畑 日 記

「最後の手段」                  2003/6/11



大地に鋤を叩き込み、土の塊を打ち砕き、畝という名のベッドを築き、数多の野菜たちを育む・・・と、このように豪快な農業。たかが家庭菜園でも、規模は違えど同様の作業が行なわれている。しかし、一から十まで機動力オンリイでやっているわけではない。中にはピンセットを片手に緻密、繊細な作業を行なうこともある。たとえば、そう、キャベツのアオムシ取りだ。

アオムシは丸腰だ。むしろ、まるはだかと言ってもいい。武器らしい武器といえば、際限のない食欲ぐらいだろうか。そのかわりやつらには、身を守る三つの手段がある。擬態、落下、そして「コビ」だ。やつらの思惑にはまらないようにするには、並々ならぬ集中力、注意力が必要になる。

やつらの擬態は巧妙だ。キャベツ専用保護色ともいえるあのグリーンの体で、葉の裏の葉脈に沿ってじっとしていられると容易には発見できない。そこで私は対決のときは朝と決めている。朝、やつらは日の当たる表の世界にその姿を現している。寒い時期は特に体温調節のために日向ぼっこをしているのだ。右手のピンセットが朝日にきらめき、器を持った左手に力が入る。

目安はフンだ。緑のフンあるところにアオムシあり。少し慣れてくると、フンの量を見て「まだ中型が2匹いるはずだ」といった判断ができるようになる。たまに色の違うフンを見つけて、アオムシの体調が心配になることがあるが、よく探すとヨトウムシがひそんでいたりする。

次第に目はキャベツ上のアオムシ捕獲に適応していく。あの小さな卵でさえ見分けられるようになる。発見したアオムシをピンセットでつまみ、左手の器に入れていく。長くやっていると鳥になったような気さえしてくる。

だが、慣れとは恐ろしいものだ。まるで機械のように完璧だった作業が知らぬ間におろそかになっている。ふとした拍子にアオムシをつまみ損ね、やつらは落下する。これが要注意だ。巻き始めたキャベツの中心に落ちると、内側の若い葉をこじ開けることになり、ヘタをすれば傷つけてしまいかねない。

葉の外に落ちてしまったアオムシはさらに厄介だ。葉の表面のアオムシを見つけることに順応してしまった視力は、雑草のまばらな土の上のアオムシを探すことに適さない。再びその身柄を拘束するのは至難の業だ。やつらの落下という技を食い止めるには、一撃必殺のピンセット技術が必要なのだ。

こうして、慎重に、緻密に、集中していると、アオムシは最後の手段に打って出る。器を持った左手の親指ににじり寄り「ねえねえ、許してゴメンしてカンニンして」とコビを売ってくるのだ。その感触に「ぎゃーっ!」と、器を放り出したりすると、まさに覆アオムシ盆に帰らず、やつらの思う壺なのだ。




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