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話題3: 東京オリンピックとカラーテレビ

 1964年に開かれた東京オリンピックの思い出を話題にしたいと思います。
 私は、ある無線機器の会社で主として無線機の調整の仕事をしていました。その当時、全国であまねくテレビが見られるようにとの政策で、各地にテレビのサテライト局が増設されていました。私もそのサテライト局の設備の調整試験・据付工事に携わっていました。
 1964年10月10日、東京オリンピック開会式が午後から始まりました。私たちの職場には、そのころでは大変珍しい大型(23インチ)のカラーテレビが機器の調整用として設置されていました。
 午後からの開会式を自宅のテレビで視聴するために、多くの従業員が、午後の半日、有給休暇を取って帰宅しました。私たちには仕事に追われてそんなことはできませんでした。でも、職場には大きなカラーテレビがありました。もちろんモニター用の黒白テレビもありましたが。
 開会式が始まると、同じ課の従業員は一台しかないカラーテレビの前にこっそりと観覧に集まってきました。工場長の粋な計らいで、全工場従業員にテレビ観戦の許可が下りました。
 そのあと、従業員数800名を超える工場でたった1台のカラーテレビでしたから、テレビの前の混雑は想像できるでしょう。
 私自身は、そのカラーテレビの一番前で当時の不安定な真空管式テレビの色合いの調整に追われていました。今のICやトランジスタを使ったテレビでは想像もつかないほど頻繁に調整を必要としました。大勢の観客の声に押されて放送中、調整に手が離せないほどでした。
 東京オリンピックから40年、今では大型の液晶やプラズマテレビ、さらにはハイビジョンなど、その技術革新には驚くべきものがあります。この新しい技術を享受できる皆様はなんと幸せでしょうか。
 2008年の北京オリンピックのころは、どんな新しいメディアがむられるのでしょうか?。40年前の思い出を、皆様にご覧いただければ幸いです。

(2004/08/15 Ray 記 )

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