過去の文章

2003/4/21作成
現在位置: 表紙 > 冗談半分嘘半分 > 過去の文章 >女性は有能だ

「女性は有能だ」

日本の体制が大きく変化してから、女性の社会進出は大きく進んだように見えるが、未だに十分とは言えないのが現状である。

大陸から渡ってきた儒教の影響か、女性は家庭に入って家族を守るものだという考えが現代でも色濃く残っているのだ。
確かに戦乱の時代ならば腕力に長けた男性は断然有利である。しかし、社会の構造が複雑化・多様化してきた現代においては、男性主導の社会が必ずしも良いと言うわけではない。むしろ女性の方が有能である場合が少なくないのだ。
これから女性の優秀な点をいくつか挙げ、本来の女性の能力を見直したい。
なお、ここで挙げる女性とは日本の女性のサンプルとして、私の身の回りの女性達をピックアップしたものである。内訳は1/2は主婦で残り半分は独身、3/4は会社のおばさんたちで1/4は私の友人の合計4人となっている。


このように女性の有能な点を挙げればきりがない。女性達が政治・経済に進出すれば、日本は今よりももっと発展するのではないだろうか?
しかしその結果、家庭を預かるのが男性になった場合、果たして家庭は崩壊せずにいられるのだろうか…、今の男性主導の政治経済を見ると不安を抱かずにはいられない。



2003/5/5作成
現在位置: 表紙 > 冗談半分嘘半分 > 過去の文章 >拾ったチクワに気をつけて

「拾ったチクワに気をつけて」

拝啓、Tさん
一日毎に暖かくなってきています、Tさんは相変わらすお元気で食欲とダイエットに励んでいるものと思われ、私も負けじとダイエットを始める予定です。

I さんには仕事で大変お世話になっておりますし、話し合おうと思えば大きな問題(上司がいる時等)がない限りはいつでもできるのですが、今回は訳あってこのようにネット上でのお手紙となりました。
快諾いただければ幸いです。
直接話し合わずにネット上で公開とした理由は、
1.文章として残す事により、読み返しを可能にして理解を深めて欲しい
2.Tさんはインターネットをしていない
の二つです。

さて、本題ですが、Tさんはその見かけとはウラハラに時々「お腹が痛い、死んでしまうかもしれない」と言いますね。
確かに人の死亡する前兆として腹痛はあると思います。80代で亡くなった私の祖父も、子供の時に冷たいものを食べすぎでお腹が痛くなったそうですから、腹痛は死を知らせる信号として無視できません。
そういった経験をもつ私としては、Tさんの健康を心配するあまりTさんが腹痛を訴えるたびに「おちていたチクワを拾って喰うからや」とアドバイスをしてしまいます。
しかし、Tさんは常に私のアドバイスを聞き入れようとはせず「そんなもん食べてないわ、アホとちゃうか」とやんわりと拒否なさっていますね。
そのたびに私が胸を痛めているのをご存知でしょうか? 私の胸が痛むのは「折角のアドバイスを受け入れてもらえなかったから」ではなく、Tさんの認識の甘さに対してです。

仮に腹痛の原因が食べ物であったとして、それが「チクワでない」からとの理由で私のアドバイスを聞き流すのは無謀です。
「チクワ」が「すりつぶした魚肉を竹や金属の棒に巻きつけ,焼いたり蒸したりして製した筒形の食品」だけを指した言葉とは限りません。
「チクワ」と名づけられたペットもいるでしょうし、もしかすると「ちくわ」は別の言語で「お腹が痛くなる物」という意味かもしれません。
たとえTさんが「チクワとはすりつぶした魚肉を竹や金属の棒に巻きつけ,焼いたり蒸したりして製した筒形の食品だけだ」と決め付けたとすると、実際のチクワには魚肉以外にも卵白・食塩・調味料・保存料等が混じっているのだから、Tさんが思っているチクワも厳密には「チクワ」とは言えなくなります。
それにチクワを縦に半分にしたり切り刻んだらチクワではなくなるのか?という疑問も発生します。
また、カマボコとチクワが同じ材料である事から、カマボコもチクワに加えなければならないでしょうし、材料が違ってもチクワ(豆腐チクワ・チクワブ等)と呼ぶ食品もあることから、「すりつぶした魚肉を竹や金属の棒に巻きつけ,焼いたり蒸したりして製した筒形の食品」だけがチクワではないということになります。
こうなると「それじゃあ一体チクワとは何を指す言葉なのか?」という疑問が起こりますが、これは「人がチクワだと思ったらチクワだ」という答えしか残りません。(「じゃあチクワが何かをを決める人って何?」という疑問をぶつけるのは次の機会にしましょうね)
Tさんがチクワだと思ったものがチクワであるように、私がチクワだと思ったものもまたチクワです。
Tさんがお昼に何をどれだけ食べようとも、Tさんの腹痛の原因がチクワ(私がチクワと思った物)である可能性はゼロではありません。

腹痛の原因がチクワと決まると、次にTさんはこう言うでしょう。
「たとえ食べたものがチクワでも、落ちていた物を食べた覚えはない」と。
それでは「落ちていた」状態とはどういう状態でしょうか?
駅や空港で、置いてあった他人のカバンを「落ちている」とは言いませんが、本当に(何かから)カバンが落ちていてもすぐには落ちているとは思わないでしょう。この場合は、空港という場所が物の状態を決める要因といえます。
Tさんが食事の最中につまんだチクワが、別の皿に落ちた場合はどうでしょうか?
前後の状態を知らない他人から見れば、Tさんがチクワダイエットを始めたようにしか見えません。無理をすればチクワが皿の上に乗っている状態が見えるかも知れませんが…。この場合は、チクワに関わる人がその関わり方によって状態を決めている事になります。

また、「落ちた」という状態がどこから始まるのかも難しい問題です。
箸から離れた瞬間を「落ちた」と言うのか、地面あるいは下にある何かに到達した時点で「落ちた」と言うべきかを決めるのはそう簡単ではありません。
高層ビルの屋上から足を滑らした場合は、地面に到達しなくても「杜川がビルの屋上から落ちた」と言うし、バレーボールでは地面にボールが着かないと「落ちた」とは言いません。
飛行機が着陸する時ように能動的に「降りた」と言う場合もあるでしょうが、それも飛ぶのを止めた飛行機に地球の重力が作用して「落ちる」のであって、飛行機自身が自分の能力で降りたわけではありません。
飛んでいる物もいつかは落ちます。たとえ地球の重力圏を脱出するスピードを得たとしても、遠い未来に何処かの星の引力に引かれて落ちてしまいます。
地面にあるあらゆる物体は落ちていると言えるのではないでしょうか?

このようにあらゆる物の、あらゆる状態が「落ちているチクワ」である可能性もあるのですから、簡単に「そんなもん食べてないわ」と言い切るのは如何なものでしょうか?

私のアドバイスはわかってもらえたでしょうか?私はTさんを心配して言っているのです。
くれぐれも健康と体重には気をつけて、落ちているチクワを食べないように注意をしてくださいね。

追伸:もし、Tさんの近辺で落ちているチクワを食べてお腹をこわした人がいたら教えてください。最初の事例として記録させていただきます。



2003/5/12作成
現在位置: 表紙 > 冗談半分嘘半分 > 過去の文章 >ジンクスなんてありえない

「ジンクスなんてありえない」

誰だって失敗するよりは成功するほうがいいに決まっている。
スポーツ選手は常に勝ちたいし、受験生は合格したいものだ。
ダイエットだって成功するに越した事はない…はずなのだが、ダイエットをする人は一年365日ダイエット中のような気がする。
ダイエットは継続することが肝心だが、ジョギングを続けるのに大変な忍耐力が必要なように、何年もダイエットをし続けるのにも想像を絶する忍耐力が必要と思われる。体調も常にベストでないとダイエットは継続できない。
Tさんが何年ダイエットを続けても豊かなウエストを維持しているのは、何か特別な秘訣があるにちがいない。

話が大きくそれてしまったが、人が何かをする場合、常に成功を目指して努力をするのは当たり前の事である。
スポーツ選手は練習を重ねて技術を磨き、受験生は勉強をして知識を増やそうと努力するものだ。そのすべては日々努力の積み重ねであり、近道は存在しないと言われている。
しかし、世の中には大した努力もせずに、一発逆転を狙っている人が少なくない。
宝くじで一等が当たるとか、道で大金を拾うとか、ちょっとしたきっかけ(車に轢かれそうなのを助ける・船が難破して二人だけ助かる・等)で素適な異性とねんごろになるなど、確率の低い出来事を願っている人の事である。
宝くじは、実際に当たる人が存在するだけに性質が悪く、数十枚の紙切れを「夢を買う」などと言って購入し、数ヵ月後にはその夢の一部が数百円になってしまうのが常である。
宝くじが当たるかどうかは運でしかないのだが、ほとんどの人は確率やジンクスを信じて買っているらしい。
「大安」の日に買えばあたるとか、一等を出した売り場で買えばいいなど、何の根拠もないことを信じて買い続ける様を見ると、人間には学習能力がないのか?と疑いたくなる。
宝くじに大安も売り場も全く関係ないのは長年宝くじを買い続けた私がよく知っている。

話が大きくそれてしまったが、一発逆転を狙う人の共通点として、ゲンを担ぐ癖が見られる。
日柄で宝くじを買うのも、試合前にはカツ丼を食べるのも、仏滅に結婚式をしないのも全てゲン担ぎで、根拠のないことである。
ゲン担ぎはジンクスとも言われ、特にTVのスポーツ番組では、たまたま起こったことを何かの法則があるように見せている。
「○月に勝ちが多いと優勝する」など、スポーツを全く見ない(昨年のサッカーワールドカップでは、総合計で30分も見ていない)私には全く納得のいかない法則を、よくTVで見かける。
スポーツだけでなく、あらゆる分野でジンクスは存在しており、根拠のないままに人は信じて行動している。
「食事のマナーを見れば、その人が解かる」・「机の上が乱雑な人は仕事が出来ない」などである。
机の上が整頓されていれば仕事が出来るとは限らない。
私の机は仕事中は乱雑だが、仕事を終えればちゃんと片付けて帰っている。ジンクス通りなら、私は仕事中は仕事が出来ないが、帰るときには仕事のできる人になっているはずである。だが、実際は仕事中とそれ以外の時と比べてもさほどの違いはなく、どちらもぼんやりしているだけである。
また、私の上司の机は信じられないくらい乱雑(机の表面が見えない)で、書類を書くときにはTさんの机で書くのだが。キレイに片付いているTさんの机で書類を書く上司を「仕事が出来る」人と言えるのだろうか? ジンクスは当てにならないものである。

そんな事を考えていたら、先日信じられない事が起こってしまった。
ふと気がつくと、右の靴の紐が切れていたのである。
物が丈夫になったこの世の中で、たかだか2年履いただけの靴の紐が切れる事があるだろうか?
昔から靴の紐が切れると良くない事があると言われている。確かにドラマでも、こういう事はかなり大きな不幸の知らせとして使われている。しかし、靴の紐が切れたときに訪れる不幸は、靴も持ち主ではなく身近な人に訪れる事が多い。
「折角の不幸なのだからTさんが不幸になればいいのに、そうすれば少しは痩せるだろう」と思っているが、今だにTさんはまるまると豊かなウエストを維持したままで歩き回っている。
ちなみに私は、知らない間に車に傷がついていたり、行きつけの本屋が移転した上に売り場面積を1/3にして私の欲しい雑誌(流通が限られていて他に売っている店を知らない)を置かなくなっていたり、仕事ではいつも通りミスを重ねただけで、特にこれといった不幸は訪れていない。

やっぱりジンクスなんて存在しない。



2003/6/2作成
現在位置: 表紙 > 冗談半分嘘半分 > 過去の文章 >近未来ラーメン物語

「近未来ラーメン物語」

立ち並ぶビル郡の一角に、場違いなくらいに古い木造の建物があった。
周りのビルに支えられて倒壊を逃れているようなこの建物の表には、色あせた暖簾(のれん)がかかっていた。『多朗軒』と書いてある。
「多朗軒」は明治初期の開店から現在まで、変わらぬ味と暖簾を揚げ続けている由緒正しいラーメン屋である。
初代の伊沢多朗が店を始めたころは、商店街とさほど大きくないビルがあるだけの地方都市だったのだが、数代前の首相が公務員の綱紀粛正・各審議の迅速化と共に打ち立てた首都移転計画が数年前に遅まきながら実行されたおかげで、この街は新首都予定地となってしまい、ここ数年の間に高層ビルが立ち並ぶ大都会となってしまっていた。

「よお、今日も繁盛しているじゃないか、いつものを頼むわ」
暖簾をかき分けて入ってきたのは作業服姿の男だった、孝太朗の同級生の岩倉である。
「いらっしゃい、いつもの多朗そばね」
麺をほぐして釜に放りこみながら孝太朗は答えた。どんなに忙しくても、相手が同級生だとつい会話が始まってしまう。もちろん手が止まる事はない。
「おい、孝太朗。最近はどんな様子だ?新しい法律でウチは大変やで。仕入れの品質管理とか、資産の適応範囲が変わったとか、ホンマに複雑すぎて訳け分からんよなー」
「ああ、アレね。ウチでも同じやで、メニューに材料を全て書き込めとか、全ての材料の保存期間の明細を出せとか言ってきたわ。そんなもん覚えられる訳あらへんのになー・・・はい、お待たせ」
「ホンマやな、世の中どんどん複雑になっていくわ・・・それじゃぁ頂くわ」
岩倉がラーメンに箸をつけた時、新しい客が暖簾をくぐって店内に入ってきた。
「どうも、あ、これは大将、昨日はどうも」
腰の低い男は「どうも」を繰り返しながら岩倉の横に座った。
孝太朗は手を止めて男を見て言った。
「また、あんたかい、悪いけどウチの秘伝のタレは極秘なんでね、いくらTVの取材でもこれだけはちょっと…」
「いや、そこを何とか…この新首都で明治から連綿と続く多朗ラーメンの味の秘訣、こんないい話題はめったにありませんよ、大将。それに宣伝にもなって…」
男が最後まで言い終わるのを待たずに、孝太朗は強い口調で拒絶した。
「とにかく!!秘伝のタレは絶対に教えられません。たとえ大金積まれても絶対に無理や。どうぞお引取り下さい」
それだけ言って孝太朗は再びラーメン作りに戻った。
「あのー」
一番奥の眼鏡をかけたサラリーマンらしき客にラーメンを出した時、その客がおずおずとした口調で孝太朗を呼び止めた。
「はい?あ、お冷やですか?」
「あ、いえ、そうじゃなくて…」
眼鏡の男は壁のメニューと主人を交互に見ながら話し始めた。
「あのー、このメニューにはラーメンの名前とその材料が全て書いてあるんですよね?」
「ええ、去年の法律の改正で…。それが何か?」
国民の80%以上が食物アレルギーを持つ現在、加工調理する食品に使用した全ての材料の明記を義務付けた改正食品衛生法は、有効な治療方法が見つからない現状に対する新しい防御手段であった。
数年後には全ての食品材料・添加物等をコード化させる計画もすでに発表されている。
「いえ、そうではなくて…先ほどTVの方に秘伝のタレは絶対に秘密だと言ってましたよね」
「ええ、これは先々代が独自に作り出したものでして…」
昨日TVの男に言ったのと同じ内容の話を孝太朗は眼鏡の男に話した。
眼鏡の男は壁に張ってあるメニューを指して言った。
「それで、その秘伝のタレの材料は、ここに書いてあるんですか?」
「え?」
予想外の質問に孝太朗はひるんだ。
「いえ…、ここには書かれていませんが…なんせ秘密なもので…」
不安げな答えをする孝太朗に眼鏡の男は話し出した。
「昨年施行された改正食品衛生法の第4条はご存知ですよね?全ての材料を店内の目に付く場所に明記する事を義務付けた法律です。もし秘伝のタレの材料をここに明記してないのであれば、法律違反ということに…」
「ちょ、ちょっと待ってください、タレと言ってもほんの少量ですし、風味を付ける程度の事ですから…、それに…えーっと…」
慌ててしどろもどろになっている孝太朗とは対照に、眼鏡の男は落ち着き払った動作で上着の内ポケットから名刺を取り出す。
「申し送れました、私は厚生労働省の者です。この店には昼食を取りに来ただけだったんですが、先ほどの話を聞いてふと疑問に思ったものですから。…しかし、これは明らかな法律違反です」
孝太朗は慌てた、その法律は知っていたし、公官庁の事務所が密集しているこの辺なら役人が店にくる事も承知していたが、まさかこのような形で法律違反だと言われるとは思ってもいなかったのだ。
「いや、でも…その、秘伝のタレと言ってもたいした物じゃなくて…ええっと、ほら、実はタレよりもスープの方が重要でして、タレはほんの気休めのようなものです、先々代が作り出したこのスープの製法は一億積まれても教えられないと言う…」
何とかごまかそうと、孝太朗が話をすり替えようとした時、
「ちょっと待ってください」
反対側に座った茶髪の男が手を挙げてきた、発言したいらしい。
「ご主人、スープの製法には一億の価値があるという事ですが、相続税は払われたんですか?」
またもや予想外の話に、孝太朗はひるんだ。
「え?相続税?ですか…ちゃんと払いましたよ、分かりにく書類のために何回税務署に通った事か…。でもそれとスープとは…」
「ご主人は、5年前の相続法の改正はご存知ですか?」
茶髪の男は続けた
「ご主人の話によるとスープの製法は一億円出しても教えられないとか…、その製法を先代から教えられたものだとするのなら、ご主人は一億の価値のある技術を相続した事になります」
あわてて孝太朗は反論する。
「でも、それは財産じゃないでしょう?現金や宝石とは違って形がないのだから当然税金は掛らないはず・・・」
「改正された実用新案法では、特許庁の技術評価を得なくても、当事者間…特に技術継承する者が金銭的な価値を認めた場合には、対価を支払うか技術評価相続税を支払う義務が発生します。今の話ではご主人は一億円相当の技術を相続した事になり、その場合の税率は…」
「いや、それは…お願いですから、かんべんしてくださいよ。こんなちっちゃなラーメン屋いじめてもしょうがないでしょう。今さら税金だの何だのと言われても…」
最後は悲鳴の様でもあった。
「これは職務ですから、見逃すわけにはいきません」
眼鏡の男は孝太朗を見てきっぱりと言った。
「で、でも…」
いい返す言葉が見つからず、孝太朗は口元でゴニョゴニョつぶやいた。
その時、今までこの会話を無視してラーメン食べていたグレーの男が立ち上がった。
そして、皆を見据えるように後ろに下がり、少し大きめな声でしゃべりだした。
「どうやら私の出番のようですね」
「は?」
孝太朗はもとより、カウンターの公務員達も、まだいたTVの男もグレーの男に注目した。
「あんたは?」
茶髪の男が誰何する。
グレーの男は一瞬茶髪の男を見たが再び、皆び孝太朗のほうを見て言った。
「私は総合審議統括府の特殊審議統括官の宮間と申します」
グレーの男の話を聞いたとたん周りの公務員達の顔つきが変わった。苦々しい顔に。
「総合審議統括府とは複数の組織にまたがる問題が発生した時に、それぞれの部署から担当者を召集してチームを作り、包括的に問題を解決しようという組織です。今回のこのラーメン屋「『多朗軒』で持ち上がった疑惑は、複数の省庁にまたがるものであり、まさに統括府が管理すべき問題です。そこで統括府統括審議2課の特殊審議統括官である私、宮間が本日付けで特殊審議チームを発足させ、必要なメンバーを招集します。」
そこまで一気に言うとグレーの男=宮間は他の公務員達を見回した。何故か皆、宮間とは視線を合わそうとはせず、小さく舌打ちする音も聞こえてくる。皆、この男が気に入らないようだった。
孝太朗と岩倉には何のことだかさっぱり分からない。 「どやうやらチームのメンバーとしてはここにいる皆さんが最もふさわしいようですね。何しろこの問題を最初に指摘された方々ですから…。明日になれば統括府を通じて皆さんに特殊審議チームへの出向人事が発令されます。統括府が各省庁に対する人事等の越権を持っているのは皆さんご存知ですよね?とりあえず皆さんの名刺をいただけますか?」
上着のポケットから名刺入れを出しながら宮間は言った。
公務員達はしぶしぶといった様子で立ち上がって、名刺を出そうとする。
宮間は少し店内を見回してから、初めて気が付いたかのように言った。
「あ、ここでは邪魔になりますね、名刺交換は店の外でしましょうか。…それから」
と名刺を孝太朗のほうに向けてカウンターの上に置いて
「これ私の名刺です、数日後に出頭要請が来ると思います、それまでの営業は自粛願います。」
そして連中の最後尾で店を出るときに振り返り、
「私たちは被疑者が必要以上に拘束されずに審議をスムーズに進めるために全力を尽くします、どうなるかはあなた次第です。ご協力をお願いします。」
それだけ言い残して店を出た。
店内には孝太朗と岩倉だけが残された。TV局の男はいつの間にかいなくなっていた。
二人は入り口を見たまま石のように固まっている。
店内の照明が少し暗くなったように感じた。
「おい、これはちょっとえらい事に…!?」
孝太朗のいるカウンターの方を振り返った岩倉はギョッとした。
カウンターの中に孝太朗の姿が見えなかったのだ。
「おい、孝太朗?」
立ち上がり、カウンターの中を覗き込んだ孝太朗は、カウンターの中で座り込んだ孝太朗を見つけた。
この数分で10歳も老け込んだような孝太朗の目は虚ろだった。
かるく見積もっても一週間は復活しそうも無かった。

二日後、日刊新首都新聞(夕刊)の地方欄に載った小さな記事
──― 公務員のフリをした無銭飲食の4人組を逮捕 ―――

巷の噂では、『多朗軒』は今日も繁盛している、らしい。



2003/6/12作成
現在位置: 表紙 > 冗談半分嘘半分 > 過去の文章 >私の好きな言葉

「私の好きな言葉」

皆さんは「好きな言葉」がありますか?
人によっては「座右の銘」「信条」とも言いますが、それらを総合して「好きな言葉」とした場合、皆さんの好きな言葉はどのような言葉でしょうか?

一般に「好きな言葉」を言う機会は、そう有るものではありません。むしろ「嫌いな言葉」を言う機会のほうが多いでしょう。
特に会社の上司には「不可能」又はそれに似た言葉を嫌う人が多いような気がします。そういう人に限って「仕方がない」という言葉を多用するものです。
話がそれました。
他人の好きな言葉を知る機会は、直接聞かない限りはほとんど知る事が出来ません。一部の例外として面接の時や選挙の立候補者のプロフィール、有名人のプロフィールなどがあります。

こういう場合に使われる言葉は、いくつかの種類に分類する事が出来ます。
人が好きだと挙げる言葉のほとんどは戒めや前向きな言葉です。
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」「七転び八起き」「精神一到何事か成らざらん」「笑う角には福来る」などです。 それ以外だと、ほとんどが皮肉や笑いを誘う言葉でしょう。
「人間万事塞翁が馬」「棚から牡丹餅」「他力本願」などです。
しかし、誰でも知っているにも関わらず好きな言葉に選ばれない言葉もあります。
「風前の灯」「七転八倒」「のび太のくせに生意気だ」などは、ほとんど人気はありませんが、前に挙げたよりも実生活に近い言葉ような気がします。

人に好きな食べ物を聞くと、大抵はよく食べる物や時々食べる物を挙げるでしょう。一度も食べた事のない物(クジラの活き造り・キャビアのから揚げ等)を好きだとは言わないはずです。しかし、それが好きな言葉となると、現実とは離れた理想を追う形になるのは不思議な事です。
また、面接の時などに好きな言葉を訊いてその人を判断しようとするのも不思議な話です。
「一期一会」が好きな人が茶道をしているとは限らないし、「漁夫の利」だからといって漁師をしている人はほとんどいないでしょう。
何億円もの脱税をする人の座右の銘が「人事を尽くして天命を待て」である可能性もありうるのです。
言葉一つで人を判断するのはいかがなものでしょうか。

ちなみに私の好きな言葉は「災い転じて福と成す」です。 もちろん、ただ人に言うだけではありません。物事が常にいいほうに向うようにと強く願っています。
人の思いが強ければ、願いの半分は叶うものです。
私が日ごろ強くこの言葉を想っているせいか、次々と災難が降りかかってきています。
残りの半分はいつごろ叶うのだろう?



2003/6/24作成
現在位置: 表紙 > 冗談半分嘘半分 > 過去の文章 >携帯電話使用時の注意事項

「携帯電話使用時の注意事項」

携帯電話の普及と進歩は目覚しいもので、今月買った最新機種が次の月には旧型になっていると言うとウソになるだろう。
だいたい年に二回新しい機種が出ているらしい。
半年に一回というサイクルは、私が風邪をひくサイクルとほぼ同一である。このことから私は携帯電話と同じサイクルで進化している風邪ウイルスを取り入れていることになるだろう。
携帯電話の進歩になかなか追いつけない人間と違い、常に進化する風邪ウイルスに勝ち続けている私は人間を越えているのかもしれない。唯一つ疑問に思うのは、私を苦しめる進化した風邪ウイルスが他の人たちを襲わないの理由が思い当たらない事ぐらいである。
もしかすると進化した風邪ウイルスは、古い人間は襲わないのかもしれない。例えるなら、エイズに感染する爬虫類が存在しないようなものだろう。

携帯電話は場所を選ばず会話やメールができるという便利さがあるが、ただやみくもに使えば良いというものではない。

携帯電話を使用する前に、注意事項をチェックする必要がある。
取扱説明書からいくつか抜粋すると

など、禁止されている事がたくさんある。
また、使用してはいけない場所もいくつかある。

などである。
人の多い場所・車の中・テレビ等のそばを除けば、携帯電話を使用できる場所は限られてくるだろう。人が少なくて車もテレビもない深い森の中・高山の頂上・太平洋の真ん中などは、携帯電話を使用する環境としては最適であるが、ほとんどは圏外である。
何か目論見があるように感じるのは私だけだろうか?

また、会社など他人がいる場所で使用する時も注意が必要である。
同僚や上司と話している最中に、電話がかかったりメールを受信した時には、その場で通話したりメールを見るのは避けたほうがいいだろう。
私のように
『ビックリ〓プチ情報〓  あのポケットモンスターの原作者が何と〓小浜の人らしい〓46歳の石原さんやって〓よかったね〓』(原文そのままコピー。〓は絵文字のため文字化け)
などの友人からの重要な情報を上司に盗み見られる危険性が高いからである。
それ以外にも
『助かるわ。/~ \ふじやま  BHー(゜-゜)(。_。)うん。』
などの意味不明なメールを受信してしまった場合も、人に見られるのは色々な意味で危険である。

また、旅行に出ている人に連絡するにも携帯電話は便利であるが、場合によっては不幸な結果となる場合もある。
先日、旅行に出かけた友人にお土産として「蜂の子の佃煮」を頼んで、後でメールで「さるぼぼ不可。菓子類も不可」と送ったら、次の日に「なかったわ」というメールを送ってきて、それを最後に連絡が取れなくなってしまった。
真相は不明であるが、携帯電話にも原因の一部があるような気がする。
このような私の経験からも、皆さんには携帯電話の使用には細心の注意を払う事をおすすめする。

私は今でも友人の無事とお土産があることを神に祈願している。

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Copyright (C) 2002 by 杜川月史