畑 日 記

「通知」                  2003/10/16



「実は悪い知らせが・・・」

その知らせのタイトルは・・・工事着工のご挨拶。

「安全清潔親切を合言葉に」などとコピーされた白い紙に「○○様邸の新築工事」というところだけ手書きだ。

私は息を飲んで妻を見た。妻は悲しそうにうなづく。ヘルメットをかぶった愛嬌のあるキャラクターがカウンターパンチをくれた。

ついに、ついにその日がやってきたのだ。なにが「9月吉日」かあ〜!




思えば数ヶ月前、帰宅した私に妻がこうきりだした。

「実はよくないお話が・・・」

聞かなくてもわかっていた。畑が売れたのだ。

そもそもこの畑は叔父さんがたんぼを造成したときに売れ残った一区画だった。言わば「ドナドナ」の子牛のように売られて行く運命にあったのだ。

だが、畑が売れたという事実はゴングと同時の強烈な一撃だった。




キュウリはどの道片付ける時期だった。なのに例年より執拗にからみついてるような気がする。はさみでツルを切りながらネットから引き剥がしていくのだが、「イヤイヤ、捨てないで」と、何度引き剥がしてもすがりついてくるようだ。

トマトたちは夏の台風で倒れてから、調子が悪かった。支柱とつないでいた固定紐を切ると次々と倒れていく。最後に倒れたミニトマトのさびしい笑顔。「さよなら。でも知ってた?まだ実がなってたのよ」

「ふん、やってらんね〜や」とあちこちではじけて、だらだら種をこぼしているゴーヤ。草むらの中で見つからないように頭を抱えてうずくまっているカボチャ。掘り上げたゴボウやサトイモはふてくされて転がったままだ。




まだ実がついているナスやピーマンを引き抜くことは出来なかった。15日からと言ってはいるが、その日から畑全面を掘り起こすとは思えない。だが、ウチの私物である支柱は片付けておかないと具合が悪い。なにしろよそ様の土地なのだ。「それを返して。持っていかないで!」体の支えを失った彼らはその場にくず折れ、私の後ろ髪を「オーエスオーエス」と引っ張る。 




あれから2週間、思ったとおり工事は始まらず、畑は草の海と化していた。

そして、帰宅した私に妻が言う。

「実は、悲しいお知らせが・・・」

これ以上どんな悪い知らせがあるというのか。

「ウチの畑に引っ越してくる人、○○さんじゃなくて××さんなの」

それがどないしたんじゃい! 隣にくる人の苗字が○○だろうが××だろうが・・・・・なんだとー!

そう、9月吉日に配布された「工事着工のご挨拶」はウチの畑の話ではなく、数軒はなれた別の場所のことだったのだ。

ウエスタンラリアートの直撃、薄れ行く意識。あのゴーヤの苦悶は?サトイモの嘆きは?カボチャの涙は?バジルは?ニンジンは?ナスは・・・・・?




穏やかな秋の空、心地よい堤防道路。自転車をこいで10分足らずで叔父さんが新しく貸してくれた畑に到着する。日当たり良好、夏場は農業用水が近くを流れる。

先日蒔いたダイコンやホウレンソウが発芽して、畝がうっすら緑がかっている。その真ん中には猫の掘った穴があった。畑の端っこにはスギナが生えていた。

ふふん、そんなことはへっちゃらなのだ。私は打たれ強いんだから。




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