SKETCH OF SPAIN

 

 MIJAS


タンジールの朝は昨夜の騒ぎを忘れたかのようにひっそりとしずまりかえっていた。街灯につるされた電飾が強い風にゆらされてかたかたと音を立てていた。祭りの後のさびしさはどこもおなじだ。港の税関で簡単なチェックを受けた後、船に乗りこんだ。船の名は「イブン・バトゥータ」。有名な旅行記を書いた男の名だ。

船はこれからジブラルタル海峡を渡り、二人をスペインに連れていく。港の名はアルヘシラス。二時間の航海である。真っ白に塗られた船の上からはタンジールのメディナがすぐそこに見えている。右手に広がる海が地中海。左手が大西洋である。
 
船が着いた。アルヘシラスの港近くの店で昼食をとった後、バスに乗り換え、コスタ・デル・ソルを右に見ながら、ミハスへとむかった。ミハスは特に歴史的な町ではない。地中海を見下ろす高台にある高級別荘地で、瀟洒な家が建ち並んでいた。いかにも北ヨーロッパの人があこがれたくなる南の太陽に映える白い壁には、真っ赤な花が飾られていた。和辻哲郎の『風土』によれば、ヨーロッパ人にとって、町全体は大きな家のようなもので、花に縁取られたこうした街路は廊下にあたるという。だから花を飾るのだ。そういわれてみれば、色タイルの模様の描かれた道は絨毯のように見えなくもない。塵一つ落ちていない道を歩きながら、映画のロケに迷い込んだような気がしていた。

ミハスは小さな町だ。手書きの地図を片手に歩き出した。町のはずれに「岩の教会」と呼ばれている場所がある。きれいに整地された地面から大きな岩の塊が突きだしていた。その内部をくりぬいて、教会にしているのだ。古い時代に作られたものだろう。素朴な造りが好ましかった。

 闘牛場



驚いたことにこんな小さな町にも闘牛場があった。さすがスペインだと、妙に納得してしまった。
白い外壁が続く町の辻には広場があり、噴水の周りではカフェの椅子が小卓を囲んでいる。広場は町の居間であり食堂なのだ。ちょうどそれは、廊下を歩いてきた先に広間があり、そこからまた別の部屋に通じる廊下が延びているのを見るのと同じ感覚である。青空を天井にいただいた長い回廊を歩いていたわけだ。

ひと休みしようと、手近な椅子を引き寄せ、腰を下ろした。待っていても注文を聞きにくる気配がないので店の中をのぞいてみた。案の定だれもいない。のんきなものだ。奥に声をかけてビールを二つたのんだ。すぐに注いではくれたが、カウンターの上に置いたらまた引っ込んでしまった。どうやら自分で運べということらしい。グラスを両手に外に出た。

よく晴れた夏の午後である。乾ききった大気には光を和らげる働きがない。褐色の瓦屋根の下、壁はあくまでも白く、窓を覆う鉄格子の黒と、その両脇に飾られた花の赤がみごとなアクセントになっている。絵に描いたような町である。それほど有名な町でもないのに、ミハスがスペインの観光ポスターによく使われる理由を見つけた気がした。


PREV         HOME          NEXT

Copyright©2000-2001.Abraxas.All rights reserved
last update 2001.2.6. since 2000.9.10