意に呼ばれた気がして、顔を上げる。キョロと辺りを見渡してチャクラを探るが、カカシのものは感じられなかった。
 カカシがその気になれば、例え傍にいようともイルカには感じ取れないだろう。上忍とはそういうものだった。
 引き継ぎを済ませて、イルカは受付所を出る。
 足はカカシの家に向かっていた。
 今日は会える。きっと扉は開かれるに違いない。



 薄暗くなっていく部屋で、カカシは身動きもせずにじっと考え続けていた。
 二度目にイルカを抱いて以来、カカシは彼を避けてきた。自分の気持ちを掴みきれずに、混乱していたのだ。
 あの日確かにカカシはイルカを受け入れた。
 ずっとお手軽で簡単な恋愛を楽しんできた。いや、恋愛と呼べる物ですらなかった。 カカシにとっては、ただの傷の舐めあいにすぎなかっただろう。
 イルカを知ったのは、どのくらい前だったか。あの視線を初めて感じたのは…。
 気が付いたら囚われていた。多分そうなのだろう。
 いつまでも仮面を被って、隠れているわけにはいかない。そろそろ自分で動かないと。
 空っぽの自分を見せて、それでもイルカはあの瞳を自分に向けてくれるだろうか。認めたくなくて、ひどくした弱い自分を見せても?
 考えるまでもなく、イルカはきっとカカシを受け入れる。そういう男だから、カカシも認めたのだ。
 だとしたら、いつまでここにいるんだ、自分は?
 会いに行くべきだろう。
 本当に本気の恋であるなら、どんな無様な行為だろうと、手に入れるまで足掻くべきだ。

 考えがここまで行き着くのに、随分時間が掛かった。
 欲しい物を手に入れるために。
 カカシはゆっくりと身体を起した。

 アカデミーに続く道を、こちらに向かってやって来る影が見える。カカシはそれが、自分の求めていた人物だとわかっていた。 イルカは決して気配を隠さなかったから。早くから、それを感じ取っていたのだ。
 駆け出したくなる足を、必死にとどめる。
 イルカもカカシの気配に気付いたのだろう。少し足早に駆けてくる。
 それでもカカシは、その場にとどまった。まるで審判を待つみたいに。
「いつまで待っても来てくれないから、自分から見つけに来ました」
 優しい眼差しで、そうカカシに告げる。
「遅刻しちゃった…。でもそのおかげで、アンタが来てくれたのかな」
 カカシの口許が歪む。
「そうですよ、あなたが遅いから。でももう遅刻はしないで下さいね…」
「アンタに言いたい事があるんだけどね…」
 カカシの手がそっとイルカに触れる。それに自分の手を添えてイルカは目を閉じた。
「俺もです。ずっと言えなかった言葉を、あなたに伝えたい…。あなたが好きです…」
 ふう…と、顔の直ぐ横でカカシの吐息が聞こえたと思ったら、力強い腕に抱き込まれていた。
「俺も、です。アンタが好き…。ずっと俺の傍にいて…」
 ずっと。一生。
 何よりも大切な人から、そう言って貰える喜びをイルカは全身で噛みしめた。
 もう自分は「要らない子供」ではないのだ。
 カカシと出会い、恋をする事で、あの忌まわしい呪縛から解放された。
「います、傍に…。ずっとあなたの傍にいます…」
「…うん」
 カカシは目を細めると、イルカの顎をそっと掴んだ。
 カカシの唇がふわりとイルカに触れる。とろけそうなその熱さに身震いする。湿った舌を差し込まれて、イルカは艶めいた吐息を漏らした。
「……っ」
 それに誘われるように、カカシは激しく舌を吸う。首の後ろからじわっと痺れが広がっていく。駆けめぐる快感に、切なく腰が疼いた。
 こんな道の真ん中で…。
 そう思うと余計に興奮した。そのイルカの顔を見て、くすりとカカシが笑いを漏らす。
「あんまり煽らないでヨ。…ここで襲っちゃいそう」
「な…っ!」
 そっちのせいでしょう!と潤んだ目で睨むが、そんな目では返って逆効果だよと軽くいなされた。
 カカシの家までは目と鼻の先だ。
「行く?」
「……」
 行かないで済ませられるはずもない。カカシもわかっていて聞いているのだ。イルカは頬を赤らめて肯く。
 なんだか気持ちを切り替えて、前向きに物事を考え始めたら全部が良い方に転がっていく。 過去を乗り越えたというとカッコ良すぎるが、一段階超えた事は確かだ。
「じゃあ、行こうか」
 カカシの余裕の態度がどうにも悔しい気がするが。


「あの、俺ずっと…」
 どうしてもカカシには言いたかった。ずっと自分が気にしていた事を。囚われていた物の存在を、知っていて欲しかった。
 カカシの指がイルカの唇に当てられて、それを遮る。
「いいから。それは後で…。俺もね、アンタに聞いて欲しい事はいっぱいあるけどね。でも…」
 今はもっともっとアンタを感じたいよ。
「イルカ」
 その声にはっとする。
 もしかしてカカシに名前を呼ばれたのは、初めてではないだろうか。
 甘酸っぱい想いが広がり、どきんと胸が鳴った。イルカも心の中で呼びかけていた呼び方で、彼を呼ぶ。
「カカシさん…」
 この腕の中は大丈夫。自分が存在しても良い場所。自分だけの場所。ずっと欲しかった物を、ようやく手に入れたのだ。
 何度も口付けられて、掠れた声が零れる。つんと立った胸の突起を、指の腹で潰すように刺激した。 伏せられた睫が震えて、イルカが感じている事をカカシに教える。  それに満足げに微笑み、カカシはすでにきつく反応している下肢を押しつけた。
「…あ…っ」
 カカシが、たくし上げていたアンダーを脱がしにかかる。それに気づきイルカも素直に従った。 そのまま下肢も剥かれる。すでにカカシには見られた身体だが、今回は妙に気恥ずかしい。
「アンタ真っ赤…。可愛い…」
「可愛くなんか…、あっ、いや…っ」
 カカシの舌がペロリとイルカの肌を舐める。その何とも言えない感触に、イルカが頭を振る。 舌はそのまま、さっき指が弄んだ突起を転がした。
「ひゃっ!」
 転がして、舐め回して、甘噛みをしてから吸う。その度にイルカは喘ぎながら震える。
「…ぅ、ん…あああっ…」
「気持ちいい?」
 溢れ出る先走りで、下肢はすでに濡れている。聞かなくてもわかる事を、一々聞いてくる辺り意地が悪い。
「ま、聞かなくてもわかるけどね。こっちも弄って欲しい?もうドロドロだけど…」
 嫌だと言う意味を込めて首を横に振る。それをカカシは、わざと違う意味にとって更にイルカを追いつめていく 。大きく広げられた下肢の間に入り込んで、そっとそこにも舌を這わせた。
「あっあっ、や…ぁ…」
 ぴちゃ…と音を立ててしゃぶると、イルカの身体は大きくのけぞった。付け根から根本まで、丹念に舐めて先走りを舌ですくい取っていく。 イルカは手で口を押さえながら身悶えた。
 イルカの中心はすでに熱く脈打っていた。もうわずかな刺激だけではじけるだろう。

 吸って欲しい。軽く噛んでくれてもいい。だから…。

「は…っ、焦らさ…ないで。もぅ…」
 涙目で哀願されてはカカシも堪らない。希望通り先端を軽く吸い上げると、あっという間に口の中に放った。
「う…、あああぁ……っ!」
 解放の余韻に浸りながら、薄く目を開けるとカカシが覗き込んでいた。乱れた髪を撫でながら、こめかみにキスを落とす。
「あ…っ、まさか、飲んだんですか?」
 がばっと、横たえていた身体を勢いよく起す。カカシはくすくす笑いながら、再びそれを押し倒した。
「いいじゃないの。アンタのモノは全部、俺のモノなんだし」
「だからって、飲まないで下さいっ!」
 こういう経験がないわけではない。けれどもカカシ相手だと、どうしても恥ずかしかった。
 広げられた足をそうっと撫でる。内腿の奥、小さな窄まりに指が掛かると、イルカが僅かに身を捩った。
「カカシさん…っ」
「じっとしてて。うんと気持ちよくしたげる…」
「……っんん…」
 ヒクヒクと蠢くそこに、カカシは指を埋め込んでいく。
「やっ…」
 無意識に異物をきゅうっと締め付けた。慣らすようにゆっくりと、指を動かしていく。イルカは息を詰めながら、その感触に耐えた。 次第に指が増やされて、その動きに合わせて腰が揺れ出す。
 くいっと指を折り曲げて、イルカのいいトコロを探していく。何度か出し入れしながら探っていくと、 とある箇所でイルカの身体が大きく跳ねた。
「ん?ここ?」
「だ、だめです…っ、く…ぅん…、は…っ!」
 堪えきれずに、窄まりがきつく締まる。
 カカシはゆっくりと指を抜くと、そのまま自分の硬く猛っているモノを取り出して、軽く扱き上げる。 先程イルカが吐き出した精液の残りを擦りつけると、最奥の蕾にそっと押し当てた。 与えられるであろう痛みと快感を予想して、イルカは大きく息をはいた。

 後ろを貫いた圧倒的な肉塊に、イルカが苦しそうに顔を歪める。カカシは緩く揺さぶりながら、徐々に猛った肉棒を埋め込んでいった。
「はっ…あ、あ…っ…」
 余りのきつさにカカシも苦しげに息を吐く。
「くぅ…っ」
 イルカの手が探るように辺りを彷徨い、縋るようにシーツを握り込んだ。カカシがその手を、自分の首に導く。
 カカシはイルカに唇を寄せると、少しずつ腰を動かし始めた。何度も高みに追いやられて、イルカは思わず目眩を覚える。 絶頂にまで追いつめられても、その直前でいつもせき止められるのだ。
「…ひど…っ、カ…カシさん…もぅ…っ」
 行き過ぎた快感で震える唇から、悲鳴のような声がカカシを責めた。
「ごめんね?もうイかせてあげるから……」
 奥まで突き入れたモノをズルリと引き抜き、再び貫く。
 それを繰り返されて、疼くような快感が背骨を通して駆け上がった。
 甘い嬌声を上げてイルカが達した。
 首に回していたイルカの腕が、軽く痙攣してぱたりとシーツに落ちた。まだ達していないカカシは、腰を掴んで大きく揺さぶる。
「……あ…っ」
 激しく突き上げられ、再びイルカのモノが反応する。
 ……熱い。
 カカシの指や舌に嬲られて、反応し始めた欲望がすぐにミってくる。敏感になった身体は、カカシを強請るように求めた。
「イルカ…」
 カカシの声にぞくりとする。
 意識が飛びそうになって、思わずカカシの背中にしがみついた。

「好き…離さないで…、置いてかないで、ください…」

 無意識に出たのだろうその言葉に、カカシはやるせなさそうに組み敷いた恋人を見た。
 自分を省みて、イルカが辿ってきた過去を思う。決して同じではないが、どちらも癒えない傷を持っているのだ。 自分が傍にいても、イルカの傷は決して消えない。
 それが悔しくて、カカシは唇を噛んだ。
 自分だって同じだ。
 イルカがずっと傍に居ても、昔のあの痛みは薄れはしてもなくなりはしない。
「ずっと傍にいるよ…。離さないから、安心して?」
 忍びとして生きる限り、ずっと傍にいるなんて約束はないに等しい。けれども、とカカシは思う。
 この人を置いて死んだりは絶対しないと、心に誓った。「どんな任務に出ても、絶対生きて帰るから…。 片手になろうが片足をなくそうが…、この目を失ってもね…。アンタがこれ以上何も無くさないように、ずっと傍で見守るよ」
 真綿でくるむようにして、優しく抱きしめる。

 まだイルカの中にある自身が、再び熱く脈打った。カカシは再び深く突き入れ、欲望から熱いモノが迸るのを感じた。