畑 日 記

               「オクラ」                            2000/8/30

「むかーしむかしのことじゃった。SF作家がタイムマシンやロボットや宇宙ステーションを考え出したように、誰かが新しい野菜を考案した。名を‘オクラ’といってな、それはそれは珍妙な野菜だったそうじゃ」

そんな逸話が残されていてもおかしくないほど、オクラは妙な野菜だ。例えば、オクラの知識が一切ないアフリカでその説明をしたら、皆が口をそろえて「んなアホな」と現地語で言うに違いない。

オクラの木は太くまっすぐ天に向かって伸び、巨大紅葉みたいな葉が螺旋状に一本ずつ生える。その付け根に咲く花は、野菜界では飛びぬけてゴージャスだ。薄クリーム色をした可憐な花びら。その奥に見え隠れする悩ましげな紫。まるで銀座の夜の蝶のようだ。

花がしぼむとじきに実がなる。初めは「まだおねしょしてましゅ」てな感じで、収穫するには早い。指ぐらいの大きさが「やっと、お酒が飲めるようになりました」の収穫期でそれを逃すと「酸いも甘いもかみ分けるぜ」というオヤジオクラになり、不精ひげがザリザリしてくる。

オクラの実は木の先端に集中している。収穫時に葉も切り落としてしまうからだ。だからうっかりしていると、てっぺんだけにオヤジオクラがひしめき、鬼太郎一家の集合住宅みたいになっている。しかも食べ頃の実は常にひとつだけ。それほどオクラは順序正しく育っていき、食べ頃の期間は短いのだ。

うちでは三本植えてあるので、運がいいと三つとれる。サッとゆでると、何らかの化学反応が起こったように鮮やかな緑に変わる。切る。断面は化学文明の介入がなかったとは思えない、幾何学的な五角形だ。斜めに切ったら長五角形だ。変わっている。

傷み方も変わっている。しわしわになったりぶよぶよになったりしない。ただ薄汚れてくるのだ。薄汚れてきたオクラをゆでると、緑は鮮やかになるが、薄汚れは薄汚れのままだ。これではいつまで食えるのかわからない。

オクラはどうしてこんなに変わっているのか。図鑑で調べてみよう。手元に図鑑がないので辞書で調べてみた。ぎょぎょぎょ!
「こうしてアフリカ原産のオクラは、‘んなアホな’と言われることはなかったそうな。めでたし、めでたし」

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