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2005年には、愛知万博が開催されます。マンモスの氷付けなどが話題となっています。
1970年、大阪で開かれた万国博覧会には、3回出かけました。
1回目は、開幕間もない3月21日でした。大阪空港へ出張した日です。作業が航空機の発着が終わった夜間に行われましたので作業前の数時間、万博会場で見学しました。
2回目は、国鉄・私鉄のストライキのあった4月30日でした。会社の同僚と出かけました。この日は私たちの利用する近鉄は幸いにもストライキには参加していませんでしたので、大阪まで行けました。午前中の人出は少なく、いつもは行列ができて入場まで数時間かかっていたアメリカ館、ソ連館とも30分も待たずに入館できました。
3回目は、閉会に近い9月5日母を連れて見学に行きました。この日は人でいっぱい、人気のあるパビリオンには到底入場できませんでした。午後3時頃、帰りの電車に乗ろうと駅へ急ぎましたが、この時間頃から入場する人が増えて、人垣をかき分けてやっと帰りの電車に乗ることができました。後での発表でこの日の入場者数は83万人を超え、入場者数最多の日でした。
2回目は、午前中の入場者が少なく幸いでしたが、2回目は最悪の日でした。
下の写真は、アメリカ館の展示の「月の石」の写真ですが、35ミリハーフサイズのスライドで撮影したものですが、せっかくのカラーは変色のため失われ、補正しても元の色彩は再現されませんでした。目で見たときは黄色の照明で輝いていたように記憶していますが約35年前のことで定かではありません。
(2005/01/17 Ray 記 )
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