男はそれを元親の方に差し出した。
「貴方にとっても悪い話ではない、と思いますが…?」
悪いどころか、破格の条件だ。しかし今の元親にはこの条件に見合うだけの価値などない。
「確かに悪い話じゃない。というよりも良すぎると思うんだけど、そっちのメリットはあんのかよ?」
俺の事は調べてんだろぉ?とその目で問いかけると、
男は素直に頷いた。
「無論。貴方を買おうというのですからそれなりに調査はさせて頂いています。その上でこの条件をお出しするのです。
うちの理事長はちょっと変わったところのある人ですが、見る目は確かですよ?」
それでも元親は即答を避けた。
これ以上はないだろう話だ。これを逃せば、高校に通うのも難しいかも知れない。
しかし…。
「弟さんの事なら心配いりませんよ。我が校には中等部もあります。どちらにも寮がありますが、お望みなら理事長が持っているマンションへの入居も可能です」
さすがに呆気に取られた。
たかが一高校生にそこまでの待遇を与えるなんて。
「あンたんとこの理事長ってよぉ…」
「誤解なさらないで下さい。ちょっと変わっていると言いましたでしょう」
ちょっと…?
これのどこがちょっとだって?
「二年前の貴方を、私も見ていました。あれは本当に…素晴らしかった。今でも鮮やかに思い出せます」
「…昔の話だ」
「いいえ、今でも貴方は変わっていませんよ。あの方もそう仰ってました」
きゅ、と拳を握り込む。
変わってないはずはない。
この二年で元親は多くの物を失ったのだ。
「返事はまだ急ぎません。一週間ほどゆっくりお考え下さい」
男はそう言って席を立とうとした。
「いや、考えるまでもねえ。世話になる」
宜しく頼むと頭を下げる元親に、男は安堵の微笑みを浮かべる。
こうして元親は長く立ち止まっていたその場所から一歩を踏み出した。
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