畑 日 記

「オーディション」                                      2005/8/17



すべての人が汗まみれで、「それにしても暑いね〜」が挨拶代わりの灼熱の季節に、こういうことを言うのはどうかと思うが、あえて言う。

冬は鍋に限る。

寒い季節にうまいものを収穫したいなら、準備は暑いうちから始めていなくてはいけない。

その中でも時間がかかるのがネギの王様「下仁田ネギ」だ。




確かに見た目は悪い。

曲がっているし、白い部分は少ないし、なんとなくぶかぶかしている。

普通の白ネギがサラリーマンのスーツのようにシュッとしているのに対し、下仁田ネギは駅の階段にうずくまる作業服のようだ。

ところがこの下仁田ネギ、鍋に入ったとたん、隠し持っていた実力を発揮する。

作業服の下は鋼のような筋肉質だったのだ。

こいつはぜひ、冬に備えて作っておきたい。




種は、春まだ早くにトロ箱にばら撒きする。

間引きをしながら苗を育て、5月の終わりごろには畑に植え付ける。

しかし、間引きの嫌いな私は別の方式を採用している。

それがオーディション方式だ。




オーディションは植え付け当日に行われる。

根についた土を払い落とし、一本ずつにさばかれた苗を、審査員たる私が振り分けていくのだ。

このときの審査項目はただひとつ、太さだ。

苗の太り具合によって「採用」「合格」「予選落ち」の3種類に分類されていく。




ただし、このオーディションは予選落ちしたとしても悲観することはない。

主催が貧乏性なので、予選落ちといえども捨てられるようなことはない。

ちゃんと畑に植えられる。

ただし、その待遇には天と地ほどの差があるのだ。




「採用」の苗はおよそ5cm間隔で丁寧に植えられる。

「合格」の苗は、掘った溝にずらずら〜と並べられる。

「予選落ち」は残りのスペースにほとんどまとめ植えだ。

水は「採用」から優先的に与えられる。

雑草取りも予選落ちは後回しだ。

どうかすると雑草といっしょに抜かれたりもする。

それでも苗たちはあきらめない。

上位の苗も気を抜くことはない。

秋に行われる、第二次オーディションに賭けているのだ。




秋の第二次オーディション、これこそが本当の定植だ。

この段階で成績のいいものだけが、一本の植物として扱われるのだ。

もちろんかなりの数の「採用」が「不採用」となる。

「合格」や「予選落ち」から昇ってくるものはほとんどいない。

限られた畑の中で、自分のスペースを得るのは並大抵のことではないのだ。




やがて寒い冬が来る。

下仁田ネギは、冬の寒さを超えたものだけが本当の味を出すといわれる。

そして最終オーディション。

ここでの合格者だけが、憧れのひのき舞台、鍋に入ることができるのだ。

しかし、この難関を突破できるものが一人もいない場合がある。

合格者ゼロ!

このとき、一番悲しいのは、下仁田ネギを食べそこねた主催者なのだ。




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