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ここ鳥羽市は、世界最初の無線電話が実用化されたところだということをご存知でしたか?
1912年(明治45年)2月、鳥潟 右一が中心となって、横山 英太郎、北村 政次郎の協力によって火花式発信器による無線電話が発明されました。3人の頭文字をとってTYK式無線電話と呼ばれています。
その無線電話は伊勢湾を通って名古屋・四日市港に入港する船舶を伊勢湾口にある神島で監視し、入港予定を知らせるための連絡手段として、1914年(大正3年)12月16日から、神島・答志島と鳥羽本土間で実用化されました。その通報を鳥羽本土から有線電話で名古屋港に連絡していました。TYK式無線電話は、1923年(大正12年)7月廃止されました。
TYK式無線電話は、火花式で真空管は使っていません。3極真空管は1907年ド・フォーレ(USA、1873~1961)によって発明されていましたが、まだ発信器ができていませんでした。1913年、マイスナー(ドイツ、1883~1944)が3極真空管を使った電波の発生に成功しました。これによって無線機は真空管に取って代わられました。
火花式の送信機は、最近までおもちゃのリモコンなどに使われていましたが、B電波(20年位前まで電波法にも記載があったが火花式の電波の型式を表す。B電波の禁止事項が記載されていた)の使用禁止により現在では使用できなくなっています。
神島の監視所は、レーダーの発達などにより取って代わられ、2003年には閉鎖されました。
TYK式無線電話の詳細は、「地域情報>古い鳥羽のパンフレットから」をご覧ください。
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